日本経済の前途――好論文のお薦め

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2016年11月6日

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第17回

師岡武男 (評論家)
 
 

 日本のように生産能力が高くて勤勉な人の多い国で、国民が豊かな経済生活を実現することは、常識で考えれば、少しも難しいことではない。経済生活とは、生活に必要なモノ(財物)とサービス(役務)を生産・供給して消費することである。

 日本人の生産能力はすでにかなり高いが、さらに進歩することができる。従って、高齢化し生産人口がかなり減っても、豊かな生活のために必要な供給が不足する恐れはないはずだ。しかし自由競争、強いもの勝ちの市場経済の制度では、それが確実に実現される保証がない。20世紀末から今世紀へかけての20年近くの現実がそれだ。

 アベノミクスはデフレ克服・景気回復を目指したが、生活改善の目標は立てなかった。結果は、政権後4年近く過ぎた今も、景気は道半ば、生活は貧困と格差の拡大である。経済政策の転換が急務ではないか。

 そこで、最近目についた経済政策転換のための好論文を二つ紹介しておきたい。どちらも筆者は、ひばりタイムスで紹介済みの方だ。

 まず山家悠紀夫さんがデジタル版『現代の理論』の最新号(第10号)に載せた論文「日本経済を長期停滞からどう脱出させるか」。内容は「1.日本経済の長期停滞とその背景、2.アベノミクスの失敗とその原因、3.日本経済を長期停滞から脱出させ、人々の暮らしをよくするため-実施すべき政策」。

 山家さんは7月3日のひばりタイムス講演会で同様の趣旨の話をされたが、これはその最新版である。なによりの注目点は 3.の「実施すべき政策」だろう。それこそが、アベノミクスの代案の要である。

 政策の柱は①賃金の大幅引き上げ、労働環境の改善②社会保障制度の拡充、の二つだが、③として「政策の方向転換は可能である。日本経済にはその力がある」としてそれぞれに具体的な説明がある(詳しくは本文検索を)。これらの内容は大変説得力のあるものだが、実行には政府と企業の執行権限が行使されなければならない。政府や政党をはじめ、すべての人々に読んでもらって実現させたいものだ。アベノミクスが方向転換してくれないなら、野党の政策として政権を獲得してもらいたい。

 もう一つのお薦めは、松尾匡さん(立命館大教授)の「なぜ日本の野党は勝てないのか?」(『世界』11月号)。これはひばりタイムスで3月14日に紹介した著書『この経済政策が民主主義を救う』の続編ともいえるものだ。アベノミクスの代案というよりも、野党の経済政策転換を求めるという提唱だ。野党が選挙で政権をとるためには「反緊縮」の経済政策で支持を獲得しなければならない、というものだ。多くの国民が自民党に投票するのは「野党が勝ったせいで景気が悪くなるリスクがあるのは困る。何としても不況にならないようにしてもらいたくて自民党に入れる」のだと言う。

 二つの論文は、前者がアベノミクス批判、後者が野党批判の形をとっているが、共通するのは緊縮財政政策への批判である。山家さんは、社会保障の拡充に必要な40兆円の財源は、政府の借り入れなどで生み出せると言う。松尾さんは「金融緩和マネーを民衆の生活向上のために使え」だ。つまり、与野党とも、国民生活改善を目指して緊縮政策論の縛り付けから脱却することが肝心、という提唱である。(了)

 

【関連リンク】
・山家悠紀夫「日本経済を長期停滞からどう脱出させるか」(デジタル版『現代の理論』第10号)(リンク切れ、2017.6.7)
・松尾匡「なぜ日本の野党は勝てないのか?」(『世界』2016年11月号、岩波書店
・松尾匡著『この経済政策が民主主義を救う』(ひばりタイムス「書評」)

 

【筆者略歴】
師岡武男(もろおか・たけお)
 1926年、千葉県生まれ。評論家。東大法学部卒。共同通信社入社後、社会部、経済部を経て編集委員、論説委員を歴任。元新聞労連書記長。主な著書に『証言構成戦後労働運動史』(共著)などがある。

 

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