安心して話せる場づくりを 一時休業中の「かなん」再スタートへの思い
ほんのこの前まで子どもたちであふれていた「だがしや(駄菓子屋)かなん」は、緊急事態宣言を受けて4月7日から休業している。「子どもたちを守ることがなにより大切。感染源になってはいけない」と店長の山永和子さんは休業を決意した。「木曜日は高校生が先生になってネットで勉強会をやる」というので5月13日、西武池袋線東久留米駅から歩いて15分、住宅街の中にある「かなん」を訪ねた。(写真は、案内板も真っ白に。「だがしやかなん」の前で話す山永店長)
高校生が先生に、小中生対象に「オンライン教室」
「かなん」には、学校がなかなか始まらない小中学生の勉強をサポートする、オンライン教室ができた。今日は「歴史講座」の2回目。先生は高校3年生のKくん。歴史が好きだったKくんに「先生やって」というと、はじめは「ぼくが人に教えるんですか?」としぶっていたが、今は「調べたりして苦労するけど、歴史が頭の中に入ってくるし、忘れない」と4回講座を引き受けた。
自宅のパソコンの調子が良くないので、武蔵境から自転車で駆けつけた。前回は人類誕生から弥生時代まで、今日は幕末史で小中学生と高校生の6人が参加した。山永さんの「はじめるよ」で午後2時開始した。
「日本に来た最初の米国人はビッドル。大男のペリーがきたのはその後。この人がなかなか強硬で」と話し始め、休憩をはさんで、五稜郭(函館市)で幕府が滅び、新政府ができるまでを約1時間、熱弁をふるった。ときおり、「ここ試験に出るよ」と山永さんが声をかける。
「クラ塾」という勉強会も始まっている。先生は高1のYくんで小中学生に算数と英語を教える。学校で授業を受けていても、一方通行でよくわかっていない子が多い。だから、まず補習から始める。そしてだんだんと進めていく。Y君はこの前まで中学生だったので、何につまずいているかが理解できる。30分ほど教えて、復習の問題を出す。「えーと、わからない」が続くが、3回でも4回でも繰り返し、「わかった」というまでつきあう。
Yくんは、「高校で課題がたくさん出る。1日5時間やっても終わらない」と嘆く。時々勉強に飽きる時がある。こういう機会があると気分転換になるし、自分も復習できる。将来は先生になりたいから教えるのはおもしろい」と楽しそうだ。「こういうのが、双方向の授業かと思う」と山永さんもうれしそうだ。
塾が終わると、生徒から「ありがとうございま~す。ほんとに神だああ!」と声が届く。家族からも「子どもは、わたしが教えてもなかなか聞いてくれない。こっちも忙しいし。ほんとうに助かっている、ありがたいです」と好評だ。
LINEグループで「ラジオ体操」「にこにこ食堂」「かるた絵」も
子どもたちがここに集まれなくなった時、山永さんはすぐに「LINE(ライン)グループ」をつくった。「コロナで自粛中でも、みんなとつながって、終息した時に何か形になるものしにしたい」という思いからだ。
この講座や塾もそうだが、毎朝9時にLine電話でつながってユーチューブの「ラジオ体操」も進行中だ。長い休みになった子どもたちが昼夜逆転して夜眠れないことのないように始めたもので、5月の連休には19人が参加した。
「起きてんの? まだ布団の中。起きて参加しなさい!」「体を使わないと、きちんと眠れないよ!」と山永店長の声が飛ぶ。両親が参加したり、3人兄弟全員が参加するようにもなった。参加スタンプカードには、毎日押印する。再開した時の買い物券になる。10個のスタンプで150円に、20個なら500円。毎日参加するとボーナスもある。「毎日やる人がこんなに増えると思わなかった。赤字だ」といいながら山永さんは楽しそうだ。
このつながりの中から、オンライン子ども食堂も16日から始まった。同じパンケーキミックスをつかい、オンラインで作り方を教える。できあがったのは、それぞれバラバラだが、失敗も含めて楽しめる。「次は何?」の声もおおい。「オンラインにこにこ食堂」と名付けてやってみるつもり」と山永さん。
LINEでかるたづくりもやっている。かなんに関するエピソード、イベントなどを絵にして、言葉も添える。参加者は総勢50人になった。かなん5周年の今年11月1日までにかるたにして「かなんかるた」として販売する予定だ。
駄菓子屋、シェアスペース、お祭りも
山永さんが「だがしやかなん」を開いたのは、13年前に地元の中学校の教室を借り、不登校の子どもたちの見守りボランティアをしていて、子どもたちがいつでも自由に集まれる場所が必要だと感じたからだ。
自宅を提供して2015年11月、当時は市内で初めての駄菓子屋をオープンした。今では1階が駄菓子屋と子どもたちの居場所。2階がシェアサロン。子育て世代のお母さんたちに貸す。水・金曜日にはランチも販売する。
多い時には、小・中・高校生など約50人が交代で訪れ、親も来る。町で活躍する芸達者な人たちを呼んで庭先でお祭りも開く。そんな場所になっていた。それを山永さんとスタッフ1人で運営する。大変だが、「かなん」で育った子どもたちが手伝う。「子どもたちの力が頼りです」と笑う。
そんな時の「緊急事態宣言」だ。子どもたちはもちろん、スタッフへの感染を防がないといけないと決意。スタッフと話し合って「店」を休業した。駄菓子もSNSでよびかけて「半日駄菓子屋」を開き、全部販売した。「自宅で駄菓子屋が開ける」とSNSに投稿した人もいた。1階も2階も休業にした。
そこで、じっくり考えた。
「駄菓子屋もシェアスペースもやりたいことだったが、本当にやりたいのは、子どもたちが豊かに育つのを見守ること。そして多世代が集まる場所づくり。コロナで時間がとれてじっくり考えることができた。5年間走りづづけて、1か月以上休んだのは初めて。この経験を活かしたい。社会福祉士の資格も生かし、お互いが安心できる関係づくり、そのための居場所もつくる。それまではあらゆることをやって、子どもたちと、ここにつながる人たちを支えていきたい」
申請書にも挑戦 新しい形で秋から再スタート
事業を継続するための申請書もじっくり読んで、いろいろ挑戦した。「コロナ融資が決まった。初めは利子がつくと言われた。あとで無利子になったけど。でも融資って借金。返さないといけないんだよね」
事業化給付金や都の協力金にも申請を出す予定だ。困っている時に、すぐ支えるてくれる仕組みがなかなかない。
「医療現場や飲食店も苦しいけれど、光が当たらない人たちもたくさんいる。地域で小さな商売をしている人たちが頑張れないと、地域が楽しくならないよね」
山永さんは社会福祉の仕事も柱のひとつにしていく。「これから心の悩みに苦しむ人が多くなる。もっと相談の仕事も充実させたい。駄菓子屋は続けるけど、どういう形にするかをゆっくり考えて、秋には再スタートしたい」と話している。
(川地素睿)
【関連情報】
・だがしやかなん・近況報告です♪(ぷちコミュニティハウスとびら)
【筆者略歴】
川地素睿(かわじ・もとえ)
高知県出身。東久留米市在住20年。法律事務所、旅行業を経てNPO法人に参加する。もうすぐ地域に帰ってくる団塊世代。高齢者も含めた多世代が関わるまちづくりに関心がある。
自粛せざえるを得ない駄菓子屋の休業中に、素敵な記事を書いてくださり、心より感謝申し上げます。 ありがとうございました。
はじめまして、山永明子と申します❗フェイスブックでたまたま山永という名字の息子さんを見つけて友達申請しました。珍しい姓名なのでなんか勝手に親近感抱いてしまいました❗一度お店に伺ってみたいですね。私は心理士目指して勉強中の年齢不詳の変人ですが、宜しくお願い致します!(苦笑) まあ、生まれて62年目ですが┉