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第36回 真鶴町に見る地域産業活性化のうねり


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 西東京市は、ベッドタウンとして発展してきたこともあり、都心に働きに出る人が多い。また、昔ながらの個人商店が次々と廃業し、チェーン店が増え、まち特有の風情が失われつつある。地域を強くしていくには、地域の産業を活性化させること、地域で働く人が増えることだと思うが、どこから手をつけたらよいのか途方に暮れてしまう感じだ。

 西東京市でも、子育てしながら仕事ができるよう、「ハンサム・ママ」プロジェクトの実施やシェアオフィス、シェアキッチンが用意され、起業の環境は整ってきている。しかし、まだ、それがうねりになっているようには、感じられない。

 今回は、神奈川県真鶴町における地域産業活性化の動きを取り上げた。地域の課題に対し、解決の方向性を打ち出したのは行政だが、今では、町民たちの自律的な動きが広がり始めている。まちには、それぞれ歴史があり、環境も違うが、これからのまちの在り様を考えるヒントが得られるのではないだろうか。

 

1.「美の基準」が懐かしく穏やかな生活風景を残した

 

 真鶴町は、JR東海道線で小田原から熱海に向かって3つ目の駅にある人口約7500人のまちだ。黒潮が流れ込み、冬でも暖かい風を生む相模湾に向かって真鶴半島が形成されている。漁業、柑橘類を中心とする農業、石材業が主な産業である。

 真鶴町は、筆者にとっては、思い出深いまちだ。伯父の別荘が港を見下ろす高台にあり、子供の頃からよく遊びに行っていた。そのころ、つまり今から60年くらい前とほとんど変わらない景色が今でも残っている。これには、訳があった。

 

60年前とほとんど変わらない景色の真鶴港(出所)真鶴町HP

 

 1990年代前半、いわゆるリゾート法の施行により全国各地でリゾート開発が進められ、バブル経済後半期には、投機目的でのリゾートマンション開発が真鶴町にも押し寄せた。そのなかで、真鶴町は、1993年に「まちづくり条例」を制定し、大規模開発から町を守った(注1)

 同時に、「美の基準」と呼ばれるデザインコードを設けた。これまでの様式美を定めるデザイン規制とは異なり、「人だまり」、「人の気配」、「仕事の風景」といった人間中心のまちづくりやコミュニティが息づく風景の美しさを大切にしていくことをルール化した(注2、3)。これにより、東京からJR東海道線で90分という近い場所にもかかわらず、懐かしく穏やかな生活風景が広がっている。

(注1)地価が上昇するなかで、町民がこの条例に賛成したのは、真鶴町の水事情があった。自己水源に乏しく、上水の一部を隣接する湯河原町から確保していた状況であり、大型マンション等が増え人口が急増すると、自分たちの生活に影響が大きいと判断したのだ。
(注2)「美の基準」の具体的な内容は、このページの「美の基準自主提案書」に書かれている。
(注3)「美の基準」20周年にあたる2014年に、任意団体真鶴まちなーれ実行委員会が「感じる芸術祭・真鶴まちなーれ」を立ち上げた。現代アートを町中に点在させ、町内を周遊させるイベントで、作品を巡るなかで、真鶴町の風景を楽しんでもらうというもの。

 

2. 真鶴町活性化プロジェクト(市民が事業のプロトタイプを生み出した)

 

 真鶴町は、2017年に、過疎地域自立促進特別措置法により、神奈川県で初めて過疎地域に指定された。国勢調査によると、1970年には人口1万人を超えていたが、それ以降年々減少が続いている。高齢化率は、2015年で38.7%、全国26.6%、神奈川県23.9%と比較し、かなり高い。

 人口減少の大きな要因は、少子高齢化による自然減と進学や就職でまちを離れてしまう社会減である。真鶴町は、人口減少そのものは受け入れつつも、生産年齢人口の増加による「活力ある人口構成」を目指し、さまざまな取り組みをしてきた。

 2013年度には、真鶴町活性化プロジェクトが実施された。役場の若手・中堅職員のほか住民も公募し、集まった40人がチームに分かれ、取り組むテーマは自由だが、提案するだけでなく実行することを課し、実行に必要な予算措置も講じた(注4)

(注4)3年間の事業。予算措置といっても、1チーム5~10万円程度

 

(1)朝市「真鶴なぶら市」の登場

 あるチームは、「真鶴なぶら市」という名前の朝市を始めた。一般に、朝市というと観光客目当てだが、町民の声に耳を傾け、町民のための朝市であるのが特徴だ。漁師町である真鶴にとって、鮮魚や干物の販売は見慣れたものだが、町民は、野菜を欲しがっていた。真鶴町の農家といえば、柑橘類を思い描くが、町内農家に足を運んでみたところ、兼業で、あるいは自家用に野菜を作っている農家があることに気づき、協力を依頼した。「なぶら」というのは、魚の群れが海面で飛び跳ねる様子を指す漁師言葉とのこと。真鶴ならではの賑わいのある朝市づくりを目指して、地元メンバーの若者が漁師言葉に再び光をあてた。

 事業の原型が出来上がり、今では行政の手を離れ、民間の任意団体である真鶴なぶら市実行委員会が主体となり、毎月最終日曜日、午前10時~午後1時に真鶴港で開催され、賑わっている。後述する新規事業者がここでパンや焼き菓子などを販売し、お客の反応を試すのにも使われている。

 地元の干物屋で働く青年が観光協会と連携して苦心の末生み出した新名物料理イカスミ・コロッケ「いか爆弾」は、なぶら市実行委員会が各地のコロッケフェスティバルなどに出品し、国土交通省1都7県の地酒と地場産品の観光振興賞を受賞した。干物屋「魚伝」で製造・販売している。

 

「真鶴なぶら市」の様子(出所)真鶴町「真鶴ぐらし」HPより

 

(2)移住・定住促進チームによる「くらしかる真鶴」

 移住をテーマにしたチームは、移住するか否かの二者択一では、移住しづらいと判断し、真鶴暮らしを体験できるよう生活体験事業を始めた。商店街にある町所有の空き物件をチームメンバーが自ら改修した。

 1週間以上2週間以内の期間、2万円で借りられる。夏休みや春休みに募集し、5組体験してうち2組が移住した。「くらしかる真鶴」は、この建物の名称であり、また事業名でもある。「くらしかる」というのは、暮らしを借りるという意味と、真鶴の魅力である懐かしさclassicalを併せた造語。

 移住コンシェルジュが行う町歩きでは、いろいろな町民と出会え、コミュニティを垣間見ることができる。原型が出来上がり、現在では、行政の事業として実施されている。残念ながら、新型コロナウイルス感染症予防のため、今は、休館となっている。

 

「くらしかる真鶴」の建物(出所)真鶴町HP

 

(3)世界的起業チャレンジイベント「スタートアップウィークエンド」の誘致

 「スタートアップウィークエンド」は、世界的な起業体験イベント(注5)。金曜夜から日曜夜まで54時間かけて開催される。この週末の間に、参加者は、アイデアをカタチにするための方法論を学び、起業を体験することができる。

(注5)スタートアップウィークエンド・ジャパンのHPによれば、2007年にアメリカのシアトルで誕生、その後、急速に世界中へ広まった。世界150カ国以上、1,200を超える都市で4,500回以上開催され、すでに全世界で36万人以上が体験しているとのことだ。

 金曜の夜に、起業をめざす人、ITに精通した人、デザイナーなどが集まり、自分たちのアイデアを出し合ってチームを組み、日曜の午後までに、ビジネスモデルを一気につくりあげる。日曜の夕方には、審査員の前でチーム毎にプレゼンを行い、どんなビジネスモデルか、顧客は誰か、ユーザーにとって使いやすく楽しいデザインになっているか、どこまで具体化できたかなどを軸に審査が行われる。

 

「スタートアップウィークエンド真鶴」の様子(出所)真鶴町「真鶴ぐらし」HP

 

 スタートアップウィークエンドを町村レベルで開催したのは、真鶴町がはじめてという。第1回目には、22人の参加があった。やってみて驚いたのは、町内からの参加者が結構居たことであったという。このイベントが開催されなければ、起業に興味がある人やITに詳しい人が町内に居るとは、分からなかったからだ。

 第3回真鶴大会で、真鶴観光協会に勤める地元の若者、柴山高幸さんと小田原在住のアメリカ人、ジェフ・ギャリッシュさんのチームが提案した企画が優勝し、さらに世界大会の部門別で第2位を獲得した。

 このイベントを実施したことにより、これまで出会ったことのないIT業界やデザイン業界のコミュニティとつながりが出来た。これは、新しい産業を生み出したり、既存産業をレベルアップしたりなど、まちの可能性を広げるうえで非常に大きな出来事であった。

 

3. スタートアップウィークエンド真鶴からの派生

 

 スタートアップウィークエンド真鶴は、5回実施され、現在は、事業見直しのため休止中であるが、後述するサテライトオフィス開設企業達との連携による新たな形を再構築中である。また、ここから、さまざまな展開が始まった。参加した地元の女性がそこで縁ができてIT企業に就職したり、主要メンバーが起業したり、新たな事業を展開しはじめたり…などなど。

(1)「クリエイターズキャンプ真鶴」の誕生

 最も大きな動きは、2015年から「クリエイターズキャンプ真鶴」という協働作曲イベントが誕生したことだ。音楽プロデューサーの山口哲一さんとディレクターの伊藤涼さんがCo-Writingという協働作曲スタイル(注6)を日本で広める活動をしている中で、スタートアップウィークエンドのつながりから、真鶴町を活動拠点として選択したのだ。

(注6)Co-Writingは、欧米では一般的な創作の方法。これまでのように、クリエイターが1人で創作するのではなく、曲を作る人、音源を作る人、リズムを作る人、映像を作る人、プログラミングする人など、一芸に優れた人が集まり、それぞれの強みを活かして作業をすることにより化学反応を引き起こす方法。オープンイノベーションと呼ばれ、質の高い作品がどんどん生み出される。

 プロのクリエイター達にとって、異なるジャンルの人たちと出会って創作するのは、大きな刺激になる。また、東京と異なり、煮詰まってちょっと外に出れば、海や緑があり空気が美味しく、時間の流れがゆったりしている環境は、クリエイターにとって非日常であり、創作環境としてとても良いといわれる。今では、真鶴町は、オープンイノベーションのメッカになっている。

 

Co-Writingの様子(出所)クリエイターズキャンプ真鶴2017のレポートより

 

 2017年からは、一般社団法人真鶴未来塾(注7)とクリエイターズキャンプ真鶴実行委員会との共催となり、毎年内容を変えてこれまで5回実施されている。もともとは、プロのクリエイター中心であったが、地域の子供たち向けに、iPadを使った「サウンドペイントキッズワークショップ」も加えられ、親子連れなど地元の人たちにも開かれたイベントになっており、真鶴町に新たな魅力が生まれている。

(注7)(一社)真鶴未来塾は、地域の人づくり・次の世代を担う子どもたちの支援、創業支援などの各種講座・セミナーを開催している。真鶴町の「コミュニティ真鶴」の施設管理の受託もしている。

 

iPadを使った「サウンドペイントキッズワークショップ」の様子(出所)クリエイターズキャンプ真鶴2018のレポートより

 

(2)創作拠点施設「真鶴テックラボ」

 スタートアップウィークエンド真鶴では、デザイナー、IT技術者、起業を目指す人たちがチームを組んでアイデアを生み出す。それを実際のビジネスに素早く持っていくには、アイデアを具体的な試作品に落とし込み、お客の反応を見て修正するというプロセスが非常に重要である(注8)。WEBページのように、デジタルの世界で完結するとは限らない。なかには、実際に目で見、手で触れるモノにすることが必要な場合もある。

(注8)新しいビジネスを創出するにあたって、「顧客ニーズの仮設を立て」→「そのニーズに対応したアイデアを具体化し」→「顧客の反応を確かめ」→「反応の結果を受けて最初のアイデアを修正する」という手法は、「リーンスタートアップ」と呼ばれ、アメリカ・シリコンバレーの起業家エリック・リース氏によって2008年に提唱された。

 上述のような「創作で真鶴に来る」新しい人の流れが生まれ、そして、試作品を作れる環境が必要であるという認識が高まり、「真鶴テックラボ」が開設された。元割烹料理屋をリノベーションし、3Dプリンター、レーザーカッター、ドローン、シェアキッチンなどを用意している。ここでは、新しいビジネスを始めたいという若者だけでなく、使い方を教えてもらいながら、子どもからお年寄りまでがものづくりを楽しむことができる。また、サテライトオフィスとしても利用できる。2017年に町が施設を整備し、公設民営で真鶴観光協会が事業を設立、運営を行っている(注9)

(注9)実際には、スタートアップウィークエンド真鶴で賞をとった観光協会の柴山さんが事業を構想し、中心になって運営している。一緒に賞を取ったジェフさんは、観光情報の翻訳や訪日外国人旅行分野のマーケティングをする会社を経営しているが、今では、テックラボにもサテライトオフィスを設け、テックラボ運営にも係わっている。
 最近ではラボ内に駄菓子屋がオープンし、テックラボに興味のある子どもはもちろん、サテライトオフィスで働くお母さんたちが子供を遊ばせておけるようになっている。昭和の風景や人とのつながりの残る真鶴町であることを意識し、彼らは、昭和92年設立と呼んでいる。

 

「真鶴テックラボ」のロゴ(出所)真鶴町「真鶴暮らし」HPより

 

4. 2本の柱による新しい働き方づくり

 

 これまでの新たな人の流れやIT、デザインなど新分野のコミュニティとのつながりを土台に、真鶴町では、現在、サテライトオフィスの誘致とシェアリング・エコノミーを2本の柱として、新しい働き方づくりに取り組んでいる。

 

(1)サテライトオフィスの誘致

 真鶴町では、補助金による誘致に走らず、地元を活性化することを期待して、観光協会や商工会、町内事業者などを含む公民連携組織を立ち上げ、サテライトオフィスを誘致している。「イトナミオフィス」と名付けたサテライトプロジェクトだ。

 「イトナミオフィス」のHPによれば、誘致ターゲット企業として、大きく2つ掲げられている。

 ①先進技術を活かし、地場産業の課題を解決したり、自然環境を活かしたりなど、真鶴の暮らしを豊かにできる企業
 ②活力あるまちにするために、女性や若者が働ける環境を増やせる企業

 2017年から動きだし、すでに6社・団体がオフィスを開設している。うち、数社が地元の人を雇用し、地元企業に業務委託をしている。雇用された人たちは、スマホやパソコンを使い、在宅もしくは短時間勤務で業務をこなしている。

 

「ロコラボ」の山下拓未さん(筆者撮影)

 

 山下さんは、徳島県美波町でサテライトオフィス誘致に取り組む会社に所属していた。2019年に独立し、一般社団法人 地域間交流支援機構、通称:ロコラボを立ち上げ、真鶴町にも拠点を設けた。空き家数棟を借りて、自らリノベーションし、「Rockin’ Village」というコ・ワーキングスペースやセミナールーム等を運営している。

 これから地方で活動しようとする人たちや、すでに地方で活動している人たちに向けて、美波町での仕事を通して得られた「地方で楽しく生きるため・仕事をするために必要なノウハウ」を伝えたり、全国の活動できる場所を紹介したりしたいと考えている。地方に移住する場合には、古民家をDIYすることが多いので、DIYのやり方も教えられたらと、自らリノベーションに取り組んだ。

 真鶴に拠点を設けた大きな理由は、距離。もう一つの拠点である美波町は、景色も良く人々もピュアでとても良いところだけれど、行くのに6時間かかるし、飛行機代が往復で2万円以上する。でも、真鶴なら、東京から90分、数千円で来ることができるのに、懐かしい景色が残り、地域の人たちもよそ者を優しく見守ってくれる。だから、地方で何かしたい人が練習するのに、良い場所だと思うという。

 

(2)シェアリング・エコノミーによる仕事づくり

 真鶴町では、子育て世代など、1日数時間しか働けない人たちが時間を提供しあい、チームで仕事をするワークシェアリングにも取り組んだ。2018年度には、シェアリング・エコノミーの普及啓発セミナーを実施するとともに、ある企業に依頼し、ワークシェアリングを体験するワークショップを実施した。2019年度には、「託児ができないと体験ワークショップにも参加できない」との意見に対応し、在宅ワークの体験会を実施した。

 普及啓発セミナーに参加した人たちによって、少しの時間でも働いて社会とつながりたいと思う人たちがいることが顕在化された。また、参加者の一人永島詢子さんが、不動産業を営む父を説得し、空き物件を改修して新しい働き方の拠点「月光堂」を作った。

 月光堂では、地下には、子育てママが起業した整体マッサージと美容院の2社が店を構え、2階は、㈱リジョブがサテライトオフィスとして使い、地元のママたちがワークシェアしている。1階には、育児スペース、キッチン、会議室などがあり、子供の英会話教室にも使われている。

 

「月光堂」の入口に立つ永島詢子さん(筆者撮影)

 

 ㈱リジョブの責任者一ツ木智輝さんによれば、東京では、「人手があればもっとサービスを厚くできるのに」という業務が結構ある。わが社の業務を分解すると、パソコン一台とWi-Fi環境があればできる仕事がたくさんある。一方で真鶴では、逆にこうした仕事が少なく、求めている人が多い。今後も、東京から持ってこられる仕事を増やしていきたいという。サテライトオフィスを真鶴にしたのは、ここでは、官民挙げて、このまちを良くしたいというビジョンや情熱を持っている人が多い、そこが他の地域と違うところだという。

 

5. 移住した人たち

 

 「くらしかる真鶴」の移住体験を通して実際に移住してきた人たちも、しっかり根を下している。

 

(1)泊まれる出版社―真鶴出版ほか

 移住第1号の川口瞬さん、來住きし友美さん夫妻が2015年に設立したのが「泊まれる出版社」と銘打つ「真鶴出版」。空き家を改装し、背戸と呼ばれる細い坂道に面した開かれた感じの家だ。宿泊は、來住さんの担当。1組のみ宿泊できる。特徴は、1~2時間、まちを案内するツアー付きであること。外国人の客も多い。

 來住さんによると、真鶴の人たちは、外から来た人をよそ者という目でみない、受け入れてくれる懐の深さがある。ゲストと町歩きをしていても、親しく話ができ、それがリピーターにつながる。東京から程よい距離にあることが閉鎖的になっていない理由かもしれないという。

 出版やWEBなどは、川口さんの担当。真鶴町を紹介するさまざまな出版物やWEBを制作している。同じく移住した画家山田将志さんの絵による「港町カレンダー」や干物の魅力をつづった「やさしい干物」などなど。行政がつくるのとは異なり、網羅的というよりも、彼らが紹介したい内容になっており、デザインもお洒落だ。

 

「真鶴出版」の來住友美さん、宿泊施設は2階(筆者撮影)

 

 雑誌『ソトコト』に「真鶴出版」の記事が掲載され、それを見て20代の夫婦が移住し、2016年、「ピザ食堂KENNY」を開設した。地元の干物やしらすなどを使ったピザを作っている。非常に好調で、現在は、駅前の一等地に店を移した。

 「テックラボ真鶴」のシェアキッチンを借りてパン作りをしていた夫婦が2019年に「パン屋秋日和」を構えた。彼らは、試作品を「真鶴なぶら市」やテックラボの店先で販売を開始し、顧客の意見を聞いては修正を重ねるなど、まさに、前述したリーンスタートアップを体現した。

 このほかにも、定年退職後に移住し真鶴ライフを楽しんでいる家族、子育てによい環境であると移住してきた家族、若いころ奥さんが良く遊びに来ていたので定年後移住し喫茶店を経営している家族、後述する草柳商店で真鶴の人たちと出会い町が好きになりすぐに移住してきた画家などなど、移住者が増え、最近では、人口の社会増がプラスに転じたという。

 

(2)いろんな人が出会う場―草柳商店

 移住者に欠かせない場が酒屋の草柳商店だ。真鶴町には「角打かくうち」と呼ばれる酒屋で酒を買ってその場で飲む風習が残る。夕方4時ともなると漁師が、6時から7時くらいになると、商店街の干物屋や寿司屋の人達が飲みに集まる。気さくななお母さんと店主でノリのよい草柳重成さん、通称シゲさん(注10)が店を切り盛りしている。地元の人だけでなく、移住者や観光客もここに集まる。そこから新しい人間関係が築かれたり、新しい試みがうまれたりしている。

 

観光客も移住者も地元の人も親しくなれる草柳商店、中央がシゲさん(出所)イトナミオフィスの真鶴人から

(注10)シゲさんとその仲間は、1986年から「グリーンエイド真鶴」というチャリティコンサートを続けている。音楽・芸術を通して自然環境に対する意識の向上、近隣市町の青少年たちの親睦・交流、次代を担う子どもたちの自然環境に対するマナー向上を図ることを目的としている。毎回、出演者や参加者たちが事前に海岸清掃を行うほか、ライブ当日募金を集め、町のシンボルであり、貴重な魚付き保安林である真鶴半島の「お林」を保全する町の「みどり基金」へ寄附している。

 

6. 職住近接、地域内経済循環の創出

 

 真鶴町では、働く場づくり、賑わいづくり、知名度向上など、一般的には、行政の仕事と思われていることを、町民たちが自ら考え、実行し、必要があれば修正するというリーンスタートアップ的なスタイルが定着しつつある。行政は、環境を整え、側面支援を担う。いろいろな職種の人たちが出会い、化学反応が起き、新しい試みが次々に生まれている。

 振り返ってみれば、真鶴町も、もともとは、漁業、農業、石材業を中心とした職住近接のまちであった。それが高度経済成長を経て、仕事を求めて都会に出かける・移住するまちになってしまった。これを解決すべく、既存産業の振興(注11)、IT等によるワークシェアリングの実現、サテライトオフィス誘致、移住者の起業などにより、新たな職住近接の暮らしや地域内経済循環を創出しつつある。

(注11)真鶴町では、既存の地場産業についても、たとえば、漁業では、岩牡蠣試験養殖事業、農業では、オリーブ等の新たな農産物の生産試験事業にも着手している。また、前述の移住者が干物を使ったピザを始めたり、「いか爆弾」を作った魚伝が東京のディレクターやシェフとのコラボで洋風干物「アタラシイヒモノ」を開発したりなど、新たな人間関係から新商品が生まれている。

 新型コロナの影響もあり、東京都心部の人口は、2020年11月1日で約8000人減少したといわれる。日本中で人口減少が進み、大規模工場も減少していく時代にあって、ヒューマンスケールのまちづくりが求められている。「美の基準」により、もともと人間中心のまちづくりや自然との調和が息づいている真鶴町だからこそ出来たことかもしれないが、郊外である西東京市だってやれることはあるはずだ。

 なお、今回の取材にあたっては、真鶴町まちづくり課計画管理係長卜部直也さんに説明や案内をして頂いた。

 

(参考文献)
1.神奈川県真鶴町「自治体先進施策紹介:ちいさな町の大きな挑戦―民力を結集した真鶴町創生へ―」『地方財政』2017年7月
2.卜部直也「現地報告:港町から生み出す新しい働き方と共助コミュニティ―真鶴町の美しさと働き方改革」『地方議会人』2020年12月

 

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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