北多摩戦後クロニクル
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北多摩戦後クロニクル 第2回
1946年 小金井カントリー倶楽部の接収 名門ゴルフ場を占領軍が独占使用
敗戦後、占領軍は軍務や宿舎のため各地の旧軍施設やホテルを次々接収したほか、将兵とその家族の娯楽・保養施設としてゴルフ場…
北多摩戦後クロニクル 第3回
1947年 小平に養護施設「東京サレジオ学園」 子どもたちを守り育てる
終戦直後、街には戦災孤児があふれていた。救済の手を差し伸べたのはほとんどが民間施設、なかでもキリスト教関係者が果たした…
北多摩戦後クロニクル 第4回
1947年 清瀬に結核研究所付属療養所(上) 「亡国病」との闘い経て医療の聖地へ
戦後間もない1947(昭和22)年11月、清瀬村(現清瀬市)に、結核研究所臨床部が開設された。その後、結核研究所付属療…
北多摩戦後クロニクル 第5回
1947年 清瀬に結核研究所付属療養所(下) 病と向き合い、交流する文学者の群像
戦前、戦後、そして未来に向けて「結核病院街」とも「結核の聖地」とも称される歴史を刻んできた清瀬市。そこで治療や療養をし…
北多摩戦後クロニクル 第6回
1948年 津田塾大学の開校 時代を担う女性を育成
1948(昭和23)年3月、学制改革に伴って北多摩郡小平村(現小平市)に女子大学「津田塾大学」が設立され、英文学科に4…
北多摩戦後クロニクル 第7回
1948年 小平霊園が開園 時代を映すお墓のスタイル
1948(昭和23)年5月、東京都立小平霊園が開園した。小平霊園は8つの都立霊園(青山、雑司ケ谷、谷中、染井、多磨、八…
北多摩戦後クロニクル 第8回
1949年 田無の仮装大会始まる 数万人の観客を集めた真夏のイベント
1949(昭和24)年、田無町(現西東京市)で盆踊りに伴う仮装大会が始まった。意匠を凝らした大掛かりな山車(だし)とさ…
北多摩戦後クロニクル 第9回
1950年 東村山文化園オープン 時代の変化にもまれた西武の観光開発
1950(昭和25)年、現在の「西武園ゆうえんち」の前身「東村山文化園」がオープンした。西武鉄道による観光、娯楽の一大…
北多摩戦後クロニクル 第10回
1952年 “ロボット博士”が保谷に研究所設立 昭和の子どもたちに夢を与えた相澤次郎さん
生涯に800体以上のロボットを作り「ロボット博士」と呼ばれた相澤次郎さん(1903〜1996年)が1952(昭和27)…
北多摩戦後クロニクル 第11回
1952年 東村山・正福寺地蔵堂が国宝再指定 地元の誇り、今も信仰と交流の場
北多摩の住民でも、東村山市に東京都内で唯一の国宝建造物があるのを知る人は少ないのではないか。西武新宿線東村山駅の西口か…
北多摩戦後クロニクル 第12回
1953年 米軍輸送機、小平に墜落 戦場に向かう米兵129人犠牲
1953(昭和28)年6月18日、米軍の輸送機C124グローブマスターが小平町(現小平市)小川のスイカや麦を栽培してい…
北多摩戦後クロニクル 第13回
1954年 小金井公園が開園 刻まれた戦争の歴史
1954(昭和29)年、都立小金井公園が開園した。小金井市を中心に一部が小平市、西東京市、武蔵野市にまたがる面積約80…
北多摩戦後クロニクル 第14回
1955年 原子核研究所が田無に開設 ノーベル賞受賞者を輩出した先端施設
1955(昭和30)年、田無町(現西東京市)の東京大学農学部付属農場の一角に日本初の原子核研究施設「東京大学原子核研究…