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第38回 会社人間だった私の地域デビュー


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 1.はて、どうやって生きてゆこう!

 

 母が急に倒れ、当時北海道で仕事をしていた一人っ子の私は、仕事を中断し、東京に戻らざるを得なくなった。幸いすぐに年金支給年齢(当時60歳)に達したので、暮らしには困らなかった。4年ほど介護生活が続いた後、母が亡くなり、天涯孤独で自由の身になった私は、どのように暮らしていったら良いか迷った。

 海外で暮らそうが無人島で暮らそうが全く自由なのだが、そこまで肝が据わっていない。生まれ育ったまちなので、知り合いがいないわけではないが、これまでは、寝に帰るだけだった。自分のまちで何かやれることはないだろうか。

 しかし、手づるが全くない。公民館に登録している団体には、どんなものがあるのかと窓口で尋ねると、分厚い登録書を閲覧できる。コーラス、太鼓、和歌、写真、絵画、ダンス、ヨガ、障害児童との交流などなどたくさんあって、どの扉を叩いたらよいのか、当惑してしまった。

 どうしてもやりたい趣味があるわけではなく、環境問題に真剣に取り組むほど覚悟はないし、福祉は、母の介護でうんざりしているし……と躊躇してしまう。既存の組織に飛び込んでも、団体の文化や体質に合うかどうかも心配だ。

 おそらく、現在、会社人間である多くの人は、退職あるいは介護から開放された時、私が経験したように、果たしてどのような暮らしをしたらよいか当惑するのではないだろうか。

 これまでは、名刺があり、私は、こういうものですという証明があった。肩書のない自分は、どのような顔をして人前に出たらよいものだろうか。こんどは、与えられた肩書ではなく、自分自身のキャラクターで人前に出ることになる。一方、会社では、ある決められたことをやらなければならないが、いよいよ自分の好きなように時間を使うことができる。「自由」の嬉しさ一方、怖さや不安さを強く感じるかもしれない。
次のページに続く

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