『土と内臓』

「わたしの一冊」第4回 デイビッド モントゴメリー、アン・ビクレー著、片岡夏実訳『土と内臓』

投稿者: カテゴリー: 環境・災害連載・特集・企画 オン 2021年1月16日

見えなくても大切なもの by 道下良司

 

 人体の皮膚が切り取られ、内臓が見えている表紙のイラスト、どこか怖い印象をうける。「土と内臓」という書名も内容が連想できず、不気味さを感じる。率直な第一印象だ。

 

なぜ無農薬、無肥料がいいのか

 

 この本を読んだきっかけは、「農」に対する興味からだ。知人が飯能で農業を営んでいる。無肥料・無農薬へのこだわりが特徴だ。私の子供はまだ小さく、安全なものを食べさせたい。定期的にこの知人から野菜を送ってもらっている。
 野菜づくりの現場が見たいと、頼みこんで畑を見学したこともある。土がふかふかでやわらかい。多様な虫が足下を走りまわる。小1の息子は、大興奮で虫捕りを楽しんでいた。

 

ほっこりポッコリ自然農園

無農薬、無肥料で営む知人の畑(飯能市・ほっこりポッコリ自然農園)

 

 無農薬、無肥料と聞くと安心できる。だが本当になにがどうよいのかと聞かれると、はっきりと説明できない。流通する野菜の多くは有農薬、有肥料だが、なぜそれらなしに栽培が可能なのか、具体的に無農薬、無肥料のなにがよいのか、などに関心があった。

 本書は、最先端の研究成果と自身の体験から微生物と動植物との共生関係を紹介した科学解説書である。

 著者は微生物が私たちに欠くことができない存在であることを繰り返し述べている。農薬や肥料を使う農業の問題点は、こうした微生物への影響がよくわかっていない点にある。

「このような化学製品は、細菌や菌根菌の群集の構成を変え、微量栄養素の移動を左右する根圏の共生関係に影響を与える」(p.300)

 人間において直接の毒性が低いとされる農薬も微生物の生態系に影響を与える。植物の栄養の吸収を減らしているという研究結果もあるという。

 

微生物と共生する土と人

 

 一般的な野菜づくりの本には、必ずといってよいほど肥料の施し方に関する記載がある。それくらい野菜づくりにおいて肥料を使うことは常識ということだろう。だが知人の農園では、肥料を使っていない。かわりに収穫が終わった野菜の茎や根、雑草を土に戻している。この行為の理由を本の中に見つけることができた。

「微生物は動植物の死骸を分解するとき、生命の構成要素を循環に戻す。その中には三大栄養素―窒素、カリウム、リン―のほかに、主要な栄養素すべてと、植物の健康に必要なさまざまな微量栄養素が含まれる」(p.113)

 現代的な農業が肥料として土壌に付加する化学物質を、微生物の働きで補給していることになる。野菜づくりが、土中生物(微生物)を巻き込んだ生態系の輪の中にあるという見方は新鮮だ。特定の化学物質の量を管理することで、農業生産を増大しようとする世界観とは異なる。

 微生物の活性化は施肥の代わりになるにとどまらない、とこの本は続ける。農薬が不要な理由も微生物の活動で説明する。土中の微生物は植物を病気から守っているそうだ。

「有益微生物は根の表面に集まり、根を覆う生きた保護被膜となって、病原体を根圏から締め出す」(p.123)

 本の後半は、著者のがんとの闘病のエピソードをもとに体内の微生物の活動に着目する。腸内細菌が健康とつながりがあるという話を聞いたことがあったが、土壌微生物との類似性に驚いた。家族の健康を期待するのであれば、微生物の活動を無視することはできない。

 微生物は毎日、口にするものや健康に直結する身近で不可欠な生き物だ。だがその生態系のバランスを気にかけたことはなかった。

 見えないからといって、ないわけではない。ぞんざいに扱えば、その報いはうける。微生物の生態系のように、大切だが見えていないものが他にないか、そんな思いを抱きながら本を閉じた。

 

【関連情報】
・ほっこりポッコリ自然農園(HP

 

【筆者略歴】
 道下良司(みちした・りょうじ )
 1983年生まれ。西東京市在住。

 

【書籍情報】
書名:『土と内臓
著者: デイビッド モントゴメリー、アン・ビクレー
訳者:片岡夏実
出版社: 築地書館

 

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