小林信也著『生きて還る』

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2017年10月24日

【書評】

完全試合第2号投手武智文雄の知られざる生涯
野洲 修(西東京市在住)

 完全試合。野球の投手にとって、大きな目標である。何しろ、走者を1人も出さずに9イニングを投げ切って勝つのだから。80年を超す日本のプロ野球で、達成したのはわずか15人。ここ23年間は記録されていない。

 初の完全試合は、比較的知られている。セ・パ両リーグ制となった1950年の6月28日(対西日本)、巨人の藤本英雄投手が達成した。では第2号は? それが本書の主人公、近鉄の武智文雄投手である。55年の6月19日の対大映ダブルヘッダー第2試合で成し遂げた。パ・リーグ初ともなった。

 しかも同じ年の8月には、同じく大映戦で9回1死まで無走者と、2度目の目前まで行っている。もし2度達成していたら、日米を通し初だった。リーグ最下位の常連だった草創期の近鉄球団を支え、アンダースローで13年間に100勝を記録した。本書は、そんな武智の生涯を丹念に追った評伝である。

 武智には、プロ入り前に壮絶な経歴を持つ。戦時中、特攻隊員として何度も死と向き合った経験である。奇跡的に終戦を迎え、ひとたびはあきらめた野球を職業にできた。だが、戦争体験は、生涯にわたり彼を苦しめたようだ。著者は、生前のインタビューや、彼を知る人物への取材を基に、特攻隊が彼の人生観にもたらした影響を探っていく。

 本書は武智の評伝であるとともに、別の側面も持つように思う。それは野球を愛する著者が抱いてきた、日本の野球界への違和感だ。

 たとえば、甲子園出場を何よりの目標とし、10代後半に選手としての最盛期を求める甲子園至上主義。たとえば、塁に出た走者を次の塁に進めるため、後続の打者が犠牲になる犠打を当然視する傾向。そして、極端な精神主義は、武智が属した旧日本軍と何ら変わらないのではないか……。

 スポーツライターである著者は、西東京市と隣り合う武蔵野の中学硬式野球チーム監督でもある。日本の野球をもっと豊かで自由な存在に変えたいと考え、行動している。武智を描いた本書からも、著者のそんな思いが伝わってくる。

 

【書籍情報】
書名 生きて還る-完全試合投手となった特攻帰還兵 武智文雄
著者 小林信也
出版 集英社インターナショナル
定価 1,728円
ISBN 978-4797673449

 

 

 

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