「暮らしをよくすると経済もよくなる」 山家悠紀夫さん講演会

投稿者: カテゴリー: 文化 オン 2016年7月4日
豊富なデータに基づきながら経済と暮らしを語る山家悠紀夫さん(柳沢公民館)

経済と暮らしを語る山家悠紀夫さん(柳沢公民館)

 ひばりタイムス主催の講演会「暮らしやすい政策を求めて」が7月3日(日)午後、西東京市の柳沢公民館で開かれた。講師は元神戸大大学院教授の山家悠紀夫さん(「暮らしと経済研究室」主宰)。多角的なデータで景気は2年以上足踏みしているなど日本経済の現状を指摘。雇用環境の改善や社会保障制度の充実など「暮らしをよくすることを第一に考えると、日本経済全体もよくなる」と述べた。講演の後に質疑を受けて1時間余り、進めるべき政策をめぐって出席者との間で意見が交わされた。

 山家さんは第一勧業銀行(現・みずほ銀行)の調査部長、同総合研究所専務理事などを歴任。「構造改革」や「アベノミクス」に関する著書も多い経済分析の専門家。講演ではまず、長期的に見ると、日本経済のピークは1997年。以降は長期停滞が続き、現在も脱出できていない、と景気動向指数のグラフから指摘した。中期的にはリーマン・ショック(2008~2009年)の大きな落ち込みから恢復しつつある局面だと述べ、GDP(国内総生産)、家計消費支出、雇用者統計などのグラフを示した。

03IMG_6750 「3本の矢」によって打ち出されたアベノミクスは3年経ってどんな成果を生み出しているか。山家さんによると、安倍内閣3年間の年平均実質成長率は0.7%止まり。民主党政権下3年間の年平均成長率1.7%を大きく下回っている。実質賃金はこの3年で5%低下し、雇用の非正規化も一段と進んだ。「労働力調査」「民間給与所得実態調査」「毎月勤労統計調査」など総務省や厚生労働省、国税庁の最新統計数字は、テレビや新聞で伝えられるイメージとは大分異なっていた。

 その一方で、企業収益は好調。リーマンショック前の2006年度に54兆円だった全企業の経常収支は2014年度に65兆円と11兆円増加。(納めた)法人税は逆に13兆円から9兆円へと4兆円減った。資本金10億円以上の大企業(金融・保険を除く)の資産は同時期に、574兆円から789兆円と215兆円も増加。そのうち土地や設備への投資は16兆円減った半面、証券などへの投資が194兆円増えた。大企業の剰余金は内部留保に、それがさらに証券投資や企業買収に回っている実態が、「法人企業統計年報」(財務省)の数字から浮かんできた。

 人びとの安心を担保する社会保障制度は十分と言えないのに、財政難から逆に抑制されがち。では制度充実のお金をどこから用意するか。「日本政府にお金はないが、国内にはお金が余っている」というのが山家さんの指摘だった。日本銀行の「資金循環勘定」によると、2015年末の金融純資産残高は政府部門は655兆円の負債を抱えるが、国内合計では347兆円もある。特に家計部門の金融資産が1361兆円と巨額だった。先行きの不安が貯蓄などに向かった結果ではないかという。

 国際的に見ても、日本の国内剰余金は2015年末、339兆円で断然トップ。2位のドイツは195兆円にとどまり、144兆円の差を付けている。米国は886兆円と巨額の負債超過だった(財務省「本邦対外資産負債残高」)。

 こうした説明から山家さんは、消費税値上げなどよりも、「膨大な内部留保を抱えている大企業や富裕層に適切な負担を求めたらどうか」と提起した。景気回復には非正規労働者を増やすよりパートタイムの正社員制度など安心して働ける雇用環境をつくり、賃金を上げて消費を活発にするなど「暮らしをよくすることを第一に考えると、日本経済全体もよくなる」と述べた。

02IMG_6753 質疑応答は活発だった。「分析データに異論ないが、グローバル経済下で労働環境をよくすることを企業に期待しても無理ではないか」との疑問が提起された。

 山家さんは「労働者派遣法は成立当初、業種や職種が限定されていたのに、次々と条件が緩和されてきた。非正規労働が広がらないよう、縛りをかけるようにしたらいいのではないか。欧州の主要企業が年3~4%の賃上げをしているに、日本企業は賃金を切り下げている。年金や医療などの社会保険で、労働者と企業の負担割合が日本は1対1だが、欧州は1対2のところが結構ある。景気をよくする経済政策があって実現可能なのに、それを実行できないのが問題」と答えた。

 「デフレからの脱却がアベノミクスの目標の一つだった。デフレ脱却はいいことではないか」との質問に対して、山家さんは「物価が下がることは一概に悪いわけではない。問題はどんな原因でそうなるかです」と言う。「働く人の所得が下がり、消費が振るわなくなって物価が下がる、その結果経済活動が縮小する。そういう連鎖がデフレで最も心配なところです。デフレ現象ではなく、デフレの原因が問題」と説明した。

 「大学生の就職率は改善され、ひところの氷河期状態はなくなった。雇用環境は改善されたのではないか」と息子の就職活動を振り返った男性の質問も出た。山家さんはこれに対して「リーマン・ショック後の2009年から経済は右肩上がりで雇用環境も改善してきた。民主党政権時代の後半には既に日本経済は持ち直していた」と指摘。「現政権になってむしろ非正規雇用が進み、正規雇用の環境も厳しい」と述べた。

 「国債のマイナス金利政策をどう考えるか」との質問も出た。山家さんは「日銀も出口戦略が見つからなくて苦慮しているようです。私も今後何が起こるか分かりません」と述べ、マイナス金利政策を止めると国債の金利上昇、株価の暴落につながりかねない事態を心配した。

 このほか国際労働機関(ILO)で長らく働いたという出席者が「マスコミが使う同一労働同一賃金は、ILOの定義と違う」と問題提起。「単に同じ労働をしているのではなく、『同一価値労働』という意味だ」とコメント。男性と女性が異なる仕事に従事している状況にも適用されるとの見解を示した。

 講演会の出席者からはアンケートが多く寄せられた。「データも盛り沢山で分かりやすかった」「経済の先行きを悲観していたが、政策を切り替えれば何とかなる見通しがあると分かった」「経済に無関心だったが、基礎データを含めてよい勉強になった。資料代(100円)だけでこんな上質のレクチャーを聞けるのはもったいないぐらい」とお褒めの言葉が並んだ。しかしそれだけではない。「もっとたくさんの人に聞いてほしかった」「こんな大切な講演はもっと宣伝して人を集めてください」。参加者が30人ほどだったこともあり、こんなお叱りの言葉もあった。そのほか「金融緩和政策の限界を踏まえた解決策が『大企業、富裕層』への課税という考え方には賛成しかねます」との意見もあった。

 講演会は西東京市公民館の市民企画事業の一つ。市民に学習機会を提供し、多様な意見の交流による地域社会の活性化を目指す趣旨を受けて実施された。
(北嶋孝)

 

【関連リンク】
・ひばりタイムス主催講演会「暮らしやすい政策を求めて」(ひばりタイムス
・賃金の平等-ジェンダー平等の重要な推進力(ILO
・平成27年末現在本邦対外資産負債残高の概要(財務省
・公民館市民企画事業(西東京市Web

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「暮らしをよくすると経済もよくなる」 山家悠紀夫さん講演会」への1件のフィードバック

  1. 古谷高子
    1

    参加できず、残念でした。今後も期待しています。

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