ブックレット「じゃがいも畑へパンプキン」

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 1945年7月29日午前9時23分。米軍のB29爆撃機が東京上空から大型爆弾を投下した。本物そっくりに作られた4.5トンもある模擬原子爆弾。それが現在の西東京市柳沢1丁目のしじゅうから第2公園付近で爆発した。当時じゃがいも畑だった現場で、住民3人が死亡、11人が重軽傷を負った-。こんな70年前の出来事を記録したブックレット「じゃがいも畑へパンプキン」がこの春に刊行され、市民の間で読まれている。

吉川勇一さん

吉川勇一さん

 元・べ平連(「ベト ナムに平和を!市民連合」)事務局長の吉川勇一さんが5月28日、心不全で亡くなりました。旧保谷市時代から約50年あまり西東京市に住み、地域活動、市民運動に参画していました。吉川さんを偲び、共に活動した坪井照子さんと森てるおさんに思い出を寄せてもらいました。晩年に力を注いだ脱原発運動で、市内のデモに参加した吉川さんの姿を、柳田由紀子さんの協力を得てスライドショーにまとめました。簡潔、的確な記録とともにご覧ください。(編集部)>> 特集・吉川勇一さんを偲ぶ

 

 「『原発再稼働に反対し全ての原子炉を廃炉とし、原発ゼロ政策への転換を求める意見書』の提出に関する請願」が6月15日(月)、西東京市議会企画総務委員会(酒井ごう一郎委員長)で審査され、採択に賛成する議員が少数(1人)のため不採択となった。

津波で家屋が流された

【津波で家屋が流された被災地】

 東日本大震災から4年。震災は現地だけでなく、西東京の私たちにも多くの影響と記憶を残しました。3.11を考えるために、西東京市在住、勤務の5人に、わがまちの震災体験をまとめてもらいました。最終の第5回は、被災後西東京市に自主避難したましこ・りかさん(前・福島県三春町)の「普通に、平穏に、暮らしたい 自主避難者の願い」です。震災の避難者は復興庁によると2月末で約23万人。西東京市には181人が移り住んでいます。(編集部)

 >> 特集・わがまちの震災2015 (全5回)
原発はいらない西東京集会&デモ

【文理台公園からデモ行進に出発する。撮影=ひばりタイムス 禁無断転載】

 第15回「原発はいらない西東京集会&デモ」が成人の日の1月12日(月)、西東京市東町1丁目の文理台公園を出発地点にして開かれた。午前10時45分頃には約80人(主催者まとめ)が集合。「We are all downwinders. 全人類は風下の人」となど書かれた横断幕の前で約30分ほど集会を開き、デモ行進は午前11時15分過ぎにスタートした。都立東伏見公園まで約2.5キロの間、小太鼓のリズムに乗りシュプレヒコールを繰り返しながら歩き続けた。