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第6回 民主主義を生き生きとしたものにするために


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 選挙の度に悩む

 私は、選挙がある度に空しさと悩ましさを感じる。良くわからない候補者の中から、誰をどのように選んだら良いのか分からないのだ。折角、選挙公報を読んでこの人なら良さそうだと選んでも、落選してしまっては、私の一票は、無駄になってしまう。当選しても、途中で辞めてしまうこともある。

 また、政党政治なので、この施策については賛成だけど、この施策については反対だということもある。選挙の結果選ばれた政権与党が打ち出す個別の政策に異議を唱えるには、デモをするしかないのだろうか。

 

 地方自治体における住民参加 

 国政はさておき、地方自治体の場合には、選挙だけでなく、さまざまな政策の決定に住民が参加できる仕組みが出来ている。

 日本では、住民参加は、高度経済成長期に公害問題などが発生したのを受け、1960年代後半から1970年代後半に盛り上がったものの、そうした問題が一段落するにつれ、また、住民参加がある程度定着するにつれ、次第に鎮静化していった(注1)

 

 表は、全国市町村が総合計画策定過程において導入している住民参加手法について、1975年と1987年に調査した結果である。住民参加手法の導入が全項目について増加しており、住民参加が定着してきた様子がうかがえる。

 (表)全国市町村の総合計画策定過程における住民参加

 住民参加は、上記のようにいったん鎮静化するが、その後2000年代以降、地方分権の流れや、地方財政の逼迫を背景に、行政の側からも、住民参加を積極的に取り入れる気運が高まってきた。

(注1) 住民参加の歴史的変遷については、和川央「政策形成過程における住民参加機能についての一考察」(2005年)を参考にしている。

 実際、多くの自治体では、「市民参加条例」を策定し、行政に市民の意見を反映するようにしている。わが西東京市でも、平成14年10月には市民参加条例が公布・施行され、平成16年3月には、「解説」も作成されている。

 市民参加条例には、①市民参加の対象事項、②市民参加の手続きが書かれている。市民参加の手続きとしては、次があげられている。

市民参加条例の「解説」

1. 付属機関(審議会、懇談会)等の設置(そのなかに、公募委員を入れる)
2. パブリックコメント
3. 市民説明会
4. 市民ワークショップ
5. 市民投票
(①市の名称変更、合併、分離、境界線変更など、市の存立の基本的条件に関すること②大規模な公共施設の設立・廃止等の特に重大な政策③長と議会が対立している重要な条件④市の将来像を長く決定する事項で市民の意思が二分されるようなものなど……ただし、「市民投票はあくまで『尊重』するにとどまるものであり、市議会、市長の権限を法的に拘束するものではありません」とある)
6. その他(電子会議室、市民以降調査、市民公募、モニタリングなど)。 

 

 確かに、西東京市は、この条例に基づいて行政を遂行している。しかし、市民にしてみると、パブリックコメントや市民説明会などを実施し、意見を述べる機会は提供されているものの、やんわりとはぐらかされ、既定路線に乗せられているという感が強い。もっと、企画の最初の段階から、市民と行政が同じ立場にたって、意見を出し合う機会があっても良いのに、と思ってしまう。

 だが、おそらく行政の人たちは、企画の最初の段階から市民の声を聴いたのでは、「あれが欲しい、これが欲しい」と夢ばかり挙げられて予算がパンクしてしまう、あるいは、全く異なる複数の意見が出てきた場合に、どのように意見を集約したら良いかが分からず、計画が進まないと危惧しているのだろう。

 

 権利と義務

 住民参加の先進事例として挙げられるのが世田谷区だ。恥ずかしながら、私は、23区の区長が公選制になったのが1975年という比較的新しい出来事であるのを知らなかった。

 公選制になってはじめて、各区長が独自の政策を打ち出すことになった。世田谷区では、はじめての公選制で当選した大場啓二区長が基本構想・基本計画を策定するにあたって、「区政の自主権機能の拡充」と「住民参加」を打ち出したのだという。

 注目すべきは、「まちづくりの主人公である区民は、同時に区民の意図するまちを自主的につくりだす権利と責任がある」と、「権利」とともに「責任」を明記していることだ(注2)(注3)。

 簡単に言うと、住民は、「権利」があるので、自分の住むまちをこのように変えたいと意見を言うことは可能であるが、Aさんが言うことと、Bさんが言うことは違っていることもある。しかし、「責任」もあるのであって、Aさん、Bさん、Cさん……の意見を「まちづくり協議会」を設けて皆で話し合い、取りまとめて下さい。そうなったうえで、提案してくるのであれば、行政は、それに対応しますということらしい。

 しかし、Aさん、Bさん……の意見をまとめるのは、そう簡単ではない。時には、土木や法律などの専門的な知識も必要になる。そのために、ワークショップなど意見を取りまとめる支援をするために「世田谷まちづくりセンター」が設立され、資金を提供するために「世田谷まちづくりファンド」がつくられた(注4)。また、行政から、専門家の派遣も行うという仕組みを作っていった。

 世田谷区の住民参加で行われた事業としては、羽根木プレーパーク(1979年-)、ねこじゃらし公園計画(1991-94年)、北沢川緑道の水辺再生事業(1994-2002年)などが有名だ(注5)。世田谷区は広いので、いくつかの地区に分けてまちづくりを行っているが、事業に関わりのある住民の合意形成ワークショップを開催し、行政、専門家などもまじえて計画を策定(あるいは見直)し、事業を形にしていった。

 

  (図)北沢川緑道の水辺再生計画

◆住民参加による計画づくりで、上記の「まっすぐなせせらぎ」を下記の「変化に富み多様な生物が生息できる環境」に変更
(出所)(一財)世田谷トラストまちづくり発行『参加のデザイン道具箱PART-2』より抜粋

◆水辺が再生し、最初に水を通した時の様子
(出所)一般財団法人世田谷トラストまちづくり トラストまちづくり課統括課長浅海義治氏の西東京市での講演資料から

 

 世田谷区も、区長が「住民参加」を打ち出してすぐにやり方が整ったわけではなく、行政マンも住民も戸惑い、試行錯誤しながら進めてきたというのが本当のところだろう。また、区長の代替わりや時代の変化により、住民参加も様相を変えてきている。しかし、住民参加で実現した事業では、住民が愛着を持ち、その後も公園や水辺の管理を自主的に行うようになるとのことだ。

(注2) 『世田谷区基本計画 昭和54年~63年』の巻頭「福祉社会をめざすヒューマン都市実現のために」。
(注3) 世田谷区では、1982年に「世田谷街づくり条例」を制定、81年の神戸市とともに先駆け的な条例だ。これらの条例は、まちづくりに参加することができる住民の定義をこれまでの土地や建物を有している住民だけでなく、地域に在住、在勤、在学する住民すべてに参加する権利を認めたという点で画期的であったとされる(卯月盛夫「住民参加とまちづくり」『アカデミア』vol.101より)。
(注4) 世田谷まちづくりセンター、世田谷まちづくりファンドは、1992年に設立され、2006年4月に一般財団法人世田谷トラストまちづくりに統合された。
(注5) 詳細は、原昭夫「世田谷区における市民の参画と協働のまちづくりの課題と方向」『都市社会研究』2009を参照

 

 対話型まちづくりをめざす氷見市 

 世田谷区の事例のように、行政と市民の間にファシリテーターを立て、数回の対話型ワークショップを実施しながら市民の意見をとりまとめるという方法は、今日、いろいろな自治体で取り入れられている。

 前々回に取り上げた岩手県紫波町でも、駅前に新しいまちをつくるにあたっては、同じような方法が取り入れられた。こうした方法は、一見時間がかかるようにおもわれがちだが、結局市民の間に合意が形成され、却ってスムーズに事業が進むといわれている。また、その後も、市民が当事者意識を持って掃除をするなど愛着を持ってくれることが多い。

 富山県氷見市では、新たに当選した本川祐治郎市長が、対話によるまちづくりをしたいと、使わなくなった高校の体育館を新庁舎に建て替えるにあたって、随所に対話の出来る部屋やコーナーを設けた。また、それにあたって、行政マンにファシリテーター講座を実施したほか、前(一般財団法人)世田谷トラストまちづくりの浅海氏を都市・まちづくり政策監として招聘し、またファシリテーターが出来る人材を新たに数人雇用した。対話型まちづくりが根付くのは、これからと思われるものの、本気度が凄い。

 

 (図)富山県氷見市役所では、いたるところで対話ができる 

◆形をいろいろに変えて対話ができる机(左端が本川市長)

◆打ち合わせテーブルも水性インクで書き込みができる

◆随所にある会議室は、壁が全部ホワイトボードになっている。
(出所)氷見市の写真は、筆者撮影

 

 シチズンシップ教育 

 日本では、学校の授業で政治や経済の仕組みについて学習するものの、社会参加や政治参加の方法については学ぶ機会がない(少ない)と言ってよいだろう。

 一方、欧米諸国では、国や州によってやり方に違いがあるものの、子どもの頃から、段階を追いつつ、社会参加の方法を学習させているといわれる(シチズンシップ教育)。

 シチズンシップ教育推進ネット(注6)によれば、「英国では、社会の問題を解決するために、どこから情報を仕入れ判断し、どのような手段(政治・ボランティアなど)を用いるのか、どのようにして他者と合意形成を行うのか、どのようにして相手を説得するのか、といったより実際的な社会参加・政治参加を学習する」とのことである。

 ドイツのミュンヘン市では、7歳~15歳の子供向けに「ミニ・ミュンヘン」というイベントが行われている(注7)。これは、2年に1回、8月の夏休みに3週間だけ誕生する子どもだけが運営する仮設都市で、そこの市民権を得ると、仕事をしてお金(そのまちでのみ通用する)を稼いだり、使ったりするだけでなく、税金を支払い、選挙(立候補も可能)をするなど、まちがどのように運営され・機能しているのかを学べるようになっている。

 9歳~16歳向けには、「子ども・青少年フォーラム」が年2回開催されており、誰でも参加できる。会場には、子どもや青年のほか、行政の課長や議員なども臨席する。毎回、5~10の動議が出され、動議を出した子どもは、会場で意見を述べる。動議は、たとえば、「図書館の統合が進められているが地域の図書館がなくなると子どもにとっては遠くなって使いづらい」、「学校のバス停前に違法駐車が多いので駐車禁止にして欲しい」といったようなものだ。

 フォーラムでは、モデレーター(大人)が司会をし、子どもや青少年の言葉を大人向けに翻訳する。行政マンや議員は、子どもの意見を聞き、質問に答える。50%の子どもが賛成すると可決されたことになり、可決された動議については、実現を保障するための大人(動議内容にあった担当課長など)を指名し、その大人が責任を持つ。そして、大人との間で、きちんと責任を持って解決するよう、「契約書」をかわす。

 3ヶ月以内にどの程度実現したかを市長や市議会は明らかにしなければならないとされている。現在は、40~50%の実現率とのこと。これらの動議を準備するために、あらかじめ「移動 子ども・青少年フォーラム」が行われている。NPOなどが25の地域の学校を訪問して、動議になるような課題を見つけまとめあげるのを支援している。

 (図)ミュンヘンの子ども・青少年フォーラムの様子

(注6) シチズンシップ教育推進ネット
(注7) ミュンヘンでは、行政のなかに、「子どもの参画専門員」という特別職があるほか、25の地区委員会にボランティアの子ども・青少年専門員がいる。また、たくさんのNPO法人がこどもの参画に係っている。「ミニ・ミュンヘン」は、行政や企業が支援し、NPO法人が運営している。1日当り2000人が参加するという大規模なものになっている。

 

 民主主義を生き生きしたものにするために

 アメリカンセンターJAPANのHPには、「民主主義の原則」というページがある(注8)。そのなかの「市民の義務」という項には、「法の尊重や税金の負担」などが書かれているほか、「民主主義国が健全であり続けるには、市民による投票だけでなく、それ以上のものが必要である。民主主義国は、大勢の市民からの一貫した関心と、時間と関与を必要とする」と書かれている。

 また、「自由な社会には、『国民は自らに見合った政府を持つ』という意味のことわざがある。民主主義が成功するためには、市民は受け身ではなく積極的でなければならない。なぜなら、市民は、政府の成功も失敗も、その責任は、他の誰でもない、自分たち自身にかかっていることを認識しているからである」ともある。

 戦後70年以上が経ち、遅まきではあるが、私たちは敗戦で与えられた民主主義を自分たちのものにするために、子どもだけでなく大人も含めて、「シチズンシップ教育」を始める必要があるのではないだろうか。

(注8) アメリカンセンターJAPANのHPにある「民主主義の原則」のページ:

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師、現在に至る。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。