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たくましく生きる被災地の女性たち 映画「3.11ここに生きる」上映と監督トーク

By in 災害・防災, メディア・報道 on 2017年8月3日

上映会チラシ(クリックで拡大)

 映画は監督の思いがよく表れると言われます。映画の上映に併せて監督のトークを聞くと、映像の奥行きと広がりが一層伝わるのかもしれません。7月29日(土)に清瀬市で開かれた催しは、ドキュメンタリー映画「3. 11ここに生きる」上映と監督の我謝京子さんのトークを組み合わせました。スタッフの白糸和美さんに報告してもらいました。(編集部)

 

 

 西武池袋沿線3市(清瀬、東久留米、西東京)の、男女共同参画(男女平等推進)センターは、2015年度から東京都市町村会の「多摩・島しょ広域連携助成金」を活用して男女共同参画連携事業実行委員会をつくり、さまざまな事業を行っています。今回の企画は、今年度のテーマ「防災と男女共同参画」に基づくものです。

 映画は東北地方のテレビ局と思しき建物の中で、立っているのもままならない激しい揺れに襲われながらリポーターらしい若い女性が、上司と思われる男性から「かがめ、かがめ」と怒鳴られながらも必死に地震を伝えようとしている映像から始まり、いきなり6年前の大震災の只中へと引きずり込みます。

 

映画「3. 11ここに生きる」から(製作著作:ファンテル)

 

 タオルを象の形に縫い上げ、壁掛けタオル“まけないぞう”をつくる陸前高田の女性たち(まけないぞうつくりは、阪神淡路大震災後、被災者の生きがい協働事業として始まる)、嫁と6人の親戚を津波で亡くし、周囲の人たちに支えられそのことに感謝しながら2人の孫を育てる南三陸町の祖母、自分自身が母を原爆で亡くし、震災孤児の支援に奔走する桜の聖母学院(福島市)の学院長、1500万円のローンを組んで放射能測定器を買い、井戸水や食品、土壌の測定を始めた郡山市の女性社長などなど。映画に登場する人たちはほとんど女性たちです。その中でも印象的なのは、仮設住宅で豚汁をつくっていた女性。「女が元気だと国が栄えるから、女が元気なら大丈夫! 男は弱いから守ってやんなきゃいけないのよ」。家を津波で奪われた彼女は少し涙ぐみながらそう話しました。

 被災地の女性たちのたくましく生きる姿がつぎつぎと映し出され、自分たちが経験したことを、時には涙ぐみながら淡々と語り映画は進んでいきます。「悲しい」の一言では言い尽くせない体験をしながら、過去に目を閉ざさず、いまをそして未来を見つめながら、ここに生きることを選んだ人々。震災の記録という側面だけでなく、人が生きる上で大切なものは何かという普遍的な問題を考えさせられます。

 

映画制作のエピソードを語る監督の我謝京子さん。手話通訳された(主催者提供 撮影=福田祥子)

 

 上映後のトークで監督の我謝京子さんが映画制作のエピソードを話してくれました。
 我謝さんがこの映画を作るきっかけとなったのは、2011年5月に映画監督としての第一作「母の道、娘の選択」を知っている方(後に福島の女性と判明)からの「東日本大震災後、復興を目指して頑張っている女性たちの姿を描くドキュメンタリーをつくってください」というメールでした。

 米国に住む者が被災者を取材してよいのか、制作に迷いのある我謝さんは、報道人として阪神淡路大震災を取材した経験と、渡米後に9.11米国同時多発テロが起こり職場も自宅も被災し、娘と共に被災者として暮らしを立て直してきた自分自身に気付きました。被災地で第一作を上映し、それを観た女性たちの中に「取材に応じてもいい」という方がいることを条件に、被災地での取材をスタートさせました。編集作業でも、ナレーションや自分が映像に出てくることもないよう、被災者の声と姿を届けるように制作されました。

 取材は翌年にまたがり、10~80代の女性60~70人から聞き取りを行いました。被災3県の釜石市、陸前高田市、気仙沼市、南三陸町、石巻市、仙台市、相馬市、福島市、郡山市などの現地で体当たりのアポなし取材でした。カメラを回しながら、自分の9.11の経験もまじえ、インタビューしたことで、登場する女性たちが友人のように語っています。観ている私に心の内を打ち明けてくれるように感じられるのは、我謝さんの被災者たちへの共感が満ち溢れているからでしょう。この映画は米国だけでなく、台湾、チュニジア、韓国などでも上映され、国家や民族の違いを越えて多くの人たちに受け入れられています。

 質疑応答では、次々に手が上がり、それぞれの思いを監督に伝えました。
 映画の中に出てくるペット犬のケメコが亡くなったこと、取材した方の結婚式に出席したこと、取材を継続されているからこそわかる近況報告もありました。

 

映画上映と監督トークを待つ会場(主催者提供 撮影=福田祥子)

 

 映画監督の我謝さんは、現在ニューヨーク在住のロイターの記者で、経済ニュースなどに出演され、テレビでご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか。逞しくかっこいい女性代表。当日も10センチはあろうヒールを履き、スマートな装いで会場入りされ、見た目の華やかな印象と映画の内容のギャップからそのお人柄に興味を持ちました。

 9.11が起こった日は、ワールドトレードセンター近くの学校に通う8歳の娘の無事が確認できるまで心配で仕方なかった母親としての一面や、悩んだときは地元の友人に電話して相談するなど、私と同じだと感じました。監督、記者、母親、友人。たくさんの顔をもちながらも、とても温かい人柄で真摯に生きている姿を知りました。

 震災の記憶を風化させないためにも、改めて一人でも多くの人に観てもらいたい映画です。最後に握手を求めたら、暖かい小さな手でそっと握手してくれました。足元をみるとフラットな靴に履き替えていました。「友人って本当に大切なんです」と語る我謝さんはとても素敵な方でした。
(白糸和美)

 

【関連リンク】
・ドキュメンタリー映画「3.11ここに生きる」上映と我謝京子監督トーク(清瀬市

 

【筆者略歴】
白糸和美(しらいと・かずみ)
 熊本市生まれ。清瀬市在住。平成28年度の同事業の委託団体スタッフから、本年度沿線3市男女共同参画連携事業清瀬スタッフになる。NPO法人南沢シュタイナー子ども園理事。

 


One thought on “たくましく生きる被災地の女性たち 映画「3.11ここに生きる」上映と監督トーク

  1. 柳瀬英代
    1

    お疲れさま。
    大盛況みたいで良かったですね。
    災害の怖さ。それでも日々暮らしていくたくましさ。
    ひとのつながりって素敵ですね
    和美の言葉一言一言から製作者の災害を風化させてはいけない事が伝わって来るいい文章だね。

    和美の文章から伝わる監督の思い

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