「パワハラに当たらない」「協会のガバナンスに問題」 体操協会の第三者委員会報告を読む

投稿者: カテゴリー: 文化 オン 2018年12月20日

会見する日本体操協会の山本宜史専務理事(左)と遠藤幸一常務理事(右)

 日本体操協会の塚原千恵子女子強化本部長と塚原光男副会長からパワーハラスメントを受けたと、宮川紗江選手(西東京市出身)が告発した問題で、協会から委任された第三者委員会(岩井重一委員長)の調査報告書の内容が12月10日、体操協会の記者会見で明らかにされた。報告書は「悪性度の高い否定的な評価に値する行為であるとまでは客観的に評価できない」としてパワハラ行為を認めなかった。当日の会場で配布されたのは「説明用概要版」という1枚の資料だけ。協会がその日ホームページに掲載した調査報告書の「要約版」(全43ページ)をあらためて紹介し、報告書の立場や前提、構成、分析、提言などを読み解きたい。

 

パワハラの定義は

 

 要約版は全体が8部に分かれ、最初の「概要」でまず、パワハラの定義を取り上げる。よく使われる厚生労働省の定義は「職場」向けだとして、報告書は独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)がトップアスリートらの相談窓口用に用意したパンフレットの定義を紹介する。そこにはこう書かれている。

 「同じ組織(競技団体、チームなど)で競技活動をする者に対して、職務上の地位や人間関係などの組織内の優位性を背景に、指導の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、またはその競技活動の環境を悪化させる行為」(「スポーツからハラスメントを無くそう」から)

 

第三者委員会調査報告書の要約版

 

 報告書は「この定義を一応の前提とする」。しかし「パワハラの定義が未だ一義的に定まっていない」とも指摘。後半の「宮川選手による問題提起(パワーハラスメント)の有無と分析」の章で、次のように述べている。

 「現在の社会においては、パワハラの用語自体が一人歩きし、一律にかなり重い否定的評価を含んだものとして受け止められる傾向にあるように思われる」「当委員会は、パワハラという行為の態様は、単に『一般的常識的に不適切』ということにとどまらず(不適切なことに関して非難されるべきことは当然としても)、違法性を帯びるものや各組織・団体において懲戒や懲罰の対象ともなり得るような、悪性度の高い否定的な評価に値する程度のもの(これはすなわち『社会通念に照らし客観的見地から見て、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるもの』ともいえる)と考えた」。

 「悪性度」の評価に当たっては、「『優位性』の有無、指導としての適正性、被害者が受けた苦痛の程度等のほか、そのような事象に至った双方の経緯や、時間的・場所的な問題、その時点でのそれぞれが置かれた立場、さらには、限定的ではあるが双方の個人的・主観的側面も含めて総合的に評価、判断すべきである」と述べている。では、具体的な認定でどのような構成、展開、結論になるのか。

 

宮川選手の呼び出し

 

 宮川選手は今年7月15日、代表合宿の練習中、別室に呼び出された。待ち構えていたのは塚原夫妻だった。そこで起きた言動がパワハラだと、宮川選手は8月29日の記者会見で強く訴えていた。

 報告はその箇所でまず「実績のある協会の役員(副会長、強化本部長)で60歳を超えた大人と18歳の未成年者である宮川選手のみという構造は、関係性の優劣の観点から問題がないとはいえない。未成年者から話を聴く場合は、本来であれば保護者を立ち会わせて行うべきであろう」と指摘した。

 

記者会見で訴える宮川紗江選手(2018年8月29日)

 

 しかし速見コーチの暴力行為を認めない宮川選手に「塚原夫妻が再三再四認めるように説得し」、「暴力を認めないと、あなたが不利になるのよ。私たちはあなたの味方で、あなたを守りたいから言っているのよ」(千恵子氏)、「あなたが指導の一環と思っていても、暴力はダメなんだよ」(光男氏)と述べたことは「他の目撃者の話から(速見コーチの)暴力行為があったことがほぼ間違いないという状況下では、特に問題ではないと考えられる」としている。

 その後、千恵子氏は速見氏の指導を非難。「速見コーチでないコーチの指導を受けるべきことを示唆して、自分ならもっと教えられるとのニュアンスとして受け止められる発言をしたことが認められる。その結果、宮川選手に、速見コーチと自分を引き離して自分を千恵子氏が監督を務める朝日生命体操クラブに勧誘しようとしているとの疑念を生じさせたことは否めない」と、とりあえず宮川選手の心情に配慮する。

 しかし「宮川選手が暴力を容認する姿勢を見せたことを正す意味で発言したとも考えられ、千恵子氏のかかる言動自体が、『宮川選手を速見コーチから引き離し、自身が監督を務める朝日生命体操クラブに勧誘する目的でなされた』とまで認定できるだけの根拠は見当たらない」とした。

 そのほか宮川選手は速見コーチの処分に疑念を述べたけれども、「速見コーチの懲戒処分の決定プロセスに、宮川選手と速見コーチを引き離すことを前提とした大きな力が働いているとまで認められる根拠は見当たらない」などとしている。

 結局、「終始高圧的な態度であって、パワハラと感じさせてしまっても仕方がないものであった」としながら、「塚原夫妻と宮川選手との面談の行為状況・行為態様・行為内容は、配慮に欠け不適切な点が多々あったとはいえ、悪性度の高い否定的な評価に値する行為であるとまでは客観的に評価できない」との結論を引き出した。

 

記者会見の宮川選手

 

 ナショナルトレーニングセンター(NTC)での出来事にも、同じ論法が現れる。
 「NTCの利用や選手の海外派遣において、協会側の説明不足や準備不足、強化本部長である千恵子氏によるNTCの練習中止指示等によって、2020東京五輪強化対策に不参加の選手が、参加した選手に比べ、協会や強化本部長である千恵子氏から不当な扱いを受けたとして不満や不信を募らせた事実が認められる」としながらも、それらは「千恵子氏の言動が悪性度の高い否定的な評価に値する行為であるとは認められない」となる。

 宮川選手が指摘したほかのケースでも、同じ論法でパワハラを認めなかった。逆に言うと報告書が、塚原夫妻の行為は「懲戒や懲罰の対象になるほど悪性度は高くない」とお墨付きを与えたことになる。

 

協会のガバナンスと内部統制を

 

 では、パワハラでなければ、問題はないのか。報告書は分析の設定を個人の行為から、「協会の施策の運営の当否ないしガバナンスの問題」として再構築する。

 「18歳の宮川選手が記者会見という通常では考えないであろう方法によって今回の問題を訴えようとしたのは何故か」と問いかけ、「本来であれば協会が守るべきである選手から見ても、協会の問題解決能力には不備・不足している点が多々あり、信頼できないと受け止めてしまっている」と見た上で、その「要因は、発生した問題に対する協会の体制及び姿勢の不備にあると考えられる」と指摘した。

 

第三者委員会の調査報告を説明する山本宜史専務

 

 例えば「強化本部長の権限が明記された規程などがない」「規程が定められていても、時に恣意的に運用される」「所属団体間の選手の引き抜き」「協会内部の派閥争い」などを指摘。「公益財団法人なのに、理事や本部員らのほとんどがボランティア」という組織の「脆弱な財政基盤」も取り上げている。

 報告書は協会のガバナンス(統治)を確立するために「常務理事会の活性化」を提言する。塚原夫妻がともに常務理事会の構成員だと「審議の公正さに疑いを差し挟む余地がある」。「役員のほとんどが長年体操競技に携わってきた者であり、馴れ合いで議論を進めてしまいがち」「(千恵子氏は常務理事会で)自分の意見が通らないと、辞任をほのめかすなどして」いたことも明らかにした。これらの現状を踏まえて、「複数の有識者を理事にするなど、役員を外部から採用することも検討すべき」とした。

 強化本部長の権限を定め、本部員らとの審議は議事録を作成して透明化を図る。理事や本部員は協会と業務委託契約を締結して業務内容を明確化し、責任を持って履行させる。国際大会に派遣する選手の選考基準と選考過程を透明化する。選手の所属クラブ移籍のルールを作る…。提言は協会に、具体的な行動を促している。

 

職務停止は解除、二つの委員会で検討と検証

 

 山本宜史専務理事は10日の記者会見で、塚原光男副会長と塚原千恵子女子強化本部長の二人は職務の一時停止が解かれ復職する、と述べた。「一時停止は第三者委員会の調査報告がなされ、理事会で対応が決まるまでの期間だった」と言う。

 

頭を下げる山本専務

 

 山本専務は「塚原副会長は理事会に出席し、復職にあたって『お騒がせした』など謝罪のコメントを述べた。塚原千恵子女子強化本部長は欠席だったが、復職する際は、指摘された不適切な対応や言動について真摯に受け止めコメントを出していただくことになっている」と話した。

 同時に、提言を受けて協会の対応をまとめる「提言事項検討委員会」を発足するとしたほか、パワハラ告発に絡み「配慮に欠け不適切な点があった」と指摘された問題などを取り上げる「特別調査委員会」を立ち上げ、あらためて原因などを検証する、と臨時理事会の決定を明らかにした。

 記者会見では手厳しい質問が出た。「不適切な行為があったのに、コメントを出しただけで復帰できるのか」「こういう不適切な言動があったら、普通は職務を解かれている。協会のコンプライアンス(法令遵守)はどうなっているのか」「第三者委員会の会見がないのはなぜか」…。特に、二つの委員会について質問が相次いだ。

 提言検討委員会は「提言された常務理事会の活発化、強化本部の透明化と活性化、財政基盤の確立など7項目をしっかり検討したい」。特別調査委員会は「パワハラ行為はなかったが、報告書は不適切な行為を指摘している。協会としても、なぜこのような問題が起きたか、倫理規程や行動規範に沿っていたかなど、ペナルティーを含めてしっかり検証したい」。山本専務はこう説明した。

 宮川選手の今後を心配する質問も出た。山本専務は「理事会でその件は十分話した。選手として今後の競技もあり、オリンピックに向けての活動もある。お父さんには報告書の件をすでに連絡した」と付け加えた。

 

報告書が触れなかったのは

 

 報告書の要約版は8部に分かれ、調査の経緯やパワハラの定義などをまとめた「概要」から始まり、「調査期間・方法」、「委員会による事実認定」、強化本部の位置付けと業務内容や本部長の権限などを分析した「判明した前提事実」の前半4部で26ページを占める。後半は、「事実経緯」「宮川選手による問題提起(パワハラ)の有無と分析」「ガバナンスの問題点と提言」「結語」となる。

 肝腎の「パワハラの有無と分析」は30~35ページの6ページ分、要約版全体の約7分の1だった。省略なしの全体版なら比率はさらに下がるだろう。

 会見では「報告書」は表裏1ページの「概要版」だけ。要約版を見る時間は与えられなかった。

 しかし、報告書に目を通すと、いくつかの特徴が浮かんでくる。まず目に付くのは、委員会のメンバー構成ではないだろうか。

 委員会は元東京弁護士会長、元日本弁護士連合会副会長の岩井重一弁護士をはじめ、元東京高検検事長、元札幌高裁所長らそうそうたる経歴の弁護士5人で構成された。岩井委員長の推薦による構成だった。全員男性。女性は一人も入っていない。法曹界以外のメンバーもいなかった。

 しかも報告書を体操協会に渡しても、記者会見を開いて一般に発表することはしなかった。山本専務は「協会が委託したので協会に報告した、と聞いている」とだけ述べた。

 宮川選手の今後に関して一言も触れていないのも、報告書の特徴かもしれない。

 宮川選手は孤立無援状態の中で記者会見に臨み、協会役員の言動がパワハラではないかと指摘した。しかし第三者委員会は「(パワハラだと)認めるまでの根拠は見当たらない」との結論を出した。宮川選手は、パワハラに当たらないのに、会見の場で告発した人物になってしまった。

 委任事項だった「体操協会」の問題点に対して、報告書は提言を重ねた。事実認定では宮川選手の言動に頻繁に触れた。しかし、今後の彼女の立場や状況には一言も触れていない。委任事項ではないからといって、有力選手の行く末を案じないのは「一般的常識的に適切」なのだろうか。協会活動も大事、選手の今後はもっと大事。そう願わずにいられない。

 報告書は、被害を受けた当人の苦境に思いを馳せるよりも、協会のあり方に言葉を費やした。このため理事会は「特別調査委員会」を立ち上げ、「パワハラ認定」からはみ出た「不適切な言動」などを「振り返り、反省し、検証する」(山本専務)ことになったとも言える。

 この特別調査委員会と提言事項検討委員会のメンバー選考はどうなるのか。関係者の範囲で固めるか、法曹界や体操界に限らず、スポーツ活動分野なども含め広く委員を募るのか。「一般常識的な」観点、「選手ファースト」の視点から、検討と検証を進めてほしいと願う人は、決して少なくないはずだ。
(北嶋孝)

 

【関連リンク】
・第三者委員会調査報告書 説明用概要版(PDF:152KB
・パワーハラスメント問題提起に関する第三者委員会の調査報告書について(要約版掲載)(日本体操協会
・「スポーツからハラスメントを無くそう」(日本スポーツ振興センター、 PDF:1.40MB

 

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「パワハラに当たらない」「協会のガバナンスに問題」 体操協会の第三者委員会報告を読む」への1件のフィードバック

  1. 1

    本文の最後の章「報告書が触れなかったのは」の中に、段落や文の重複がありました。語尾を含めて整理しました。(北嶋)

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