第25回 「自ら学びとる力」を育てる教育環境の拡充


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 私は教育の専門家ではないが、現在の教育は、産業革命以降の社会に適合できる人材を育てることが基本になっている。しかし、AIがこれまでの人間の仕事を代替すると言われるなど、未来を予測できない時代である。教育の姿も、ある目的に向かって一方的、画一的に教えることから、「自ら学びとる力を育てる」方向へと変わる潮目なのではないだろうか。

 子どもたちは、遊びのように、何かに興味を持てば、勝手にどんどん学んでいく。好奇心をくすぐるチャンス、および好奇心を持った時に、それを深めるための環境(必要に応じて知識を得るのを支援する環境)が用意されていることがとても大事だ。今回は、そのような試みについて紹介したい。

 

千葉県柏市の民間科学館 Exedra

 

 JR柏駅から5分、高島屋ほか真新しい商業施設が立ち並ぶ通りの裏に、昔ながらの住宅街が潜んでいる。その一角に民間科学館Exedra(http://selexedra.stars.ne.jp/)がある。柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)(注1:http://udcx.k.u-tokyo.ac.jp/KSEL/index.htmlが中心になって運営している(土日のみ開設)。大家さんの好意で、無料で貸してくれた和室のアパートを学生たちが、床を剥がし、壁紙を張るなどDIYした。科学館は、展示室とイベントなどを実施する部屋との2部屋からなる(注2)

 古代ヨーロッパの貴族の家には、石のベンチが半円形に並べられた「Exedra(エクセドラ)」と呼ばれる空間があった。日夜人が集まっては、科学や哲学について議論していたという。この科学館も、人が集まり、科学について議論し、理解を深める場にしたいとこの名を付けた。案内してくれた副館長の宮本千尋さん(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程)によると、東京には、多様な科学館があるが、千葉の方には、ほとんどない。いろいろな人に科学に触れてもらいたいという思いから、この活動を始めたという。2018年1月に科学館がオープンしたが、工事開始からは、2019年3月で約2年半になる。

 

Exedraのロゴ

 (注1)KSELとは、「科学コミュニケーション活動を通じた地域交流の活性化」をテーマに、東京大学柏キャンパスのある、千葉県柏市柏の葉地区を中心に活動する科学コミュニケーション団体。
 (注2)本事業は、クラウドファンディングと全日本社会貢献団体機構(http://www.ajosc.org/)、Gakuvo Style Fund (http://gakuvo.jp/gsf/)などからの助成を受けている。

 

 さまざまなイベントをやっている。たとえば、初心者向け天文講座を数回実施した。運営仲間に、科学館の館長を務める国立天文台広報普及員の羽村太雅氏や東大大学院の宇宙線研究所博士課程の学生がいるからだ。午前中に子供向けの講座を、夜には、大人の講座を実施、それぞれ20名弱が集まった。夜の部の終了後、望遠鏡による天体観望会も行った。昼間の講座を受け、観望会に参加した子どももいた。

 

初心者向け天文講座のチラシ

 

 泊りがけの「理科の修学旅行」は、この科学館が出来る前からやってきた。ここ数年は、千葉の海沿いに出かけた。子どもたちが各々テーマを決めて自由研究をし、その成果を発表するコンテスト(注3)も、実施している。科学館には、コンテストで最優秀賞・優秀賞を受賞した子どもたちの作品(採取した貝殻や石、海藻など)が展示されている。活動の様子は、ミニ冊子になっているほか、タブレットに受賞した子のプレゼンが収録されており、自由に見られる。私が訪問した日は、女の子が大人の男性にタブレットを見せていた。宮本さんによれば、彼女の自由研究「私の身近な海藻」が最優秀賞を受賞し、それを科学館に訪れた学校の教師に説明しているところだった。

 (注3)このコンテストは、第13回トム・ソーヤースクール企画コンテスト(2015年)優秀賞を受賞した。トム・ソーヤースクール企画コンテスト(http://www.ando-zaidan.jp/html/sizen_02.html)とは、自然体験活動の優れた企画に支援金を授与するとともに、活動報告を受けて、特に優れた活動を表彰する。日清食品創業者安藤百福氏が創設した安藤スポーツ・食文化振興財団による。

 

 最近人気の企画は、「研究者に会いに行こう!」というイベント。東大大学院生、筑波大大学院生、千葉大学大学院生が、それぞれの研究内容について解説するというもの(場所は、この科学館と流山市の図書館)。定員20名で午前・午後2回の予定だったが、希望者が多く、2日間4回と倍の実施となった。

 科学館には、主催者たちが読んで欲しい本やDVDが置かれている。ノーベル賞を受賞した論文と、それを分かりやすく説明した資料とが展示されている。土日のみ開館だが、大学院生数人がスタッフとして交替でいるので、分からないことを気軽に聞くことができる。科学館は、手作り感が強く素朴な雰囲気だが、最先端の科学と身近に接することができる。

 

最優秀賞を受賞した自由研究について、訪れた学校の教師に説明する小学生

 

 入館するには、小学生以上は初回600円、2回目以降300円。年間パスポート5000円、月間パスポート800円。先の最優秀賞を受賞した女の子は、年間パスポートを持つ常連さん。

 実は、この科学館は、「たまには科学を囲んでみよう」とロゴにもあるように、まずは、大人を主な対象としており、入館者の7割は、大人である。7割が大人というのは、少々驚きでもあるが、子どもにとっても、幼い頃から、好奇心を刺激され、それを深めるための適切な支援が受けられる。羨ましい環境といえるだろう。

 柏市の科学館について見てきたが、考えてみたら、西東京市には多摩六都科学館(参考:https://www.skylarktimes.com/?page_id=11852)がある。さまざまなイベントや館外活動が実施されている。多摩六都科学館の入場料は、大人(18歳以上)500円、小人(4歳~高校生)200円だが、圏域の場合、年間フリーパスなら、大人1500円、小人600円だ。ジュニアボラアンティアになれば、スタッフ補助として、さまざまなイベントに主体的に参加することも可能だ。お手頃な価格で、知的好奇心を刺激し、必要に応じて知識を得られる場所が近くにあるなんて、これを利用しないのは、もったいない。

 

 西東京市の学ぶ楽しさを伝える丹誠塾

 

 西東京市には、丹誠塾(https://tanseijuku.jimdo.com/)というユニークな塾がある。
創業は、1977年と意外に古い。現在の塾長は2代目、塾の卒業生だ。塾のチラシには、「子どもと親のサードプレイス」と銘打ってあり、「・・『学ぶ楽しさ』を伝えています。・・勉強の目的は“自由”を得ること。面白い勉強なら子どもは伸びていくものです。そんな彼らに伴走し・・」と書かれている。現在の生徒は60人ほど。

 

丹誠塾チラシ

 

 2代目塾長の渡邊憲土さんによると、「当塾は、おそらく出発点は、普通の塾だった。しかし、子どもたちが楽しく学べるにはどうしたらよいかと考えていくなかで、塾の内容が変わってきたのだと思う。子どもたちが変えたのだ。以前の塾長たちには、そのように変えていくだけの柔らかさがあった」と言う。

 この塾では、成績でクラスを分けない。ひとつのクラスにいろいろなレベルの子がいる。もちろん塾である以上、学校のテストの出題を理解してテストに臨めるようにするが、この子が理解を深めるには、どういう方法が良いかを見極めながらやっていく。目標を決めてそれに向かって突進するのではなく、一人ひとりの子どもに合うよう、その子の成長に合わせて伴走するようにしている。

 スタッフのほとんどは、ここの卒業生だが、前の塾長の時からのスタッフやスカウトした人もいる。スタッフたちは、子どもたちから学び、試行錯誤しながら授業を組み立ててきた。たとえば、募集要項の表にあるように、理科は、実験中心で、子どもたちの好奇心をくすぐる内容となっている。

 

2018年度 丹誠塾募集要項(小学生) (出所)丹誠塾ホームページより
(注)2019年度には、要項内容が変更される予定あり。

 

 渡邊塾長は、国語の担当。先の表には、「国語表現ワークショップ」とある。以前、ある勉強会で、塾で教えている内容の一例を聞いたことがある。雑誌でみた記事をヒントに、「風が吹けば桶屋がもうかる(注4)」を活用している。お酒も入っており、私のウロ覚えだが、たとえば、「100円玉を無くした」から、8段階目で「イスがなくなる」までの途中の文章を作る(25文字以内)。勉強会に参加した大人たちの多くは、最後の「イス(椅子)がなくなる」ということを想定してその間を考えた。ところが、小学生が作った作品の中は、こんな自由な発想のものがあったという。

 

 

 この授業では、最初のうちは、「こんなのしか出来なかった」とみんな恥ずかしそうに持ってくる。塾長が預かって、匿名で読み上げる。自分の作品を読まれてもポーカーフェースでいるルール。自信がなかったのに、結構みんなに「受ける」と、嬉しくなる。人と自分との評価が違う事を知る。「受け方」がわかって、自信を持って作ると、今度は「受けない」事もある。こうしたことを繰り返すうちに、文章を作ることや発表することへのアレルギーが少しずつ取れてくる。面白くなると、どんどん作るようになる。もちろん、あるテーマに沿って文章を書く力も必要であり、そういう練習もするが、こうした遊びから入った方が向いている子もいる。

 (注4)何か事が起こると、めぐりめぐって意外なところに影響が及ぶことのたとえ。風が吹くと土ぼこりがたって目に入り盲人が増える。盲人は三味線で生計を立てようとするから、三味線の胴を張る猫の皮の需要が増える。猫が減るとねずみが増え、ねずみが桶をかじるから桶屋がもうかって喜ぶ。

 

塾長の渡邊憲土さん

 

 丹誠塾では、10年くらい前まで、家庭訪問を年2回、一回に1時間くらいかけて実施していた。その子の家庭環境(塾長は「におい」と言う)を知ると、塾で見ている子をより良く理解することができるからだ。たとえば、その子にとっては当たり前のことなのだけれど、小さい弟や妹の面倒を見ている場合、小さい子どもと係わることが向いているんだなぁと分かる。残念ながら共稼ぎ家族が増え、家庭訪問は続けられなくなった。今では、親御さんに塾に来てもらい、面談する方式に変更している。子どもを家庭環境も含めて良く知っている「近所のおっちゃん」(身近な第三者)になることを目指している。

 渡邊塾長は、「俺の目からみての意見だけど、こういうことに向いているのではないか」と、思ったことを、理由もつけて言うようにしている。塾長の性格もあって、子どもたちは軽く受け止めている。子どもの反応には、「えっ!」と「やっぱり!」との二通りがあるそうだ。

 一例として話してくれたのが、英語が苦手というので毎週一緒に勉強した生徒のこと。その子は、次の週に前の週の復習をしてもすっかり忘れていて、3年間で覚えた単語はわずか10個だった。ある時、塾長と生徒の両方から、「もう止めよう!」という声が出た。一方、その子は、マッサージが凄く上手く、塾長の様子を見ていて腰が痛いのではないかなど、身体のことが良く分かる特性を持っていた。今では、鍼灸師になるための勉強をしている。渡邊さんは、「人生長いのだから、可能性を信じてやれるところまでやるが、あきらめることも必要!できないことは諦め、いいところを見た方が良い」と考えている。

 自分のことを良く理解してくれ、時にアドバイスをしてくれる「近所のおっちゃん、おばさん、アニキ、お姉さん」のいるサードプレイスが身近にあることは、親にとっても、子どもにとっても心強い。

 

千葉県柏の葉のクリエイティブ・コミュニティーVIVITA

 

 秋葉原から、つくばエクスプレスで約30分、千葉県柏の葉キャンパス駅に到着する。この周辺は、まだ開発途上で、駅周辺にららぽーとやオフィスビル、ホテル、病院、マンションが集積しているが、まだまだ未開拓地という感じだ。駅から8分くらい歩いたところにカルチュア・コンビニエンス・クラブが運営する大型商業施設T-SITEがある。

 VIVITA(https://vivita.co/)は、T-SITE内に活動拠点VIVISTOPを構える小学生以上を対象としたクリエイティブ・コミュニティー。「子どもたちが遊びながら、0からはじめる力、アイデアを見つける創造力、イメージを具現化するための知識や技術、自らまなぶ力、自分の好きを自分で見つけて深める体験、答えのないチャレンジに挑む体験、夢中になる力、やりぬく力といった、さまざまな生きる力を自然と育むことができる環境の創出を目指している」(注5)。孫泰蔵さんによる教育をアップデートしたいという強い思いで作られた。

(注5)HP(https://kashiwanoha.vivita.club/introduction/)より。VIVITAは、柏の葉とエストニアのタリン市テレスキビとに、VIVISTOPを持つ。

 

VIVISTOP入口(T-SITEの2階にある)

 VIVISTOPは、子どもたちが創ってみたいモノ・挑戦してみたいコトを大人たちがサポートし、一緒に実現する会員施設。会費は無料だが、VIVITA㈱が運営する「VIVISTOP柏の葉」の会員になり、機器や工具など本格的な道具を使うことを了承し、自ら安全管理を行うなどの約束事に同意する必要がある。会員数は、現在500人くらいだが、うち常連さんは50人ほど。

 VIVISTOPには、さまざまな材料や道具が揃えられている。また、エンジニア、デザイナー等のスタッフが交替で数人常駐している。スタッフは、30人ほど。「クルー」と呼ばれており、教える先生ではなく、子どもたちとフラットな関係で活動に参加し、アイデアの具現化に伴走する立ち位置にある。子どもたちの創造性を刺激するために、産業廃棄物の処理業者㈱ナカダイの運営するモノ:ファクトリー(http://monofactory.nakadai.co.jp/)が、廃棄物からさまざまな素材を安全性なども配慮して選別してきてくれている。

 私が訪問した休日の昼過ぎには、女の子二人がストップモーションのアプリで、おもちゃと自ら描いた絵でコマ撮りしながらアニメを作成していた。このストップモーションのアプリは、エンジニアが作ったもので、コマ撮りと動画作成が簡単にできるようになっている。

 また、一人の男の子は、クルーと一緒に何かの設計図を真剣に作成していた。また、武蔵野美大の学生と女の子が一緒に絵本を作っていた。子どもがこういう絵にしたいというのを絵が得意な学生が一緒にカタチにしていくというやり方だ。

 

ストップモーションアプリで人形を動かしながら動画を作成中

クルーと真剣に設計図を作成する男の子

 

 普段は、子どもたちがそれぞれのやりたいことに取り組む。一方、さまざまなイベントも行われている。絵本作家や児童書編集者の方と一緒に行う絵本作りワークショップ、みんなが行きたくなるような公園や未来の新しいおもちゃを考えるワークショップ、ロボットコンテストなどなど。作業台の上にはカッターマットが載せられている。訪問した日は、向かい合わせに4つずつ並べられていたが、プレゼンを見るときには、皆が同じ方向を向くなど、活動内容によって自在に動かせる。

 

見つけやすいように工夫して並べてある道具類

 はさみや文房具類は、誰でもすぐ使えるように、工夫して並べてある。レーザーカッター、3Dプリンターもある。3Dプリンターは、作品の完成に時間がかかるので、レーザーカッターの人気が高い。ノコギリなど経験が必要な道具は、クルーがその子に道具の使用用途や熟練度を聞いて貸し出す。慣れていない場合は、使い方を教え、加工に付き添う。

 訪問当時は、まだ実現していなかったが、エストニアのVIVISTOPと何らかの方法で活動を共有する予定だ。文化が違うとやっていることも違うのではないかと、お互いの様子を見せ合うために、白板に、昨日と今日の様子をレポートしはじめていた。誰が来たか、誰がどんなものを作ったかが書かれている。

 

白板に、今日誰が来て誰が何をしたか主な活動が書かれている

 

 VIVISTOPは、2019年3月で丸2年経ったところ。案内してくれたコミュニティ・マネージャーの小村陽子さんによると、子どもたちがだんだん成長していくのが分かるという。最初は、「自分がつくりたいもの、欲しいもの」を作るが、次には、「誰かにあげたいもの」を作るようになる、そのうち「売りたい」という欲求が出てくる。2017年秋にT-SITEで手づくり市があり、数人の子が販売を経験した。審査会で、クルー向けにプレゼンし、オリジナリティ、品質、安全などの面からチェックされ、ターゲットは誰かなどを聞かれる。OKになると売ることができる仕組みだ。

 VIVITAは、趣旨に賛同し、運営に対する熱意がある方がいるのであれば、他地域でも、同様の空間が出来てくれることを望んでいる。神戸市は、2018年7月に産官学の多様な関係者による「神戸市こどもの創造的学びに関する研究会」を立ち上げた。次世代を担う創造的人材の育成に長期的な視野で取り組む。同研究会の実験プログラムとして、VIVITA㈱の協力を得、「VIVISTOP mini in KOBE」を期間限定(12月22日(土)・23日(日)・24日(月・祝日)・27日(木))で開催。同研究会のメンバーがクルーとして参加した。神戸市に限らず、こんな贅沢な場所が広がってくれたらどんなに楽しいだろう。

 

福島県相馬市のエル・システマジャパン作曲教室

 

東日本大震災で被災した福島県相馬市には、フランスのLVMHモエヘネシー・ルイ ヴィトン・グループの資金提供で、「LVMH子どもアート・メゾン」が建てられた。将来を担う子どもたちが健やかに成長するための活動の場だ。ここを拠点とし、2013年から、エル・システマジャパンが作曲教室を実施してきた(http://www.elsistemajapan.org/composition)。現代音楽作曲家藤倉大氏が音楽監修を務め、LVMHモエヘネシー・ルイ ヴィトン・グループが特別協賛している。

この教室では、毎回、世界的に活躍する作曲家・音楽家を講師として招いている。彼らとのコミュニケーションを通して、子どもたちが自由に作曲する。これまでに、作曲家や声楽家のほかフルート、ピアノ、ギター、バイオリン、チェロ、ファゴット、パーカッション、サックス、尺八、三味線などの演奏者が講師をしてきた。対象は、5歳から高校生まで。毎回10~15人くらいが参加する。

演奏者の場合、まず、その楽器の演奏を子どもたちに聴かせる。時には、こんな演奏の仕方もあるなど多様な演奏方法(たとえば、チェロでカモメやイルカの鳴き声を出す方法など)を示し、五線譜にどのように記すかを説明する。そのあと、子どもたちが思い思いに自分の頭の中に芽生えた音楽を五線譜に描いていく。最後に、演奏者が、子どもたちの作品を演奏してくれる。

 

2018年第1回作曲教室の様子:藤倉大先生&カティンカ・クライン先生(チェロ)
(出所)エル・システマジャパンのHPにある「2018年度の作曲教室レポート」より

2018年第2回作曲教室で作曲する子どもたち:藤倉大先生&黒田鈴尊先生(尺八)
(出所)エル・システマジャパンのHPにある「2018年度の作曲教室レポート」より

 

 藤倉大さんがこの作曲教室で決めているルールは2つ。ひとつは作品の善し悪しを判断しないこと。もうひとつは作曲することを一切強制しないこと。飽きて帰ってしまっても叱らない。親が同伴しても良いが、口出しをしてはいけない。こうしたルールが守られた自由な環境で、子どもたちは、自分が純粋に「面白い」と思った音を使い、作曲する。テーマを持って作曲する子もいれば、なんとなくこんな感じと曲を作る子もいる。楽しくて毎回参加する常連さんもいる。「与えられたものをこなして、評価される」という教育ではない。一種の遊びだ。

 この話を最初に聞いた時、本当にそんなことができるのだろうかと疑ったが、上記に記した作曲教室のHPには、動画がアップされており、プロが子どもたちの作品を演奏している様子がうかがえる。特に、2015年のクレア・チェースさんが子どもたちの作品をフルートで演奏している動画では、中学3年生まりなさんの「クレア先生のために」、4歳りしゅう君の「無題」、小学4年生しゅうえい君の「変な曲」など、誰が作った作品かが分かるので一見してみて欲しい。

 五線譜というのは、ユニバーサルなツールで、言葉が通じなくても、コミュニケーションできる。尺八とサックスでは、楽器も背景の文化も異なるが、五線譜があれば、さらりと文化を超えられる。作曲家・音楽家などのアーティストは、基本的には自由自在に作曲・演奏する。だが、認められて忙しくなると、型にはまることもあれば、創造性が枯渇することもある。エル・システマジャパン(注6)代表理事の菊川穣さんによれば、「アーティストの方も、子どもたちの自在な発想から学ぶものがあるようだ」という。

 

2015年クレア・チェースさんの作曲教室の様子(フルート)
(出所)エル・システマジャパンのHPより


 (注6)エル・システマとは、ホセ・アントニオ・アブレウ博士が1975年に、南米ベネズエラで始めた音楽教育プログラム。貧困層の拡大や治安の悪化という環境のなか、子どもたちを犯罪や非行、暴行などから守ることを目的としている。現在では、世界70ヶ国以上で、それぞれの地域の特性を生かした音楽教育活動が行われている。日本では、東日本大震災を契機に、2012年、一般社団法人エル・システマジャパンが設立された(http://www.elsistemajapan.org/)。被災した子どもたちが音楽を紡ぐことにより自信や尊厳を快復し、自分の人生を切り開いていける「生きる力」を育むことを目標とした。

 

 今回は、相馬市の「作曲教室」を取り上げたが、同団体の活動は、総合的で、①直接的な支援:子どもオーケストラ、体験教室、子どもコーラス、作曲教室、②学校を通じた支援:部活動支援、音楽授業支援、専門家の派遣、③総合的な支援:楽器の購入・研修となっている。

 当初は、福島県相馬市と岩手県大槌町で活動を開始したが、今では、長野県駒ケ根市にも広がっている。このほか、東京で「ホワイトハンドコーラス(聴覚障害のある子どもたちが「手歌」で音楽を創造するというパフォーミングアーツ)」も行っている。

 

ボーン・クリエイティブ(Born Creative:人は生まれながらにして創造的だ)

 

 相馬市の作曲教室で音楽監修をしている藤倉大さんは、ロンドンを活動拠点にしているが、日本で2017年から「“Born Creative” Festival (略称:ボンクリ・フェス)」を開催している。藤倉さんによると「相馬市での作曲教室を何年か継続してみてわかったことは、全ての人間は子どもの頃、『新しい音』、5歳の子どもの言葉を借りると『変な音』が好きだったということだ」。そこで、「大人になっても5歳の子どものままクリエイティブでいる人達の作品を、赤ちゃんからシニアまでが楽しめる1日音楽祭」という趣旨で、ボンクリ・フェスを開催するようになった(エル・システマジャパンのHPにある「2018年度の作曲教室レポート」より)。

 「ボーン・クリエイティブ」については、ジョージ・ランド博士による興味深い実験データが有名だ。アメリカでアポロ11号によって人類初の有人月面着陸が成功した頃、NASAは、予測不可能な事態に陥った時に、臨機応変に対応できる人材を選ぶ必要性を感じた。そこで、ジョージ・ランド博士に、創造的思考を測るためのツール開発を依頼した。このツールは、NASAにとって大変役に立った。一方、博士にとって、創造的思考は、先天的なものなのか、それとも後天的に学んだものなのかという疑問が残った。

 そこで、博士は、1600人の5歳児に、同じテストを行ったところ、98%が創造的(注7)であるという結果が出た。そして、5年後に再び同じ10歳の子どもを対象にテストを行ったところ、創造的な子どもは30%、さらにその5年後、15歳の子どもを対象にテストした折には、12%であった。他方で、成人を対象にした100万回以上の調査(平均年齢31歳)では、創造的な人は、わずか2%でしかなかった。この結果から、人は生まれながらにして創造的であること、しかし、教育を受けるなかで、この能力は、次第に失われてしまうことが明らかになった。

 

創造性テストの結果
(出所)ジョージ・ランド博士が2011年12月にアリゾナ州のTucson市で開催されたTEDxでの講演「成功の失敗」より(https://www.youtube.com/watch?v=ZfKMq-rYtnc&feature=youtu.be&t=5m29s

(注7)このテスト結果を示した表では、「問題解決にあたって、いろいろな可能性を考える力」というような意味で、「imagination」という英単語が使われている。日本語に訳すと、想像性、独創性となる。しかし、様々な文献がこの話を紹介するにあたって、「creativity」を使っていることから、ここでは「創造的」と訳した。

 

 私は、この話を聞いて、とても驚いた。というのは、これが日本のデータではなく、アメリカでの話だったからだ。アメリカでは、次々とベンチャー企業が誕生・成長しており、創造的な土壌だと思っていたからだ。博士は、この講演のなかで、「知識(正しい答え、過去の複製)」か「イマジネーション(多くの可能性、新しい未来の創造)」か、と問いかけ、アインシュタインの言葉「知識よりもイマジネーションがより重要だ」を引用。「私たちは、自らをもっと創造的にすべきだ、そうすれば素敵な未来になる」と結んでいる。

 今回紹介した事例以外にも、次代を担う人材のためのユニークな試みがいろいろと始まっている。たとえば、孫正義育英財団(http://masason-foundation.org/)や東京大学先端科学技術研究センターと日本財団による「異才発掘プロジェクトROCKET(Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talentsの頭文字)」(https://rocket.tokyo/)がある。どちらも、「高い志」と「異能」を持つ若者に自らの才能を開花できる環境を提供している。

 孫正義さんは、「日本には、画一的だが高いレベルの教育体制があるものの、逆に突出した才能を持つ子どもたちや若者への支援体制がない」との想いから財団設立に至ったという。また、ROCKETは、「現在の学校教育システムを否定するのではなく、学びの多様性を切り拓く挑戦である」としている。

 時代が大きく変わるなか、「教育」環境も複線化、多様化を迫られている。幕末期に私塾が創設され、また明治時代にさまざまな私立大学の前身が創設された。混沌とした現代には、民間が力を発揮し、多様で面白い教育環境がもっともっと生まれて欲しい。
(写真・画像はすべて筆者提供)

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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