「地域デビュー」はスープの味 「おたがいさま食堂」に初参加

投稿者: カテゴリー: 暮らし オン 2016年7月29日
8月のプログラム(クリックで拡大)

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  屋敷林に囲まれた西東京市新町の一角に、築150年の蔵を活用したコミュニティスペース「和のいえ櫻井 にわとくら」がある。ここの広い庭で今年3月から「おたがいさま食堂」が開かれている。地域の人たちが食材を持ち寄り、家族ぐるみで料理作りを楽しむ集まりだ。この第5回が7月23日(土)に開かれた。以下、初参加した新町の斎藤正一さん(出版社勤務)の報告です。(編集部)

 「明日(7月23日)、おたがいさま食堂に行こうよ」――。
 妻から誘われたのが前日の夜、深く考えもせずに「OK」を出したのが、私の「地域デビュー」の第一歩になった。

 「おたがいさま食堂」とは、地域の人が集まってスープを食べる催しで、具材は参加者が持ちよるらしい。「うちからも何か持っていかなくては」。翌朝、妻がそう言いながら、冷蔵庫の中から食材を探し始めている。「あ~。今日はスープを作るのか」。出発前、私がこの会について知っていた情報は、この程度のものだった。

 ウイークデーは朝から夜まで仕事ばかりしている。都心の出版社に勤務しているとはいえ、ごく普通のビジネスマンである。60歳の定年まであと5年と少しになり、退職後の生活も頭をよぎるようにはなった。仕事をしなくなれば、地域の人達と関わりを持つようになるのだろうか。通勤電車の中で漠然と考えることはあるものの仕事の忙しさにかまけて、すぐ忘れてしまう。事実、東京・板橋区から西東京市に引っ越してから3年半経つのだが、地域に友人は一人もいない。そんな男が、妻と息子に連れられて、自転車で会場に向かった。

 

「和のいえ櫻井 にわとくら」の正面入口

「和のいえ櫻井 にわとくら」の正面入口

 

 到着したのは大きな古い民家で、前庭の南側に立派な蔵が建っている。その蔵の前に既に参加者の方々が集まっていた。参加者は10人強で見渡したところ、男性は私以外1人だけ。「かなり場違いのところに来てしまった」というのが正直な感想だ。まもなく自己紹介となったが、地域の人に語れるような話題は何もない。妻に振ろうとしたが、「あなたも話しなさい」と目で合図を送ってくる。

 悲しいかな、私がここで話したのは仕事にかかわることだった。幸いにも環境関連の月刊誌の編集部に片足を突っ込んでおり、そのなかで子育て中の母親を対象にした無料の季刊誌を発行している。集まっているお母さん方を見ると読者対象にぴったりだと思い、その説明をしたのだ。急に頭が浮かんだことだったので要領を得ていなかったようで、次に自己紹介をした妻がフォローをしてくれた。

 さて、自己紹介が終わると困ってしまった。何をすればよいのか分からないのだ。家では食事を作らないので、スープ作りに加わっても足手まといになってしまう。そこで息子とともに行動をすることを考えた。お母さん方との交流は妻に任せ、子供たちとの中に居場所を見つけようとしたのだ。おしゃべりで活発な息子は、すぐにほかの子供たちを引き連れてダンゴムシを取ったり、民家の周りの探検を始めた。付かず離れず息子を見守ることで、自分のポジションを見つけることができて、少しほっとした。本当はお母さん方との輪の中に入るべきだったと思うのだが、その勇気は全くなかった。

 

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おいしそうなお鍋(写真は筆者提供)

 

 庭先に設けられたメインテーブルでは鍋作りが始まり、各家庭から持ち寄った具材が次々に投入されていく。妻は、初対面の人たちの中で何やら楽しそうに話をしながら料理をしている。鍋作りがひと段落すると庭先で炊いたおコメでおにぎり作りが始まった。これには息子も参加した。この場でも何をしてよいのかわからなかった私は、とりあえず2人の写真を撮ることにした。ファインダー越しに見る2人は何だかとても楽しそうだ。

 「男の方~」。おにぎり作りが終わり、息子と手を洗いに行こうとしていた時だったと思う。10メートルほど離れた蔵の前から女性の声が背中越しに聞こえた。振り返ると、どうやら私が呼ばれているらしいことがわかった。駆け足で戻ると、スープの入った大きな鍋を蔵の前にあった釜戸から、庭先のメインテーブルに持っていって欲しいとのことだった。女性には重い鍋だが、私にはたいした重さではない。かくして、これがスープ作りで請け負った最初で最後の仕事になった。30秒もかからずに終わってしまったのだが。

 

みんなでおにぎり(写真は筆者提供)

みんなでおにぎり(写真は筆者提供)

 

 おにぎり作り以外にも息子は、蔵の中にあったロケットストーブ(薪、廃木材、枯れ枝を原料に火をおこすストーブをこう呼ぶようだ)に枯れ枝を入れることに夢中になっていた。参加者の方々は皆、とても優しく初参加の私たち3人を温かく迎えてくれた。出来上がったスープは、具だくさんで食材本来の味を生かしており、実においしかった。

 その日の午後は、息子が通う小学校で盆踊りの準備があったため、スープを飲んだ後に中座をさせていただいた。主催者の一人が、妻に「また、来てくださいね」と優しい声をかけてくださったのが嬉しかった。

 数日後の食卓に、「おたがいさま食堂」で食べたスープが気にいったと言う妻が、あの日の味を真似たスープを出していた。いつも朝食の時はその日の仕事を考えながら食べているのだが、その日は、スープを飲みながら「おたがいさま食堂」の情景が頭に浮かんでいた。私にとっての地域の味は、スープの味になった。半歩だけだが、「地域」が身近になった気がした。
(斎藤 正一)

 

【関連リンク】
・おたがいさま食堂(和のいえ櫻井 にわとくら
・みんなで作って、みんなで食べる、まち食で地域を豊かに。阿佐谷おたがいさま食堂(HOME’S PRESS
・一緒に作って一緒に食べる!「まち食」の挑戦(東洋経済オンライン

 

【筆者略歴】
斎藤 正一(さいとう・しょういち)
 1962年1月、静岡県生まれ。新聞記者を経て、都内の出版社勤務。2013年3月から西東京市在住。

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