子孫に豊かな日本を遺すために必要な財政政策

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2016年7月6日

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第16回

師岡武男 (評論家)
 
 

◆日本の財政政策の決まり文句の一つに「子孫にツケを回すな」というのがある。財政赤字対策の国債発行は、親の不始末を子孫に負担させるものだという「警告」である。子孫に迷惑をかけたくないという、いかにも日本的な「親心」向きの殺し文句である。ではそれは本当に適切な警告なのだろうか。違う、という結論をまず言っておこう。

◆西郷隆盛は「児孫のために美田を買わず」という名言を遺したが、これは国士として私利私欲を排するという覚悟を示したものである。国家、国民には美田を遺すつもりだったろう。今を生きる日本の大人の多くの人々も、子孫に豊かで安全、安心で平和な国(美田)を遺したいと思っているのではないか。

◆しかしここ20年ほどの日本は、経済も政治もそれとは程遠い現実にあることを、否定できないだろう。経済だけ見ても、山河は荒れて災害続き、所得は減って格差は拡大、雇用は不安定、社会保障はじり貧、である。アベノミクスは、デフレ克服、景気回復を主目標としたが、3年半たっても「道半ば」と言い訳しなければならない。

◆アベノミクスは「加速」するというのが公約だが、これは恐らく加速という名目による「修正」だろう。その要は「財政出動」の拡大である。これまでのアベノミクスは、機動的な財政出動と言いながら、実態は緊縮財政の小さな政府だった。今回の消費税増税再延期は修正の第一歩だが、問題は次だ。当然、積極財政の大きな政府でなければならない。どんな内容になるかで、アベノミクスの運命は決まるだろう。

◆財政の内容には支出と財源の両面がある。美田を遺すために有効な支出に知恵を絞ってもらいたいが、それ以前に心配なのが財源論である。積極財政には当然大きな財源が要るので、国債増発が課題になるだろう。ならないようでは、そもそも積極財政とは言えない。そうなると、さまざまな「財政健全化」論による反対論が出てくるだろう。その一つが「子孫へのツケ回し」だ。

◆そこで、改まって考えてみたいのが、子孫に遺すツケとはなんぞやだ。ツケとは借金であり、支払い責任のある借主がいる。国債の借主は政府であって国とも国民とも別のものだ。それらは同じものだ、というのがツケ回し論の基本である。政府は、国民に対して徴税権を持っているという関係がある。しかし同じ財布を持っているわけではない。国債を持っている国民は、政府から返してもらう権利があるだけである。その政府のツケは必ず払える。それが民間の借金と根本的に違うところだ。

◆子孫に美田を遺すための国の借金が増えると、子孫がなにか損失を受けるだろうか。美田による豊かな生産物は全部子孫のもので、一部を誰かに渡す必要などないのだ。政府が仮に増税をしてツケを払ったとしても、生産物の総量に変わりはない。以上要するに、先祖が子孫の生産物を先食いするかのような理屈は、ナンセンスなこけおどしである。

◆では国債はいくらでも無制限に出していいかとなれば、もちろん違う。その限界を決めるのは、経済のインフレ化の度合いである。今政府・日銀はインフレ率2%を達成目標としている。そこまでいったら、国債発行でなく応能負担の増税をすればいいのである。

 

 

【筆者略歴】
師岡武男(もろおか・たけお)
 1926年、千葉県生まれ。評論家。東大法学部卒。共同通信社入社後、社会部、経済部を経て編集委員、論説委員を歴任。元新聞労連書記長。主な著書に『証言構成戦後労働運動史』(共著)などがある。

 

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