賑わいが戻りはじめたひばりヶ丘駅前(南口)(6月27日)

 緊急事態宣言解除から1カ月余り。世の中は警戒心が緩くなったのでしょうか。東京の新型コロナウイルス感染症患者は連日50人を超えるようになりました。そこであらためて、2月後半からの4ヵ月間、コロナ禍の火の粉を浴びた期間を振り返ってみたいと思います。家庭や子ども、仕事や街はどう変わったか? 「外」と「内」の風景、事象を報告します。 (編集部)

見ごろの花は桜からツツジに代わった。遊具も使用禁止に(4月19日、西東京いこいの森公園)

 緊急事態宣言から2週間余りが過ぎました。外出自粛が続き、まちはほとんど終日店じまいです。図書館・公民館をはじめ公共施設も軒並み閉鎖。市の主催行事も中止となりました。地域の賑わいや市民活動がほぼ壊滅したと言えるでしょう。  そういう状況下で、私たちの身辺にどんな変化が起きたのか。仕事だけでなく、社会参加や市民活動はどうなったのか。常連執筆メンバーの声を聞きました。(編集部)

ひばりヶ丘駅西側の踏み切り付近(3月29日午前10時25分)

 東京都の小池知事が外出自粛を求めた週末。3月28日と29日は、隣接各県でも同じような呼び掛けが相次ぎ、都心の繁華街は人影がまばらになったという。首都の郊外はどうだったか。西東京市と近隣に住む常連執筆メンバーが、それぞれの身辺と周辺を点描した。(編集部)(写真は各筆者撮影)

 

墓石が映し出す時代と社会

 

アカマツが見事な小平霊園

 小平霊園の歴史には時代と社会が映し出されている。  東京の人口膨張に伴い多摩霊園、八柱霊園に次いで郊外に位置する第3の公園墓地として戦後に開園した。1961年、墓石を画一化した「芝生墓地」を都立霊園で初開設した理由を「墓地形態においても戦後の民主化に通ずる公平の原則、個人間の格差是正を実現する」などとした(小平霊園管理事務所『開園50周年を迎えて』)。

 

子どもに歌や物語を送った文化人

 

ケヤキ並木が続く小平霊園の表参道

 今年のお彼岸は3月17日から23日まで。この時期、東京都小平霊園には1日数万人の墓参者が訪れるというが、今年は新型コロナウイルスの影響でどうなるか。イベントや行事が次々に中止となり、各種施設も閉館・休業が続く日々。自宅で鬱々としていても仕方がない。自然豊かな霊園内は散歩や花見のスポットとして親しまれ、多くの文化人や政治家が眠っていることでも知られる。早春のうららかな午後、気分転換に著名人のお墓を訪ねて霊園を散策してみた。

ドラッグストアでマスク売り切れ(ひばりヶ丘駅前)(3月1日 梶山るみさん提供)

 新型コロナウイルス感染症。目に見えないこの新型肺炎に、私たちはこの1ヵ月余り翻弄されている。特に2月末から、日常生活が一変した。西東京市内の図書館や公民館が休館し、ほかの公共施設の利用もほぼ全面ストップ。そのうえ国からの「要請」や「お願い」が矢継ぎ早に降りてきて、小中学校も臨時休校となった。常連執筆メンバーにどんな変化が起きたか。周りの何が変わったか。コロナウイルス対応の点描報告です。(編集部)

山田忠良さん

 FM西東京・ひばりタイムス共同企画「6人の新人議員たち」(全6回)の第3回は、自由民主党の山田忠良議員です。都議選を手伝ってポスティングしているうちに「一軒一軒、それぞれのお宅にも生活がある」と湧いてきた「なんとも言えない感情」について語っています。インタビュー>>全文をご覧ください。

1000個の風船が空に放たれた(クリックで拡大)

 超高齢社会の到来に伴って、人生の最期をどこでどのように迎えるかが切実な問題となっている。日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで死亡する時代。終末期の限られた時間を人としての尊厳を保ちつつ過ごすためのホスピス緩和ケアは、今後ますます重要になる。在宅でのホスピスケアを通じた地域づくりを進める「ケアタウン小平」(小平市御幸町)は、早くから時代を先取りした取り組みを続けてきた。その理念と活動を2回にわたり伝える。 >> 続きを読む

赤坂で開いた報告会

 デンマークから帰国して、西東京、日野のほか、都心の赤坂でも報告会を開き、大勢の若い人たちや会社員らに出会いました。なぜいまデンマークに惹かれるのか-。デンマークの制度や生活をたどりながら、後編ではデンマークを象徴する言葉「ヒュッゲ」の意味を明かし、私たちの暮らしを振り返ります。(編集部) 続きを読む>>

 J:COM西東京の話題インタビュー番組「たまろくと人図鑑」の案内役を務めるFM西東京の元社長、有賀達郎さんがデンマーク視察旅行の報告会を開くと聞いて、ぜひ寄稿を、とお願いしました。数多い写真と旅行記から、デンマークの風景や、人と社会の仕組みが浮かんできます。上下2回に分けて掲載します。(編集部) 続きを読む>>「幸福度の高い社会」を視察する(上)

津波で家屋が流された

【津波で家屋が流された被災地】

 東日本大震災から4年。震災は現地だけでなく、西東京の私たちにも多くの影響と記憶を残しました。3.11を考えるために、西東京市在住、勤務の5人に、わがまちの震災体験をまとめてもらいました。最終の第5回は、被災後西東京市に自主避難したましこ・りかさん(前・福島県三春町)の「普通に、平穏に、暮らしたい 自主避難者の願い」です。震災の避難者は復興庁によると2月末で約23万人。西東京市には181人が移り住んでいます。(編集部)

 >> 特集・わがまちの震災2015 (全5回)