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ノーベル賞の梶田博士ら記念植樹 いこいの森公園は研究所跡地

By in 歴史・文化 on 2017年4月18日

 

挨拶する梶田隆章博士

 西東京市は4月15日、東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章博士らノーベル賞受賞者を輩出した、同大学原子核研究所跡地のいこいの森公園(同市緑町3丁目)で記念植樹式を開いた。梶田博士をはじめ日本を代表する物理博士らが一堂に会し、思い出の地でハンカチノキを植えた。

 同研究所は1955年、旧田無町(現在の西東京市)に創設。43年間にわたり日本の原子核物理学の拠点となった。先端科学である原子核・素粒子・宇宙線の研究を目的とし、研究者に開かれた全国共同利用の研究所として創設され、自主的な研究が行われていた。

 在籍した研究者の中からは、2002年、超新星爆発で生じたニュートリノの観測で小柴昌俊博士が、2008年には素粒子物理学の画期的理論の開拓で益川敏英博士、小林誠博士、南部陽一郎博士の3氏が、2015年にはニュートリノの振動とその質量の発見で梶田博士がノーベル物理学賞を受賞している。

 式典には、元同研究所長で東京大学・東北大学名誉教授の武田暁博士など同研究所OBら20人余りが参加した。ハンカチの木を帽子につけた同市マスコットキャラクター「いこいーな」も登場して受賞を祝った。

 

梶田博士(左)小幡勝己市議会議長(右)

左から小幡議長、武田博士、丸山市長、梶田博士

 

 丸山浩一西東京市長は、「梶田先生が、質量があることを発見されたニュートリノは幽霊素粒子と言われています。『ハンカチノキ』は、別名『幽霊の木』。この公園に住む"いこいーな"もハンカチノキを身につけているので、ご縁があると思います。市内の子どもたちにも大きな夢を与えていただき感謝しています」と挨拶した。

 梶田博士は、1988年から2000年までに計8年間、同研究所にオフィスを持っていた。
「プレハブのオフィスは敷地の一番奥にあって、宇宙線の教授会もそこでやっていたと思います。ひばりヶ丘駅から歩いてくると、田無の地にあった研究所のことが思い出されます。ここで情熱を込めて研究していた時代を忘れずに今後も研究を進めていきたい」と懐かしそうに話した。

 その後、丸山市長、武田博士、梶田博士らが、公園事務所南側にハンカチノキを植樹した。

 式典終了後、直射日光に弱いハンカチノキは、植樹された式典会場から、日影があるバーベキュー広場南側に植え替えられた
(柿本珠枝)

 

 

【筆者略歴】
柿本珠枝(かきもと・たまえ)
 旧保谷市で育ち、現在西東京市田無町在住。1998年(株)エフエム西東京開局から携わり、行政や医療番組、防災、選挙特番など担当。地域に根差した記者としても活動している。

 


One thought on “ノーベル賞の梶田博士ら記念植樹 いこいの森公園は研究所跡地

  1. 1

    写真説明で、小幡勝己市議会議長の名字を「小畑」と誤記していました。お詫びして訂正します。確認が不十分でした。(編集部)

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