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弾痕残る「戦災変電所」一般公開  「西の原爆ドーム 東の変電所」

By in 歴史・文化 on 2018年4月12日

弾痕が残る外壁

 東大和市の旧日立航空機株式会社変電所(戦災変電所)で4月8日、建物内部が一般公開された。昭和20年(1945年)、3度の空襲で工場は壊滅。変電所は奇跡的に残った。建物壁面は月面クレーターのように無数の弾痕で穿たれ、すさまじい空襲の様子を伝えている。空襲の跡が鮮明に残るのは全国でも珍しいことから、「西の原爆ドーム 東の変電所」として注目を集めている。

 「戦災変電所」は、西武拝島線玉川上水駅から徒歩約7分の都立東大和南公園にある。内部には、崩れ落ちそうな壁に残る弾痕、機銃でえぐれた階段、落とされた爆弾の模型、米軍公文書館の空襲の写真などが展示されている。市民ボランテイァから説明を受けた女子中学生は「機関銃って壁も突き抜けるんだ」「空襲は全部破壊する、こわい」と驚いていた。

 建物の周りには花が咲き、公園ではさわやかな風の中で、親子連れが楽しんでいる。それだけに、変電所の異様な姿が際立つ。

 

戦災変電所は公園の一角にある

説明を聞く女子中学生

 

 旧日立航空機株式会社立川工場は、軍需工場として航空機の搭載エンジンを製造。昭和20年2月17日、4月19日と空襲が続き、4月24日にはB29爆撃機101機が259キロ爆弾を落とした。工場は壊滅、社宅も焼失して111人が命を失った。

 戦後も朝鮮戦争勃発を受けて昭和30年(1955年)には米軍大和基地として接収され、のちに返還。変電所と給水塔(のち取り壊し)だけが残された。

 「悲惨な戦争を語り継ぐシンボルとして残そう」と「市民の会」(のち保存する会)が活動、永久保存が実現。市の指定文化財にもなっている。

『戦災変電所の奇跡』を手にする「保存する会」の新家副会長

 保存する会の新家靖之副会長は「変電所の近くで長い間働いてきた。今は団地が林立しているが、70数年前は焼け焦げた工場だった。変電所が残ったのは奇跡。駅から歩いて来ることができる戦災遺跡なので、来て、見て、戦争の実相を感じてほしい」と話している。

 東大和・戦災変電所を保存する会は『戦災変電所の奇跡』という本もまとめた。4月23日には地元の銭湯・富士見湯2階で、28日には南街公民館で映画も上映。銭湯は入浴もできる。

 この変電所は毎月1回、第2日曜日の午後1時から4時まで一般公開している。次回は5月13日(日)になる。
(川地 素睿)

 

【関連リンク】
・戦災遺跡 東大和市指定文化財 旧日立航空機株式会社変電所(東大和市
・東大和・戦災変電所を保存する会 編『戦災変電所の奇跡 : 西の原爆ドーム、東の変電所』(国立国会図書館オンライン

 

【筆者略歴】
 川地素睿(かわじ・もとえ)
 高知県出身。東久留米市在住20年。法律事務所、旅行業を経てNPO法人に参加する。もうすぐ地域に帰ってくる団塊世代。高齢者も含めた多世代が関わるまちづくりに関心がある。

 

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