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旧保谷市時代から長らく市議会議員を続け、保谷市と西東京市の議会議長も務めた浅野髙司さんが10月13日、うっ血性心不全のため西東京市東町3-11-22の自宅で死去した。78歳。東京都練馬区出身。告別式は19日午前10時から練馬区南大泉5-7-20、妙福寺本應院で。喪主は長男徳宏(のりひろ)さん。
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西東京市の田無神社例大祭が10月14、15日に行われた。本社神輿などが街中を練り歩くのは5年ぶり、令和で初となり、神輿の担ぎ手ら参加者は興奮と歓喜に包まれた。
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2001年1月21日、田無市と保谷市が合併して西東京市が発足した。両自治体の合併構想は明治時代にまでさかのぼり、近隣の自治体を巻き込みながら協議と決裂を繰り返す紆余曲折を経てきた。100年越しの合併は「21世紀最初の新設市」「市民参加の都市型合併」として全国の注目を集めたが、市を二分する市長選が繰り広げられるなど波乱含みのスタートだった。
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パレスチナ・ガザ地区の戦火は収まりません。しかし状況を解きほぐし、和平の切っ掛けを探そうとして「国連安保理決議242」に立ち返る論評はほとんど見かけませんでした。その決議はイスラエルが占領したヨルダン川西岸とガザから、軍隊の撤退を求める内容です。1967年、アメリカも賛成して全会一致で採択されました。しかし50年余り決議は実行されません。武力で国境を越え、不法に占拠して住民を追い出す-。ロシアがウクライナにしたことを思い出す人もいるでしょう。追い出された人たちは「難民」となりました。昔も今も変わりません。「国連安保理決議242」をぜひ読んでみてください。 最近、地域で知り合った方々が相次いで亡くなりました。分別収集でごみを資源に変える運動の先駆けだった坪井照子さん、旧保谷市時代から市議会議員を36年務め、地域振興に汗を流した浅野髙司さんのお二人です。訃報をまとめる作業は、わが身を振り返る過程でもありました。 北多摩戦後クロニクル企画の第41回は「西東京市誕生」でした。旧保谷市と田無市が合併してから22年。目論見と軋みを経てこの先の行方は…。読者それぞれの「西東京体験」が方向を決めるはずです。
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