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書評 中村建治著「東京 消えた!全97駅」

By in 書評 on 2017年11月27日

【書評】

西東京市近隣から消えた駅は?
野洲 修(西東京市在住)
 

 プロ野球・東京ヤクルトの愛称「スワローズ」が、鳥のツバメを指すことは良く知られている。戦後まもなく、国鉄球団として発足した当時の看板列車、特急「つばめ」号にちなむ。では、球団草創期の本拠地球場がどこにあったかご存じだろうか。

 西東京市からほど近い、武蔵野市緑町2丁目にあった。その名は武蔵野グリーンパーク野球場。軍用機を造っていた、中島飛行機武蔵野製作所の跡地を利用してできた。観客を球場まで運ぶ手段として、現在のJR三鷹駅から弧を描くように3.2キロの線路が延び、武蔵野競技場前という終着駅があった。

 開業は翌51年4月。ところが球場は、砂ぼこりがひどいなど使い勝手が悪く、わずか1シーズンで使われなくなった。それに伴って駅も使命を終え、59年に正式廃止された。駅舎の跡には高齢者総合センターが建つ。当時の様子を想像するのは難しいが、線路の跡はほぼそのまま遊歩道になっている。

 本書は、都内にかつて存在した旅客駅の跡を訪ね、写真や地図などから再現を試みている。路線は存続して駅だけが廃止された理由では、隣の駅との距離が近かったためというケースが多いようだ。廃止後しばらくたつと、当時の様子を知ることは難しくなる。だが中には、今なおホーム跡が確認できたり、記念碑があるため位置が分かりやすかったりする所もある。

 鉄道ファンでなくても、通勤で利用するなど愛着ある路線にかつてあった駅の由来を知れば、会話のネタになるかもしれない。

 西東京市の周辺ではこのほか、西武鉄道の花小金井駅と小平駅の間、昭和病院の前にあった東小平駅(44年に旅客営業廃止)、一橋学園駅そばの小平学園駅(66年廃止)などが登場する。戦後、練馬区光が丘にあった米軍専用住宅「グラントハイツ」まで延びていた啓志線は、名前の由来が住宅建設の総責任者・ケーシー中尉にちなむ―などこぼれ話も満載だ。

 

 

【書籍情報】
書名 東京 消えた! 全97駅
著者 中村建治
定価 1728円(税込)
出版社 イカロス出版
出版年 2015年10月
ISBN 978-4-8022-0071-4

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