執筆者一覧
兵庫県伊丹市出身。西東京市在住35年。会社退職後はNPO法人東京雑学大学、きらっとシニア倶楽部、社会福祉協議会ふれあいのまちづくり住民懇談会、地元自治会他の活動に関わり、「地域を知り、地域に貢献」を心がけている。
この著者の記事(1)伊勢生まれ。曽祖父が宮司を務めていた坂社さんと外宮さんを遊びの基地として育つ。地元皇学館大学卒業後上京、出版社にて編集職のち独立。 3.11をきっかけに母校で神職階位を取得。長年の東京暮らしを経て現在は兵庫県西宮在。書きもの仕事に勤しみつつ、ときどき神職。
この著者の記事(1)1950年東京生まれ。文化放送での経験を踏まえ、1997年株式会社エフエム西東京の開局準備から放送現場に関わり、代表取締役を経て2016年3月に退社。その後J:COM西東京「たまろくと人図鑑」で北多摩エリアの約200人と対談、PlanT(日野市)でコーディネーターとして対話の場づくりや相談など、「話す」ことよりも「聴く」ことを大切にしながら主に多摩エリアで活動してきた。
この著者の記事(5)1951年、東京生まれ。西東京市育ちで現在は東村山市在住。通信社勤務40年で、記者としては社会部ひとすじ。リタイア後は歩き旅や図書館通いで金のかからぬ時間つぶしが趣味。
この著者の記事(18)1942年生まれ。埼玉県所沢市在住。日本写真家協会前理事。日本著作権協会理事、主な写真集に『人間上村松篁』(小学館)、『日本画家・堀文子 美の旅人』(実業之日本社)、『寒流 / 津軽のおんな/ 越後・雪下有情』(彩流社)、『暖流 / 八重山諸島につなぐ命』(同)など。現在、展覧会、講演会のほか写真教室「永楓会」を主宰。長野県松本市でも写真教室を開いている。
この著者の記事(1)広報コンサルタント。東京都生まれ。東京女子大卒。参議院事務局、映画製作、広報PR会社を経て2003年独立。平時・緊急時の戦略的広報の立案やメディアトレーニングなどを提供。講演活動やマスメディアでのコメント多数。有限会社シン取締役社長、日本リスクマネジャー&コンサルタント協会理事、日本広報学会理事、公共コミュニケーション学会理事。著書は「マスコミ対応緊急マニュアル―広報活動のプロフェッショナル」(ダイヤモンド社)など。
この著者の記事(1)谷戸小学校施設開放運営協議会会長。青少年育成会メタセコイア副会長。西東京わいわいネット(子ども食堂&フードパントリー)事務局長。放課後キッチン・ごろごろ(子ども食堂)代表。やぎさわディスコ副代表。2020年9月からは米寿の義母と同居してケアラーとしてのデビューも果たす。2021年4月から環境まちづくりNPOエコメッセ メンバー。人と猫と文章を書くのが好きで、自転車に乗り市内を駆け抜ける毎日。
この著者の記事(34)元日本経済新聞記者。新聞社時代は広く企業活動について取材・記事執筆、日経BPの雑誌編集者としても多くの企業・経営者への取材経験。現在は新聞・通信社などメディア出身者でつくる「経済記者シニアの会」(https://www.pr-konwakai.com)に所属し、政治・経済問題などについてのブログ発信を行っている。2015年に精神保健福祉士の資格を取得。1949年生まれ。
この著者の記事(5)西東京市新町在住。金融会社勤務。仕事の傍ら「アートみーる」(対話型美術鑑賞ファシリテーター)「みんなの西東京」「放課後カフェ」の活動に参加。東京藝術大学で「アート X 福祉」を履修し、2019年4月より東京都美術館のアート・コミュニケータとして人と美術館をつなぐ活動に携わる。
この著者の記事(66)京都生まれ、東京・世田谷区在住。2009年から劇評サイト「ワンダーランド」編集部に所属。「泉茫人」の名前で短歌を書いている。2024年に第一歌集『丸腰でゆく』(本阿弥書店)を出版。
この著者の記事(1)1949年、茨城県生まれ。東京造形大学卒業。ブックデザイナー。主な装丁/『徳田秋声全集43巻』(菊池寛賞受賞)、三省堂三大辞典『俳句大辞典』『短歌大辞典』『現代詩大辞典』など。著書/『装丁探索』(ゲスナー賞受賞、造本装幀コンクール受賞)。日本出版学会会員、明治美術学会会員。1984年、子育て環境と新宿の事務所へのアクセスを考え旧保谷市に移住。
この著者の記事(13)2000年、広島生まれ。日本大学芸術学部映画学科2年。「世界が少しだけ優しく、明るくなる写真を」をテーマにポートレートを撮る。Instagramを中心に作品を発信している。
この著者の記事(1)兵庫県で育ち、大学卒業後東京へ。昨年7月練馬区富士見台より西東京市ひばりが丘に転居。情報システム開発会社、住宅メーカーを経て定年退職。現在、団体職員。中小企業の事業承継を支援する活動を始めたところ。
この著者の記事(1)4人の子育てと35年間の仕事を終え(定年退職)、「地域が待ってるよ」との呼びかけをいただいて、子連れ時代からの活動にボランテイア活動がプラス。子育てでお世話になった地域への恩返しの気持ちで、主に子どもの行事に関わっている。よく考えると私自身、また地域のお世話になっているのでした。
この著者の記事(2)西東京市中町在住。1994年(平成6年)2月生まれ。ぽくるーむ代表。本業はジョージ防災研究所代表で防災アドバイザーとして、防災講座などの講師や防災コンサルティングをしている。地域活動歴も15年となり、碧山小学校避難所運営協議会事務局長や明保中学校地域学校協働推進員及び学校運営協議会委員、西東京消防少年団統括指導者やあめんぼ青年教室スタッフ、谷戸まつり事務局として活動している。
この著者の記事(1)旧保谷市で育ち、現在西東京市田無町在住。1998年(株)エフエム西東京開局から携わり、行政や医療番組、防災、選挙特番など担当。地域に根差した記者としても活動している。
この著者の記事(186)共同通信社の文化部記者として主に演劇、論壇を担当。福岡編集部、文化部デスクを経て2007年にフリーに。書籍のライティングと編集、書評などを手掛ける。2009年から小平市在住。
この著者の記事(312)1943年7月、北海道生まれ。小平市在住。現役時代、米国3M社の合弁会社で、生産管理技術者として基地に納める泡消火剤の管理に関わったこともあり、PFAS問題では何かの因縁を感じている。退職後、長らく自治会長を務めながら、2015年に市民団体「小平井戸の会」を設立。大規模災害に備えて市民の生活用水確保のために井戸の現地調査を続け、小平市内全域の「井戸マップ」を作成。2021年、調査結果や提言をまとめた冊子「身近にある水源 災害に有効な井戸」を発行した。今秋、東京都23区・多摩26市の自治体を対象に、2回目の災害用井戸に係わる施策調査を実施する予定。現在、東京都にNPO法人化申請中。
この著者の記事(1)1952(昭和27)年生まれ。静岡県出身。東久留米市南町在住。区役所に勤務(広報課を皮切りに地域センター、総務課、環境公害などを担当)。退職後、地元社会福祉協議会で生活支援員、NPO法人で福祉施設などの第三者評価業務に従事。そのかたわら、アマチュア写真家として東日本大震災や福島の「帰還困難区域」の撮影取材を続け、2020年1月に「東日本大震災―その後の8年」として個展を開催。
この著者の記事(2)1960年(昭和35年)島根県生まれ。西東京市下保谷在住。 島根県立矢上高校卒業後、大阪電子専門学校、フリーター、大学受験 、心臓の手術と闘病生活を経て現在、グラウト注入工事の職人として新国立競技場の建設に携わる。アイデアを考えることが好きで、そのせいか現在の仕事でゼネコンと会社と私で特許を取得。趣味は写真撮影。基本なんでも興味があり、いろいろチャレンジしたい。
この著者の記事(7) 1969年、立命館大学文学部卒。1999年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士学位取得、博士(人間科学) 現在、社会保障・社会福祉学者・武蔵野大学名誉教授、行政書士有資格。シニア社会学会、世田谷区社会福祉事業団各理事、武蔵野徳洲会病院倫理委員、福祉デザイン研究所所長、地域サロン「ぷらっと」主宰、山岳紀行家。
主著 『入門 社会保障』(編著)、『介護保険再点検―制度実施10年の評価と2050年のグランドデザイン―』、『入門 保健医療と福祉』(同)、『入門 社会福祉の原理と政策』(同)、『入門 地域福祉と包括的支援体制』(同)、『入門 高齢者福祉』(同)、『入門 保健医療と福祉』(同)以上、ミネルヴァ書房、『改訂 社会保障―福祉ライブラリ―』(同)建帛社、『老活・終活のウソ、ホント70―データや研究実践、経験からみた実像―』大学教育出版、『人生100年時代のニュー・ライフスタイル―『新しい生活様式』を超えた医(移)・職・住―』あけび書房、『地域福祉とソーシャルガバナンス―新しい地域福祉計画論―』中央法規出版ほか。
*「川村匡由のホームページ」(https://kawamura0515.sakura.ne.jp/)
福島県会津美里町出身。会津高卒業後に上京。青山学院大卒業後、西東京市谷戸町に工場のある住友重機械工業に入社。退職後「忘れがたき、思いいずる」故郷への恩返しのつもりで県人会活動中(西東京福島県人会事務局次長、赤べこ会世話人など)。趣味は書道と歴史。
この著者の記事(1)保健師、看護師。東京都出身、東京医科歯科大学卒。国立がんセンターにて終末期医に取り組み、その後クリニックで健診結果の説明および保健指導の大切さを経験し、現在は国の医療費削減施策である「生活習慣病予防対策」のモデル事業を企画運営。特に若い年齢層の肥満者「かけだしメタボ」への早期介入を提唱し、メタボ対策に取り組んでいる。
この著者の記事(1)2015年3月まで、都内で小学校教諭を務める。2011年2月、任意団体学び塾「猫の足あと」を設立、無料の食と学習支援を展開してきた。2018年1月、特定非営利活動法人猫の足あととして認証され、代表理事となる。2015年3月、西東京わいわいネットが発足、代表を務める。
この著者の記事(1)ひばりタイムス編集長。旧保谷市時代から西東京市在住50余年。共同通信社を2004年に離れフリーに。小劇場レビューマガジン「ワンダーランド」編集長、在京テレビ局の情報番組コメンテーター、演劇紹介番組「東京舞台通信」案内役などを経て、2015年2月「ひばりタイムス」創刊。
この著者の記事(1,828)柳沢中学校地域学校協働活動推進員/ホニホニおやじの会副会長/西東京市職員 地元の行事である「どんど焼き」や「むくのきまつり」など、おやじの会メンバーとして切り盛りするとともに、西東京市職員でもある。令和4年度から、柳沢中学校のコミュニティ・スクールがスタートし、地域学校協働活動推進員として活動しながら、保谷第二小学校、柳沢中学校での学校活動に関わっている。
この著者の記事(1)1953年埼玉県生まれ、清瀬市内に幼い頃在住。大学時代は上石神井、東長崎に住み、東伏見、江古田で家庭教師のバイト。大手マスコミ記者を経て大学教員へ転身。現在、著述業。著書に、『経団連』(新潮選書)、『政治献金』(岩波新書)、『アイダ・ターベル-ロックフェラー帝国を倒した女性ジャーナリスト』(旬報社)、『財界論』(旬報社)など多数。
この著者の記事(1)「西東京こども放課後カフェ」代表。西東京市内の学童クラブ父母会や小中学校PTA、青少年育成会活動に携わる。2016年インクルーシブな大阪の公立小学校が舞台の映画「みんなの学校」を自主上映。共生社会について考える会「みんなの西東京」を立ち上げる。同年より西東京市内公立中学校内居場所カフェを運営。2018・19年度「西東京子ども放課後カフェ」事業が西東京市NPO等企画提案事業として採択される。アートと人をつなぐ東京藝術大学×東京都美術館「とびらプロジェクト」7期。市内で対話型美術鑑賞のボランティア「アートみーる」としても活動中。最近DJデビューしました。
この著者の記事(1)東京都出身。NPO法人コミュニティスクール・まちデザイン理事長、多摩南生活クラブ生協理事長、生活クラブ東京副理事長を経て現職。小・中学校への出前授業や、全国のJA、自治体、市民団体などで食と環境、食の安全をテーマに講演を行っている。
この著者の記事(1)1977年生まれ。埼玉県所沢市育ち。元ひばりが丘住民。大学卒業後はインテリア商社に勤める。30代半ばでラジオパーソナリティーに転身。東日本大震災直後から岩手県で地域の情報番組のパーソナリティーを担当。2015年からはFM西東京でパーソナリティーをしながら、ディレクターとして制作も手がける。現在はこれまでの経験を糧に、ナレーションをはじめとした声の表現活動の幅を広げている。
この著者の記事(2)清瀬で育ち、韓国人の夫と娘の3人暮らし。メーカーでの海外業務を経て、結婚のため渡韓。日本帰国後は、育児の傍ら「書くこと」に携わる。ドキュメンタリー、映画、本、ダンスやミュージカルなどアート全般を愛する30代。
この著者の記事(1)1994年、神奈川県生まれ。武蔵野大学社会福祉学科4年。昨年のこそだてフェスタ@西東京に参加。地域の子育て情報をまとめたガイドブック「にこぶっく」をゼミ生と一緒に作成、好評を得た。
この著者の記事(1)2005年から「西東京にほんご教室」で、外国人向けの日本語学習支援活動に参加。2010年から西東京多文化共生センター(NIMIC)の「子ども日本語教室」で外国人子弟の学習。教科指導にも従事、西東京市在住。
この著者の記事(1)アニメーション監督。1985年 東京生まれ。東京藝術大学大学院 映像研究科 アニメーション専攻 修了。株式会社サンライズ CGアニメーター勤務後、独立 劇場・TV・Netflixアニメ「地縛少年花子くん」「ケンガンアシュラ」「放課後さいころ倶楽部」「あそびあそばせ」「ハクメイとミコチ」「月がきれい」「クズの本懐」「ダンガンロンパ3」「暗殺教室」「デジモンアドベンチャーtri.」「乱歩奇譚」「人類は衰退しました」オープニング・エンディングアニメーション監督。NHKみんなのうた「日々」、NHKヒバクシャからの手紙「ホウセンカおじいちゃん」アニメーション監督。映画「37 Seconds」アニメーター。
この著者の記事(1)1958年生まれ。翌年から東久留米市在住。編集者。図書出版・言視舎代表。ひばりタイムスで2020年10月から「書物でめぐる武蔵野」を連載。これをまとめた単行本『西武池袋線でよかったね』(交通新聞社新書)発売中。
この著者の記事(51)1950年、福島県会津坂下町生まれ。明治大学法学部卒。新聞記者、労組専従、衆参議員政策秘書などを経て現在、フリージャーナリスト。1980~81年滝山団地、81~97年ひばりが丘団地に住む。西東京市在住。
この著者の記事(22)1946年1月、東京に生まれる。高校の時より龍笛を父に習い、20代より多忠完氏に弟子入りし鳳笙の製作を行う。日本雅楽会副理事長として国立劇場などでの演奏の他、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど15カ国で約50公演。2005年、全国の雅楽関係者による雅楽協議会を結成し、雅楽情報誌『雅楽だより』(季刊)を創刊、現在73号発行。2010年より東京藝術大学非常勤講師。著書に『雅楽の源流を求めて』『雅楽430サイクルの決定とその背景』『雅楽の装束メモ』など 1986年田無市(現西東京市)で「非核・平和をすすめる田無市民の会」を結成し事務局長となり、2001年より「非核・平和をすすめる西東京市民の会」と名称を変更。2021年、会長を山本恵司氏に引き継ぐ。
この著者の記事(1)西東京市在住48年余。小学校4年生の時、旧保谷市のジュニア育成アカデミーにてテニスを始める。全国小学生大会・全国中学生大会・インターハイ・全日本ジュニア出場。2023年より西東京市硬式テニス協会理事。
この著者の記事(1)1961年名古屋生まれ。一橋大学卒業後、共同通信社の記者となる。93年から文化部記者。2003年末に退社し、フリーライターに。主な著書は、双子の育児の体験をまとめた『僕らのふたご戦争』(1995年)、各地の銅像を歩いてまとめた『銅像歴史散歩』(ちくま新書)など。
この著者の記事(8) 1962年2月に東京都杉並区に生まれ、1歳のとき旧田無市へ。1980年に大学卒業後、金融会社に就職、人事畑が長いが経理、営業なども経験。1995年4月から7年半の関西勤務が阪神淡路大震災の直後であったことが都市と地震災害のことを考え始めるきっかけとなった。現在、西東京市社会福祉協議会の災害ボランティア養成講習会の受講生を核にして2015年4月に設立した市民団体西東京レスキューバードの代表を務める。
学生時代から西東京市内で手話サークルや障がいのある子もない子も共に遊ぶ子ども会、影絵劇団などに関わり、関西でもろう和太鼓サークルなどに関わる経歴も持つ。
西東京市在住。がんを経験した女性のコミュニティ Colorful Ribbons 代表。西東京市を拠点にがんサバイバー向けのイベントや情報発信を行っている。ひばりが丘団地内ひばりテラス118で定期的に「がんママカフェ・ひばりが丘」を主催。
この著者の記事(6)大阪生まれ、兵庫県西宮市で育つ。演劇好き。子ども向けの演劇も好き。西東京市とはご縁がなかったのだが、今回、子ども向けの舞台ということで、保谷こもれびホールに伺いました。
この著者の記事(1)宮城県女川町生まれ。2011年6月に西東京市に来ました。こちらにきて、良いご縁が沢山ありました。2021年に西東京市民になり、人と人とのつながりで楽しく過ごしてきました。これからもご縁を大切に暮らして行きたいと思います。
この著者の記事(1)1973年 福島県いわき市生まれ。作業療法士。精神科病院に18年勤務ののち、東久留米市内の障害福祉事業を行うNPO法人にて、グループホーム世話人、相談支援専門員として5年勤務。2018年3月一般社団法人Polyphony設立。同年9月障害者サービスの一つ生活訓練事業所として「リカバリーカレッジ・ポリフォニー」を開設。
この著者の記事(1)1947年生まれ、広島県安芸高田市出身。1983年から氷川台に住み現在に至る。1970年から39年間のサラリーマン生活を送り、2010年から輪番制で回って来た自治会役員(会長)に就任した。1年間の活動で地域コミュニティの衰退に危機感を覚え、2011年から自ら先頭に立って協力者を募り、地域の活性化へ向けたさまざまな活動を展開している。
この著者の記事(2)1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。退職、母の介護を経て、まちづくりに関わる。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。2019年より、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」オーナー。2020年にフェイスブック仲間と「西東京市カルタ」完成。2020年より下宿コミュニティセンター管理運営協議会代表、2022年度から下宿自治会会長。
この著者の記事(66)1935(昭和10)年、東京都北区生まれ。小学校1年生から、父親の仕事(中島飛行機)の関係で田無に移住、以後田無育ちの、ほぼ土地っ子。戦後の食糧難などで高校も行けず中卒で就職。中年以後に通信制で高校、大学(放送大学)を卒業。現在NPO法人「セプロス」の中の、リボンネットワーク(メールによる高齢者の見守りネットワーク)を担当(自分も見守られている)。合わせて『シニア情報生活アドバイザー』(シニアがシニアにパソコンを教える準国家資格)として、毎週市内5会場でパソコン勉強会を行っている。傍ら、『SAVE ザ 9条・SAVE ザ 憲法 西東京市民の会』『3館合築問題を考える市民の会』にも参加している。
この著者の記事(2)1956年、田無町(現西東京市)生まれ。10歳で東村山市に転居。経済紙に就職して社会部や文化部で記者、編集委員を務めた。現在は雑文を書くほか、句会に参加したり、落語や講談を聴いたりしている。
この著者の記事(8)ヤギサワベース代表/グラフィックデザイナー。デザイン事務所を併設した駄菓子屋「ヤギサワベース」を開業・運営する傍ら、西武柳沢駅周辺を中心に、地元商店街の一員として地域活動に取り組む。西東京市内で開催されるイベントの企画やデザインにも数多く携わっている。現・柳盛会柳沢北口商店街会長、株式会社エフエム西東京社外取締役。
この著者の記事(2)1995年、東京生まれ。日本大学生産工学部数理情報工学科4年。大学ではプログラミングを専攻しているが、小学生の頃から趣味でカメラを続けてきた。花や動物を光りで表現することを中心に、イベントカメラマンとしても活躍している。
この著者の記事(1)西東京市社会福祉協議会福祉活動推進課地域福祉推進係。ふれあいのまちづくり担当。北東部(西武池袋線の北側と東伏見通りの東側)を担当地区とし、日々ママチャリで疾走。2歳の娘の「イヤイヤ期」で叫びだしそうな日々を、地域の人が見守ってくれている。
この著者の記事(1)1959年生まれ。西東京市在住、会社員。1996年に息子が脳性麻痺の障がいをもって生まれたことをきっかけに、民間企業に勤務の傍ら、西東京市で障がい者支援の活動をつづける。西東京市障がい者福祉をすすめる会会長、喫茶コーナーふれあい代表、西東京市地域自立支援協議会委員、西東京市社会福祉協議会評議員、社会福祉法人さくらの園評議員、社会福祉法人田無の会評議員など。
この著者の記事(5)フリーライター&エディター。横浜→ブラジル→八王子→(武蔵高校入学を機に)西東京。早大卒後は映画会社勤務を経て世界旅行に。海外旅行雑誌や英語教育誌などに携わる。カラオケ仲間を求め4年前に西東京稲門会に。「西東京設立20周年記念誌」編集委員。
この著者の記事(1)石巻出身。震災以後、友と石巻の応援ブログを細々続ける。「地域博物館を創ろう連合会」事務局担当。下保谷の自然と文化を記録する会会員。元「屋敷林の会」代表。校正者。著書『タヌキの伝言』(けやき出版)、松田宗男と共著『武蔵野鉄道が通る!』。
この著者の記事(11)西東京市在住の写真家。六本木のスタジオフォリオを経て、ファッションカメラマン袋谷幸義氏に師事。1995年に独立後、雑誌、ウェブなど活躍。フード撮影では佳川奈央、ポートレート撮影では河村フォトン名義で作品を発表している。地元の風物を記録する「西東京百姿フォトコンテスト」や写真集を企画した主要メンバーの一人。
この著者の記事(10)1948年生まれ。建築家。東設計工房主宰。住宅、障害者、高齢者のグループホームの設計などに携わる。女性建築技術者の会会員(1986-1990代表)。趣味は国際交流、太極拳。著書『もっと頭のいい収納―「かたづけ上手」のスッキリ生活術』のほか、共著『すまいのカルテット―春夏秋冬』、『いきいきさわやかーダイニング&キッチン』(女性建築技術者の会)『アルバムの家』(同)など。
この著者の記事(7)2005年に西東京市に住むようになり、子育てをしながら暮らしているまちや人の魅力、歴史や取り組みを、書く・話すことで伝えています。地域にまつわる情報冊子やウェブサイトの制作に関わるほか、エフエム西東京の地域情報誌「842PRESS」の企画・執筆、放送では企画やパーソナリティ、ディレクターも担当。沢山の人に「このまち、いいじゃん」が増えますように。
この著者の記事(4)西東京市無認可幼児施設「幼児園どんぐりころころ」代表。東京学芸大学卒業後、東京都公立幼稚園教諭、園長、相談員、東京家政大学講師を経て現在に至る。日本保育学会会員。「自然体験クラブ」代表として保育者自身の自然体験の実践と必要性を説いている。
この著者の記事(1)西東京市在住約30年。児童教材出版社勤務を経て、現在日本語教師、学習塾講師。「非核・平和を進める西東京市民の会」世話人、「SAVEザ9条 SAVEザ憲法 西東京市民の会」、「同進会を応援する西東京市民の会」など。
この著者の記事(4)1963年2月10日東京都生まれ。会社役員。西東京在住16年。長男が田無三中3年生の時「三中応援団」を設立し、主に定期考査前の学習会や放課後カフェを開いてきた。2年前より地域で青少年の健全な育成を支えている「育成会にしはら」の活動にも参加する。
この著者の記事(1)3.11当時福島県三春町に住む。娘が小学校入学直前に被災。2ヵ月後の2011年5月に東京へ。西東京市には2012年3月から居住。「つながろう!放射能から避難したママネット」代表、NPO法人ココロとからだを育てるハッピープロジェクト代表理事。主に自主避難者の相談活動、特に医師らと協力して健康相談会を行っている。
この著者の記事(1)1944(昭和19)年新潟県生まれ。1954(昭和29)年以来、田無北原在住。谷戸小3回生、田無二中2回生。はじめに住んだ都営住宅の周囲は麦畑、谷戸新道は砂利道でした 都立高校教員後、東大農場ボランティア。現在、法政大学沖縄文化研究所研究員。
この著者の記事(2)新潟県出身、結婚を機に妻の実家がある田無市(当時)に引っ越して20年、現在は小金井公園まで徒歩圏の芝久保町二丁目在住。三人子供がいるが一緒に遊んでくれる年齢でもなくなり、週末の天気が良ければ飯能・秩父方面にサイクリングに出かけるのを趣味にしている。エンジニアを経てマーケティングを生業とし、外資系のIT企業で文化のギャップに苦しみながら格闘中。
この著者の記事(2)旧田無市生まれ。大学卒業後、北欧に留学。帰国後、会社勤めを経て、田無市に英語学校。アメリカンハウス開校。シチズン時計、武蔵野大学などで英語講師。英語本70冊執筆。春夏は北欧、秋冬は西東京に滞在。多摩の幕末維新を研究中。
この著者の記事(1)1948年生まれ。保育園時から高校まで練馬区東大泉に在。現在南大泉に在住。 「下保谷の自然と文化を記録する会」会員、NPO法人科学教育研究所理事、杏林大学名誉教授。専門は、遺伝学。2022年7月、「記録する会」の萩原恵子との共著で『武蔵野鉄道が通る! -保谷周辺を中心に-』を刊行。
この著者の記事(3)東京墨田区下町生まれ・下町育ち。清瀬在住7年。モンテッソーリ教師として幼稚園・保育園で小さい子供たちに携わる。現在は保育園の職員指導員。近隣の小さなカフェの手伝いもしている。自分の住む街が楽しくなることを願っている。
この著者の記事(1)1948年生まれ 小平市育ち 西東京市在住50年。1979年2月~一般財団法人高度映像情報センター(AVCC)勤務。2008年1月~2017年4月末 民設民営の公民館「霞が関ナレッジスクエア」運用統括・シニアプロデューサー。2012年~2017年3月、岩手県大船渡市の「デジタル公民館まっさき」事務局。西東京市では「みんなの学校」上映会、中学校の「避難所運営ゲーム(HUG)」などにサポータ参加。食と農の体験塾 大豆編 2017 塾生・ロクトリポート農作業体験 記録係。
この著者の記事(1)東京都出身。西東京市在住14年。ディスプレイデコレーター。アートみーる3期。店舗など場を作り出すことが生業だったが、アートみーるの仲間になったことで「対話型鑑賞」を知り、アートを通してのコミニュケーションの場を楽しむ。東京都美術館×東京藝術大学「とびらプロジェクト」参加6期。アートを通しての対話の場を地元西東京にも広めたく、その魅力に惹かれて学びを深める日々を過ごしている。
この著者の記事(1)認定内科医、神経内科専門医、身体障害指定医(肢体不自由、音声言語、平衡機能障害)。西東京市医師会理事 静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。信州大学卒業後、信州大学第3内科入局。佐久総合病院で地域医療を研修後、東京都立神経病院、狭山神経内科病院で神経疾患、難病の診療に従事。1995年(平成7年)国立身体障害者リハビリテーション病院神経内科医長。リハビリテーションのほか社会復帰、療養・介護など福祉的な問題にも取り組む。2007年(平成19年)1月「みわ内科クリニック」院長。2013年(平成25年)6月、医療法人社団エキップ理事長兼務。2017年(平成29年)4月から理事長。
この著者の記事(13)1967年、兵庫県西宮市生まれ。5歳の時、田無市(現西東京市)へ。90年、読売新聞社 (現読売新聞東京本社)に入り、富山支局、生活情報部、福島支局、人事部、読者センターなどを経て現在は編集局デジタル編集部所属。趣味は鉄道と古書店巡り。山内以九士の孫。
この著者の記事(1)市民活動家。1999年から2023年まで西東京市議会議員。現在は南信州に移住して隠居生活。古民家のリフォームと自家用の野菜を自然農法で試験栽培中。中山間地の荒廃を止める担い手不足解消を模索している。
この著者の記事(1)1926年、千葉県生まれ。評論家。東大法学部卒。共同通信社入社後、社会部、経済部を経て編集委員、論説委員を歴任。元新聞労連書記長。主な著書に2021年2月刊の『『対案力』養成講座』(言視舎)、『証言構成戦後労働運動史』(共著)などがある。
この著者の記事(45)1973年25歳の時から柳沢在住。2008年まで35年間自宅で学習塾を開く。地域では生協活動、住民・市民活動に関わる。現在、公民館を活動の場として8つの団体で、事務局や代表を務める。「茨木のり子の家を残したい会」発起人の一人。
この著者の記事(3)1961年6月生まれ。高校卒業までほとんどの期間を長崎市ですごす。1985年に共同通信社に入社。長くスポーツの記者と編集者を務め、2021年6月に定年退社。高校、大学時代は陸上競技の短距離選手で、就職後は草サッカー愛好者。中年になってから読書が嫌いでなくなった。小平市在住。(以下は2026年8月に追加)2024年1月から2月にかけて、真夏のアルゼンチンを2週間ほどひとり旅。大半を長距離バスで移動し、地平線、大草原、大河ラプラタ川、アンデス山脈などを堪能した。
この著者の記事(1)1960年、北海道苫小牧市生まれ。ルポライター。インタビューを基軸として、さまざまなジャンルのルポを執筆。主な著書に『戦争拒否 11人の日本人』『民謡酒場という青春』『ルポ介護独身』など。また、日本で唯一の民謡雑誌「みんよう春秋」の編集にも携わる。
この著者の記事(1)1943年、兵庫県生まれ。教員を経て、1972~2002年、都立多摩社会教育会館市民活動サービスコーナーの非常勤職員。2002年、仲間とともにNPO法人市民活動サポートセンター・アンティ多摩を設立、一時期を除き理事兼事務局スタッフ。「ネットワーク・市民アーカイブ」運営委員 関連論文:「資料と活動の交流拠点だった『都立多摩社会教育会館 市民活動サービスコーナー』」(『大原社会問題研究所雑誌』No.666(2014年4月号)「特集:市民活動・市民運動と市民活動資料、市民活動資料センター」)。
この著者の記事(1)1947(昭和22)年12月、群馬県高崎市生まれ、3歳から池袋育ち。早稲田大学第一商学部で広告論、財政学を学ぶ。卒業後、ディスプレイデザイン・商業空間設計施工会社を経て、株式会社電通入社 1985年つくば科学万博NTT館を皮切りに、1989年世界デザイン博トヨタグループ館、1991年UNEP世界環境フォトコンテスト、2005年愛知万博自工会パビリオンなどをプロデュース。このほか1988年・2001年キヤノンEXPO、1997年トヨタ創業記念室、2001年北九州市環境ミュージアムなどをプロデュース。企業・自治体のコーポレート・コミュニケーション、国内外イベントで企画・デザイン設計・映像・展示・出版・運営業務に携わる 現在、西東京紫草友の会会長、地域文化プロデューサー、イベント業務管理士。西東京市中町在住。「古文書&紫草」ライフが目下のテーマ。
この著者の記事(20)西東京市在住、在勤。地域振興コンサルタントを行うまちづくり会社「ユニココ」を2012年に設立。地方自治体やNPOの地域活性化に関する計画作成やプロジェクト運営を支援する。西東京市では、任意団体「ノウマチ」(岩崎智之会長)を設立し、農とまちづくりをコンセプトとするコミュニティー農園「みんなの畑」を運営。
この著者の記事(1)ひばりが丘在住。音楽教室講師の傍ら公民館などで音楽講座の講師を務める。ひばりが丘でエリアマネジメントをする民間団体「まちにわひばりが丘」のボランティアチーム「まちにわ師」2期生。コミュニティーメディア「AERU」担当。
この著者の記事(42)西東京市在住。2014年に映画等の企画製作、翻訳・映像字幕制作を行う株式会社E.x.N(エクスン)を設立。日本・ミャンマー合作映画『僕の帰る場所』(2017年、第30回東京国際映画祭 アジアの未来部門2冠)、短編『白骨街道』(2020)などをプロデュース。新作の日本・ベトナム共同製作映画『海辺の彼女たち』(2021年公開予定)が、第68回サンセバスチャン映画祭新人監督部門に選出。山形国際ドキュメンタリー映画祭 ヤマガタ・ラフカット!部門プログラムコーディネーター。西東京市を中心に、自身が出会った国内外の映像を用いて複数人で鑑賞・感じたことを共有するワークショップ「見たことないモノを観てみる会」を主催。「映像と作り手と受け手」について考えている。
この著者の記事(1)滋賀県出身の在日3世。20代の大半をアメリカで過ごし、そこで出会った韓国人と結婚して韓国へ。ソウルで12年過ごした後、約20年ぶりに日本で住むことに。現在武蔵野市で英語講師などをしながら、息子2人の子育て中。「同進会」を応援する西東京市民の会のメンバー。
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