ケアを通じた地域づくり(上) 在宅ホスピス進める「ケアタウン小平」
超高齢社会の到来に伴って、人生の最期をどこでどのように迎えるかが切実な問題となっている。日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで死亡する時代。終末期の限られた時間を人としての尊厳を保ちつつ過ごすためのホスピス緩和ケアは、今後ますます重要になる。在宅でのホスピスケアを通じた地域づくりを進める「ケアタウン小平」(小平市御幸町)は、早くから時代を先取りした取り組みを続けてきた。その理念と活動を2回にわたり伝える。
◆ 質の高いケアチーム
ケアタウン小平は小金井カントリー倶楽部に隣接し、玉川上水近くの静かな住宅街の一角にある。一見、福祉施設のように見えるが、広々とした芝生の中庭を囲む3階建てのL字型建物は、複数の事業所の“寄り合い所帯”になっている。
1階には、まず24時間対応できる個人開業の在宅緩和ケア専門診療所があり、ホスピス緩和ケアに精通した医師3人が常勤する。隣接する24時間対応の訪問看護ステーション、デイサービスセンター、ケアマネージメントセンターは認定NPO法人「コミュニティケアリンク東京」が運営し、さらに配食サービスを担う株式会社みゆき亭が入居している。
2、3階は病気や障害を抱えながらも一人暮らしを望む人に向けたワンルーム賃貸住宅「いつぷく荘」(21戸)で、建物全体の大家である株式会社暁記念交流基金が運営している。
「各事業所がこうして1カ所に集まった体制に、ケアタウン小平の大きな特徴があります」と説明するのは、コミュニティケアリンク東京事務局長の中川稔進さんだ。
従来の在宅ケアでは医療、看護、介護を支える複数の事業者が主に電話やファクスで情報をやりとりするため、きめ細かで迅速な対応が難しい。とくに末期がん患者の場合、亡くなる前の数週間から1カ月で容体が急激に悪化することが多いため、短期の集中的ケアを要する。各ケア事業の拠点が同じ建物にあることで、ケアチームがいつも顔を合わせて意思と情報を共有し、すみやかに行動できるようになる。
「その中核に営利を目的としないNPO法人が位置することで、地域ボランティアの育成や子育て支援などの活動も展開しやすくなります。もちろん、利用者のケアすべてをここが丸抱えできるわけではありません。地域のかかりつけ医やケア事業所と連携してケアに当たります」
◆ 病棟から生活の場へ
こうしたチーム体制は、コミュニティケアリンク東京理事長でケアタウン小平クリニック院長の山崎章郎さんが、当初から明確な意図を持って設計した。その経緯は山崎さんの近著『「在宅ホスピス」という仕組み』(新潮選書)にくわしい。
外科医だった山崎さんは1991年から14年間、小金井市にある聖ヨハネ会桜町病院でホスピス医として末期がん患者の診療に携わってきた。その間、消灯時間をなくしたり飲酒やペットを自由にしたりするなど、患者が尊厳ある最期を迎えられるようホスピスケアの改善を進めてきたが、同時に病院でのケアに限界も感じていた。
病院の一部であるホスピス(緩和ケア病棟)では、どうしてもケアが医療の視点になってしまう。ケアの目標は患者や家族の生活と人生の支援だ。ならばホスピスは病棟ではなく、生活の場であるべきではないか。しかもホスピスに入院できるのは、医療保険制度上、実質的に末期のがん患者に限られる。だがホスピスは本来、人生の困難に直面するすべての人を支援する普遍的なケアのはずだ——。
山崎さんは1年間休職してアジアやデンマークのホスピス、当時日本一の福祉と言われた秋田県鷹巣町(現在北秋田市)の福祉施設などを視察した。そしてホスピスケアを実現するには、ケアチームが施設を出て、支援を必要とする人々の自宅を訪問する「在宅ホスピスケア」という形こそがふさわしい、との答えを得る。
ケアの対象をがん患者以外にも広げて地域に提供する山崎さんの「ケアタウン構想」に深く共鳴したのが、ホスピスコーディネーターの長谷方人さんだ。長谷さんがケアタウン構想のために準備した土地と建物を拠点に2005年、ケアタウン小平が誕生する。
ケアチームの活動範囲は、理念の実現とスタッフ数を考慮して、事業ごとに半径2〜4キロ圏内を原則としている。患者の約3割が末期がん、7割は非がん患者で、毎年80人以上、これまで900人余りを在宅で看取ってきた。在宅緩和ケアの質を示すともいえる「在宅看取り率」は当初の7割強から8割以上に達している。
コミュニティケアリンク東京は2018年7月、東京都から「認定NPO法人」に認められた。これによって個人が寄付した場合、寄付金額の最大50%が税額から控除されるなど、寄付する側にも恩典が受けられるようになった。現在、全国約52000のNPO法人のうち認定資格を得ているのは2%強の約1100団体。活動の公益性が高く評価されたことになる。
◆ 多死社会に備えて
ケアタウン小平の活動は、日本が今後直面する課題を先取りしていると言える。団塊の世代が75歳を迎える2025年、国民の3人に1人は65歳以上の高齢者となる。超高齢社会の進展は、がんや慢性疾患、老衰などで死に直面する人が増える「多死社会」の到来を意味する。現在、4人のうち3人が病院で亡くなっているが、今後急増する死亡者を看取るために病床数をこれ以上増やすことは財政上難しい。
病院以外の看取りの場を確保するため官民が一体となって進めているのが、「地域包括ケアシステム」の普及だ。病気を抱えて介護が必要な高齢者に「医療、介護、住まい、生活支援」を一体的に提供し、住み慣れた地域で最期まで暮らせるよう支援する。
山崎さんによると、その最大の目的は自宅など生活の場での看取りを増やすことにある。しかし、このシステムが機能するには24時間対応可能なかかりつけ医が必要となる。かかりつけ医は外来を主とする一人開業医がほとんどで、その対応にはおのずと限界がある。しかも現行システムが想定するのは、慢性疾患、認知症、老衰など死に至る経過が比較的緩やかな人々だ。多死社会の多くを占め、専門的ケアを集中的に要する末期がん患者に適切に対応することができるのか——など課題は山積している。
「問題は在宅での看取りに伴う医療や看護、介護などの質をどう担保していくか。密度の高い専門的ケアがあって、初めて患者さんの生活全体を支えられます。そのために私たちは、患者さんや家族が本当に望んでいるケアは何なのかという問いかけを常にしていかなければなりません」と山崎さんは言う。
医療、看護、介護、看取り——私たちや私たちの家族が、いずれ必ず直面する問題である。
(片岡義博)
【関連リンク】
ケアタウン小平(HP)
認定NPO法人制度(内閣府 NPO)
【筆者略歴】
片岡義博(かたおか・よしひろ)
1962年生まれ。共同通信社記者から2007年フリーに。小平市在住。嘉悦大学非常勤講師(現代社会とメディア)。