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藤井誠二著『黙秘の壁』

By in 書評 on 2018年6月14日

【書評】

「法律」と「正義」の狭間
 野洲修(西東京市在住)

 弁護士は何のために存在するのか――。読み進めながら、モヤモヤした気持ちは大きくなるばかりだった。加害者の罪を知りながら、刑を軽くするべく後押しする。黙秘権を始め、法知識を総動員して加害者の罪をなかったことにし、犯罪被害者を苦しめる。そんな、「正義の味方」とは正反対の弁護士がいるらしいと知り、憤りがおさまらない。

 本書は、名古屋市で漫画喫茶を経営していた男と妻が2012年、元従業員の女性を殴って死なせ、遺体を遺棄した事件を追った記録である。

 死体遺棄の疑いで逮捕され、傷害致死の疑いで再逮捕された夫婦は、警察から任意で事情を聞かれた際、「(元従業員を)暴力を振るって死なせた」との上申書を書いていた。本来であれば殺人か傷害致死の罪で起訴され、裁判員裁判で裁かれるべきところだ。もし犯した罪に相当する判決が出ていれば、本書は刊行されなかっただろう。

 ところが、加害者の親族に依頼された弁護士は、夫婦の罪を軽くするため、あらゆる手段を講じていく。夫婦はまず、黙秘権を行使して自らにとって不利な証言を拒み続けた。また上申書の傷害致死に相当する部分は、弁護士側の再三にわたる働きかけの結果、黒塗りにされた。その結果、検察側は傷害致死罪での起訴に持ち込めず、起訴されたのは死体遺棄罪の部分だけ。起訴状は、なぜ遺棄に至ったのかが不明なままという、不自然な文面だ。夫婦は同罪でたった2年2か月の刑に服しただけで、社会復帰を果たす。

 そもそも、遺体の発見に半年以上を要したことが、傷害致死などでの起訴を難しくした。遺体の腐敗が進み、死因を特定するのが難しくなったのだ。それは夫婦が口をそろえ、実際の遺棄現場から1キロも離れた場所を自供したことが大きく影響している。遺棄場所をわざと偽ったとする。それは夫婦の発想だったのか。取り調べ段階から公判に至るまで一貫して黙秘権を行使したのも、夫婦の考えか。弁護士の指示があったと考えるのが自然ではないだろうか。

 一方、被害者の両親もまた、弁護士の支援を得て真相を求め続けていく。検察庁は両親の再三の求めに応じ、上申書の黒塗りされた部分を明らかにする。そして両親が起こした民事訴訟で、裁判所は、夫婦による暴行と被害者の死亡とは「高度の蓋然性(=確からしさ)がある」との判決を言い渡し、夫婦による殺人を事実上認める。ところが損害賠償命令に対し、加害者側弁護士は「支払う予定はない」と言い放った。

 著者は言う。「法律や人権に携わる者たちがそれぞれの立場の『正義』を遵守しようとする。しかし一方で、心が傷ついたまま置き去りにされている者たちがいる。『正義』とはどこかに存在するのだろうか。あるいはそもそも存在しないのか」

 著者の取材に応じたある弁護士は、被害者両親の無念は、現行法の下ではなかなか晴らせないと述べ、ジャーナリストのペンの力に期待を寄せる。被害者の無念を多くの人に伝えようとする、著者の執念の取材を感じた。本書が世に出る意義は大きい。

 

【書籍情報】
書名 黙秘の壁
著者 藤井誠二
定価 1600円+税
出版社 潮出版社
出版年 2018年5月
ISBN 978-4-267-02132-9

 

 

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