地図帳

「わたしの一冊」第21回 地図帳(帝国書院編集部編『標準高等社会科地図』『図解地図資料』)

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2022年5月12日

想像上の世界旅行へ by  山川 恒平

 

 読書嫌いの少年だった。作文も好きなはずがない。その二つを足し算すると、答えは読書感想文といったところだろうか。夏休みに出されるこの宿題が大嫌いだった。1960~70年代の田舎の少年としては、ごく普通ではないだろうか。そんな私が、小学生のころから手元に置いているのが地図帳である。理由やきっかけは思いつかない。学校の教科書とは縁が薄かったが、社会科の教材だった地図帳は私にとって、鉄道少年の時刻表のようなものだったのだろう。

 

眺め続けて半世紀

 

 母親が読書好きで、私の部屋にも本が多かった。中学時代には、何と文学全集なるものが購入され、しかも私の部屋に運び込まれた。金銭的な面から、野球のグラブやスポーツシューズをねだることもできなかったとあって、複雑な心境だったことを今でもはっきり覚えている。全集で手にしたのは、まさに数える程度だった。親の願いと圧力をかわし、私の視線と時間は地図帳に埋め込まれ続けた。そして何のわけもなく、半世紀後の今もその習慣が続いている。

 高校卒業に伴って授業の教材ではなくなったが、何度か書店で購入した。現在身近にあるのは2冊。一方の帝国書院編集部編『標準高等社会科地図』は巻末に「昭和61年9月発行」と記されている。社会人になってから買ったのだろう。もう一冊の『地理受験必携 図解地図資料』は「平成14年4月発行」とある。息子が高校卒業時に「地図が好きみたいだからやるよ」と手渡してくれた。2冊とも高校の教材。世界が主役といった格好で、日本地図は世界の後に続いている。

 このような出版物を、子供のころから目的もなく眺めてきた。1時間ぐらいは簡単にすぎる。当然のように主な地名、河川、平野、盆地、高い山の名前などが頭に入ってくる。小学校時代だったような気がするが、世界各国の首都名を覚える遊びがはやった際には、いい思いをさせてもらった。

 

恐怖、心配、興奮……

 

 世界の国々や都市は、行ったことがないところばかりだが、想像するのは自由だ。シベリアを東から見ていくと、アムール川、レナ川、エニセイ川、オビ川と大河が現れる。ものすごく寒そうで、なんだか怖くもなる。太平洋を眺めていると、もっと恐ろしい。青い空や白い雲は魅力的だが、太古の昔に人々が小さな舟で何千キロも航海したと聞くと、自分には全く関係ないのに「落ちたらどうしよう」と暗くなる。アマゾン川やアフリカのコンゴ川といった熱帯地域だと「蚊が多くて眠れないのでは」と心配する。南米のアルゼンチンや中央アジアの大草原を思い浮かべると「北海道の帯広でも感動したけど、いったいどれくらいのスケールなのか」と、わくわくする。

 仕事上で直接役立ったかどうかは自信がないが、海外出張時の個人的な楽しみは2倍、3倍に膨らんだ。アメリカでフロリダ州からアリゾナ州に飛んだ際、小さな窓に額を押し付けながら「間違いない」と確信したミシシッピ川の河口に大興奮した。アムステルダム(オランダ)の空港から電車で南に向かった時に、長い鉄橋の上で「これが有名なライン川か?」と周囲に尋ねた自分の姿も、気恥ずかしさとともに覚えている。

 

定年後の楽しみ

 

 古い地図帳には、アフリカの南スーダンなどの新しい国はない。その代わり、チェコとスロバキアに分かれたチェコスロバキア、クロアチアやセルビアなどが分立したユーゴスラビアがある。それはそれで懐かしい。また地図帳にはメインの地図に加え、気候、海流、人口、地下資源や農作物などの各種資料も付いている。街の酒場でこの手の各国談義になると、気分が高揚する。もちろん、しゃべり過ぎには要注意だが。

 2021年6月に定年退職した。できれば、安宿に泊まりながら、世界の大平原や大河を見物したい。荷物を少なくするためにも、地図は持っていかない方がいいかもしれない。現地で買えば、外国語の勉強にもなるだろう。

 そういえば大学受験の際、学校が独自につくる入試科目として地理を選べるところを二つ受けた。結果は1勝1敗。何とも評価しがたい戦績だが、元々何の目的もなく地図帳を眺め続けての地理好きなので、まあ仕方ない。

 

【筆者略歴】
 山川恒平(やまかわ・こうへい)
 1961年6月生まれ。高校卒業までほとんどの期間を長崎市ですごす。1985年に共同通信社に入社。長くスポーツの記者と編集者を務め、2021年6月に定年退社。高校、大学時代は陸上競技の短距離選手で、就職後は草サッカー愛好者。中年になってから読書が嫌いでなくなった。小平市在住。

 

【書籍情報】
書名  標準高等社会科地図(品切れ)
出版社 帝国書院
発行年 1986年

書名  地理受験必携 図解地図資料
出版社 帝国書院
発行年 2002年(最新は二十六訂版、2022年3月刊)

 

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「わたしの一冊」第21回 地図帳(帝国書院編集部編『標準高等社会科地図』『図解地図資料』)」への2件のフィードバック

  1. 廣澤公太郎
    1

    山川さんの投稿 私も地図好きでした。小3の時高校地図を買ってもらい1年でボロボロに・毎年買ってもらっていました。索引のA3とかC5とかでその場所を見つけました。陸上だけでなく海上の北海のドッカーバンクもこのとき知りました。後の北海油田の場所です。

  2. 山川恒平
    2

    廣澤公太郎様

    コメントをいただき、ありがとうございます。筆者の山川です。「ドッカーバンク」とは懐かしいですね。漁場に関連して、犬の種類にもある「ニューファンドランド」といった北米の東北部の地名も思い起こしました。当方は素人ですが、海の深さ、堆積物などの点から、油田と関係があるのかもと空想しました。索引同様に、地図帳後半にあった気候、海流、人口、農産物など各種産業の統計も興味深かったですね。機会がありましたら「地図談義」を楽しみにしております。

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