小平市議会(松岡あつし議長)の2023年12月定例会が11月28日に開会し、小林洋子市長は冒頭の「行政報告」で、小平市が「いじめ重大事態」に認定した市立小学校の男子児童側から今年9月に損害賠償請求訴訟を起こされたことを明らかにした。男児側は「担任教諭からいじめの標的にされ、それが同級生からのいじめを誘発して不登校になった」などと訴えている。

 小平市は市立小中学校に通う第3子以降の子どもの学校給食費を来年1月から3月まで無償化すると発表した。関連経費642万4千円を盛り込んだ一般会計補正予算案を11月28日に始まる同市議会12月定例会に提出する。小林洋子市長が11月22日の定例記者会見で明らかにした。東京都の区部に比べて市部の給食費無償化は遅れており、多摩地域では狛江市が小中学校の第3子以降無償化を打ち出している。

 2013(平成25)年、小平市で東京都初の住民の直接請求による住民投票が実施された。問われたのは、国指定史跡の玉川上水を分断する半世紀前の都道整備計画を住民参加によって見直すべきかどうか。住民投票は投票率が成立要件の50%に達しなかったために不成立となり、投票用紙は開票されることなく廃棄された。全国的に注目された住民投票は民主主義のあり方をめぐる議論を巻き起こした。

 小平市小川町の社会福祉法人「ときわ会」(遠山陽子理事長)が運営する障害者福祉施設で一部の利用者が職員から身体的・心理的な虐待を受けていたことが明らかになり、小平市と同法人は10月17日、虐待の概要などを公式ホームページ上で公表した。小平市は市議会の求めに応じて10月23日の全員協議会で議員に詳細を説明する。

 小平市議会(松岡あつし議長)の2023年9月定例会が9月5日に開会し、小林洋子市長は冒頭の「行政報告」で、2021年に自殺した小平市立小学校の男性教諭の遺族から「自殺した原因は先輩教諭によるパワハラ」として今年6月、損害賠償を求める訴訟を小平市などが起こされたことを明らかにした。

 小平市の小学校で教師の体罰や暴言、子どもによるいじめが原因で不登校になった児童の保護者らが「小平市子どもを守る会」を結成し、これまでの市による体罰実態調査が不十分だったとして、第三者機関による再調査を求める嘆願書を9 月4日、小平市長と教育長宛てに提出した。被害児童の中には卒業後の現在も後遺症に悩み、不登校を余儀なくされている家庭もあるという。

 連載企画「北多摩戦後クロニクル」の第32回でも取り上げられたばかりの小平市平櫛田中彫刻美術館では現在、『Denchu-STRUT でんちゅうストラット―此処リアリズム』が開催されている。近代彫刻の巨匠・平櫛田中が晩年暮らし、創作活動を行った美術館を会場に、現代作家6人の作品が展示されている。

 1974(昭和49)年、小平市立鈴木小学校の建設現場から後期旧石器時代の大遺跡が見つかった。戦前まで日本には旧石器遺跡はないと考えられていたが1946年、群馬県で岩宿遺跡が発見されて以来全国で発掘が相次ぎ、そのうち鈴木遺跡は総面積23万平方メートルに及ぶ規模の大きさ、遺跡が示す年代の長さ、石器の豊富さなどで有数とされる。

 1973(昭和48)年4月1日、JR武蔵野線が府中本町駅(東京都府中市)―新松戸駅(千葉県松戸市)間で運行開始された。東京・多摩地域と埼玉県へ南北に貫く鉄道はそれまでに無く、以前からの夢が実現した形だった。しかし当初は貨物輸送が主で、北多摩沿線住民からすれば西武鉄道との接続が不便な上、旅客用電車の本数も少なく恩恵は今一つだった。その後、首都圏の拡大に伴って鉄道インフラとしての重要性は急速に増し、本数や駅数の増加、他線との直通運転など利用客向けのサービスも徐々に向上して、今では地域にとってなくてはならぬ生活路線となった。

 6月から9月にかけて実が熟し、摘み取りの季節を迎えているブルーベリー。生食のほかアイスクリームや洋菓子にも華やかな青紫色の彩りと甘酸っぱい風味を添えるこの果実が農産物として初めて栽培されたのは1968(昭和43)年、小平市においてだった。地元農家が長年、試行錯誤して育て上げたブルーベリーを今世紀に入って産官学が一体となってPRに努め、今では小平市のシンボルともいえる特産品として人々に親しまれるようになった。

 広々としたはらっぱで1日を楽しく過ごそう――。親子で造形ワークショップや土遊びを楽しめるイベント「はらっぱワンデイトリップ」が5月28日、都立小金井公園のつつじ山広場で開かれた。晴れた日の日曜日、小金井公園はコロナ前の活気を完全に取り戻し、家族連れでにぎわった。

 小平市と東大和市は4月12日、図書館の相互利用に関する協定を締結した。5月24日からそれぞれの市民が双方の図書館で本を借りることができるようになる。小平市は3月に小金井市とも同様の協定を結んでおり、今回の協定で隣接するすべての市の図書館との相互利用が可能になった。

 1948(昭和23)年3月、学制改革に伴って北多摩郡小平村(現小平市)に女子大学「津田塾大学」が設立され、英文学科に49人が入学した。翌年には数学科が増設され、2学科からなる学芸学部となった。以後、津田塾大学は「私立女子大の最高峰」として英文学や国際関係学の分野をはじめ各界で活躍する卒業生を多数輩出し、女性の地位向上と社会進出に大きく貢献する。

 終戦直後、街には戦災孤児があふれていた。救済の手を差し伸べたのはほとんどが民間施設、なかでもキリスト教関係者が果たした役割は大きかった。  東京サレジオ学園は1946(昭和21)年、サレジオ修道会の神父が東京都練馬区の旧陸軍成増飛行場跡の兵舎を借りて園児3人とともに始まった。兵舎は米軍住宅地になるため、47年に現在の小平市上水南町にあった旧陸軍技術研究所跡地の払い下げを受けて移転。翌年には児童福祉法の施行により養護施設として認可を受けた。小中学校の設置も認可され、広大な敷地に子どもたちの生活の世話とともに学校教育も行う養護施設が誕生した。

 小平市出身で2020年東京オリンピック体操・銅メダリストの村上茉愛さん(26)が小平市観光まちづくり大使に委嘱され、11月24日、市役所で小林洋子市長から委嘱状を手渡された。村上さんは「お世話になった小平の観光大使になってみたかったんです」と笑顔を見せた。(写真は、委嘱状を手にする村上茉愛さん(右)と小林洋子市長)