第1回 忘れられない10年前の出来事


 三輪隆子(みわ内科クリニック)


 

 私は、西武池袋線保谷駅北口で内科・神経内科を開業してします。平成19年1月9日に開院し、今年10周年を迎えました。10周年にあたり、これまでどれぐらいの方が来院されたのか調べてみたところ、なんと延べ13万5000人に上ることがわかりました。その中には、10年間毎月通っている方、1回受診しただけの方、健康診断や予防接種にだけ来られる方、中にはもう亡くなってしまわれた方もいらっしゃいます。 これらの方との出会いを通して、私が診察室の中外で経験したこと感じたことを、この連載で述べていきたいと思います。

 

TV出演で全国から患者さんが…

 10年ひと昔といいますが、この10年間いろいろなことがありました。今では、毎日数十人の患者さんが来院し、時にかなりお待たせすることもある状態ですが、開院したばかりの頃は患者さんも少なく、1日に数人しか来院されないことも多々ありました。私もスタッフも暇を持て余し、フローリングの床を熱心に磨いたり、窓を拭いたり、読書に没頭したり…… その名残で、当院では今でも毎日床を磨いています。10年たっているのに床が綺麗ですねと言われるのがちょっとした自慢です。

 そんな平穏な毎日に降ってわいたのがTV出演騒動です。開院して半年後に、私がしびれの特集をしたTV番組に出演しました。すると、翌日から毎日70人近くのしびれの患者さんが、全国から押し寄せてきました。問い合わせの電話も途切れることなくかかってきました。初診の患者さんの診察には時間がかかるのですが、加えて、皆さん長い間しびれに苦しみ、何とかここで診てもらいたいとこられた方、話し始めると止まりません。当然1人当たりの診察時間は長くかかります。今ならまだしも、その当時は毎日数人の患者さんしか診ていない状況でしたので、スタッフも私もてんてこ舞いになりました。

 

みわ内科クリニック(保谷駅北口)

 

 待合室では座る椅子がなくなり、事務員は自分の椅子を患者さん用に差し出して、自分たちは立ってパソコンを打つ始末。昼休みはお弁当を食べる数分だけ、食べ終わるとすぐに午後の診療をはじめました。しびれを訴える患者さんの話を聞きながら、パソコンのマウスを握る右腕がだんだんしびれてくる。疲れからかめったにひかない風邪をひいてなかなか治らない。『ああ、こんな日々が続いたら自分やスタッフが病気になってしまう』と思い始めた頃に、ブームが去りました。大変でしたが、騒動から診療や接遇のことなど多くのことを学ばせていただきました。その後は、地道に少しずつ来院する患者さんが増えていき今に至っています。

 

脳卒中から「脳を守る」

 私のクリニックには二つの診療の柱があります。一つ目は、かかりつけ医としての内科の診療です。風邪やインフルエンザなどの治療や健康診断や予防接種、高血圧や糖尿病や高脂血症など生活習慣病の治療のために受診する方が半分以上を占めています。

 この生活習慣病の対策には特に力を入れています。その一環として禁煙外来も設けています。私は、クリニックを開業する前には、リハビリテーション病院に勤務し、脳卒中後のリハビリテーションをする患者さんの診療をしてきました。その経験から、脳卒中にならないことの大切さを実感してきました。脳卒中予防には生活習慣病対策が最も重要です。かかりつけ医として、脳卒中から『脳を守る』ことを当院の第一の目標にしてきました。

 この目標のためには、『脳を守る』ための大切な健康情報を多くの方に知っていただく必要があります。診察時間だけでは大事なことを伝えきれないと思い、クリニック通信『はなみ ずき』を発行しています。

 開院当初から毎月1回途切れることなく発行してきたこの通信はクリニックの財産だと自負しています。正しい健康情報を伝えることが一番の目的ですが、私やスタッフ の近況も毎回コラムでお知らせしています。コラムでは、山登り・サイクリング・マラソンなど趣味のこと、家族のことなど思いついたことを書いています。健康情報よりこちらの内容を楽しみにしてくださる方も多く、診察室での話題作りに役立っています。高齢の患者さんに『先生はマラソン頑張っているんだね。偉いね。私にはマラソンは無理だけど、頑張って散歩するよ』などといっていただけると、嬉しくてマラソンの時にも大きな励みになります。

 

神経内科で認知症を診る

 二つ目の診療の柱が、神経内科専門医としての診療です。神経内科の病気としては、頭痛やめまいの方が最も多いのですが、先に述べたテレビ出演騒動以後も、テレビやラジオ出演、新聞や雑誌への掲載などをさせていただいたこともあり、しびれや手の震え、職業性ジストニアなどについては遠方からも多くの患者さんが来られます。神経内科の病気は良く知られていないため、どこに受診していいのかわからないで悩んでいる方が多くおられます。神経内科の病気や症状について少しでも理解を深めていただくために、ホームページに病気や症状についての説明を載せています。神経内科疾患の方はこのホームページを見て来院される方がほとんどです。

 中でも、物忘れ外来には、この10年で約700名の方が受診されました。認知症かどうか診断をして治療をすることが診療の中心です。同時に、認知症の治療にはご家族の協力が絶対に必要であり、御家族の理解を得たり負担を減らしたりするために、医療や介護の情報提供や御家族の相談にのることにも力を入れてきました。

 多くの認知症の患者さんや御家族と接してきて、患者さんが家に引きこもっているのにデイサービスの利用を勧めてもなかなか受け入れてくれない、ストレスを抱えているご家族に寄りそっていきたいが、診療時間だけでは十分な時間が取れないなど、問題を感じてきました。その問題解決のために、認知症の患者さんや家族の方のための居場所づくりとして、地域包括支援センターなどと協力し、昨年から認知症カフェを始めました。保谷駅前公民館で毎月第三木曜日に「オレンジカフェ保谷駅前」を開催しています。始めて半年、カフェを利用してくださる方が増え、常連の方もできました。認知症の方や御家族の交流の場としての役割を果たせるようになっています。次回は、オレンジカフェについてもう少し詳しく述べさせていただきます。

 

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【筆者略歴】
 三輪隆子(みわ・たかこ)
 認定内科医、神経内科専門医、身体障害指定医(肢体不自由、音声言語、平衡機能障害)。西東京市医師会理事。
 静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。信州大学卒業後、信州大学第3内科入局。佐久総合病院で地域医療を研修後、東京都立神経病院、狭山神経内科病院で神経疾患、難病の診療に従事。1995年(平成7年)国立身体障害者リハビリテーション病院神経内科医長。リハビリテーションのほか社会復帰、療養・介護など福祉的な問題にも取り組む。2007年(平成19年)1月「みわ内科クリニック」院長。2013年(平成25年)6月医療法人社団エキップ理事長兼務。2017年(平成29年)4月から理事長。

 

 

 

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