第4回 まちの課題解決を通して官民が成長

 

「普遍的な集客装置」をまず作る

 岡崎さんは、この事業を進めるにあたって、まず「消費を目的としない人」を集めようと考えた。これまでの「中心市街地活性化」など商業の活性化を中心とする手法は人口増を前提としている。人が減っていく時代に、商業施設をつくっていったら、単位床面積で稼げる単価がどんどん下がっていくのは明らかだ。しかも、買い物には盛岡に出かける人も多い。最近ではネットでも購入する。そんな時代に、商業を核にするのは、難しい。そうかといって、人が来るようにならなければ不動産の価値は上がらない。

 では、どうしたらよいかと考えた結果、まず「普遍的な集客装置」、つまり、どんな時代になっても必ずここに人が集まるという仕掛けをつくろうと思い至った。それは、「消費を目的としないパブリックな場」のことだという。

 そこで、紫波町には図書館と役場庁舎の設置・移転を依頼し、足りない部分は民間が営業活動をして、岩手県フットボールセンターというスポーツコンテンツを誘致した。これにより、紫波町の人口の約10倍の30万人、消費を目的にしない人を呼び寄せることを目指した(注10)
    (注10) 実際には、これを上回る人が訪れており、2015年度には年間94万人であった。

 普遍的な集客装置をつくって人が集まれば、おのずとカフェ、居酒屋、ギャラリー、ショップなどのサービス業がそこに投資する。商業やサービス産業が生まれてくれば、おもしろい住人や訪問者も増え、人が人を呼び込んでエリアにお金が落ちる。そして地域の不動産価値が上がっていく。こんな循環を意識したという。

 私は、この話を聞いた時に、「図書館や町庁舎が集客装置になるのだろうか」と思えたが、実際に訪問してみると、オガールプラザの中央棟「情報交流館」は、図書館に加えて、イベントができるホール、料理・音楽・絵画・講座などに使えるスタジオ(有料)からなる地域交流センターとで構成されている。月1回土曜日の夕方には、「サタスト」というイベントが行われ、地元バンドの発表の場となっている。スタジオは、ガラス張りのお洒落な空間となっていて、私が見ても、うらやましく感じる。

 岡崎さんは、「紫波町の責任で人が来る図書館を企画してくれ」と町に要望したという。図書館は、ビジネス支援という視点から、レファレンス機能を高め、人口の25%を占める農業向けの棚を多くしている。また、「音楽やろうよ!」という音楽関係のコーナーや地域資料も充実させつつある。0歳児から高校生までの読書支援もしている。

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図書館の農業支援の本棚(上)とスタジオで手芸を楽しむ人たち(下)

 

 そもそもオガールプロジェクトの目的は、「雇用と産業をきちんとつくる」なのだが、従来のように工業団地をつくり企業を誘致して雇用を生もうという発想ではなく、都市生活者のために都市的な暮らしを提供することで雇用を生む、要は、ここに住んでよかったと思えるような街をつくり、それによって雇用を生んでいこうという発想なのだという。

産直市場「紫波マルシェ」

産直市場「紫波マルシェ」

 

 たとえば、現在、オガール広場では、バーベキューなども行われているが、何にでも使える広場にするのは、大変だったという。柔軟に対応したおかげで、オガール祭りでは、沢山の人が来てビールを飲んでくれた。

 38歳で居酒屋を始めたオーナーは、非常に儲かり、外車を購入し、城のような家を建てたという。こうした成功物語は、他の若い人に起業を促すきっかけになる。このように、テナントが利益を上げることで、敷いては図書館のようなお金の掛る施設が回っていくという考え方だ。

補助金の功罪

 厳しい財政状況のなか、地方自治体が何か新しいことをやろうと思う場合、補助金は、有難い存在である。しかしながら、多くの公共事業では、補助金を目いっぱい使って立派な建物を建てるものの、その後のランニングコストを考えなかったり、テナントが入らずに空き店舗が増えたりして、却って財政を悪化させてきた。

 岡崎さん自身、公団に勤めている頃、中心市街地活性化を手掛けてきたが、やればやるほどシャブ漬けのようになって、結果、地価が下がってしまうのを目の当たりにしてきた。このため、民間がリスクを負い、きちんと稼ぐことで地域の魅力を高め、地価を上げるという今回の事業モデルに行きついた。東北銀行から融資を受け、MINTO機構から出資を得るにあたって、厳しく査定されたことが事業の無駄を省くことにつながったという。

 オガールの成功は、前町長の本気、岡崎さんというキーマンを得たこと、清水さんはじめブレーンが揃ったことなど、上手く歯車が噛み合ったことによるのかもしれない。今でこそ「成功事例」と言われているが、当初は、地元新聞からも、議会や行政職員からも懐疑的に見られていた。しかし、本気の公民連携を進めていくなかで、市民も行政職員も「おがって(成長して)」いった。

 西東京市では、現在、庁舎統合や図書館・公民館・市民会館の統合問題を抱えている。紫波町は、人口3万人強、西東京市の人口は20万人弱。人口規模は違うものの、西東京市は東京の、紫波町は盛岡のベッドタウンという意味ではとても似ている。西東京市でも、まちの課題を解決するプロセスを通して、官民ともに成長できたらと思う。
(写真は、全て著者撮影)

【参考文献】猪谷千香著『町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト』(幻冬舎、2016年9月刊)には、詳しい経緯が書かれている。

参考年表:
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05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師、現在に至る。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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