第2回 序章 新川暗渠道春景色 その2

 


蝋山 哲夫西東京紫草友の会会長


 

 ~暗渠道でついに住所表示を発見!~

 連載第1回目に掲載した写真はたった1枚である。目にも鮮やかな濃いピンク色のイモカタバミのコロニーに気を取られて、「ここはどこ?」なんて思うこともなく歩いていた。暗渠道の両岸の草叢ばかりを見ながら歩くので、目線はつねに下向きだった。連載が始まってから妙に気になり、片側ピンクロードを再び歩いた。すると、あったッ! 新川暗渠道に住所表示を見つけたのである。住所は泉町から住吉町に変わっていた。

 

第1回連載の「片側ピンクロード」

イモカタバミ

片側ピンクロードの4m手前に電柱を発見。左側に公道がある。住所表示の後方にひばりが丘中学校の体育館 が見えるでしょ

 何度も通っているのに、電柱の住所表示にまったく気づかなかった。暗渠道は谷戸公民館へのバイパスでもあるので、通い始めた当初はひたすら「一本道」を進むだけだった。しかし、誰が見るのだろうか。暗渠道の両側の住宅には郵便箱なんぞはおよそない。暗渠道の途中で左折すれば公道に出られるように配慮した目印なのかもしれない。あとでわかったが、電柱のはるか後方に見える建物はひばりが丘中学校の体育館だった。この電柱の一帯だけが右側の視界が開けていたことにも気づいた。春風が音楽を運んでくる。どうやら、体育館でブラスバンドの練習をしているようだ。

 

 ~カタバミ科カタバミ属余話~

 ある夜、ファミマの思索テラスで「ムラサキ〇〇〇」という名前のついた雑草を暗渠緑道で見つけようと思いたった。それ以来、歩くスピードが俄然遅くなった。虫の眼になって、右や左の、あっちこっちの花を見つめて歩く姿は不審者に見えたことだろう。

「住宅を覗き見しているわけじゃないですよ、草叢の隣に住宅が見えるだけ。泥棒なんかじゃありませんよおー」

 お目当ての花を発見するとしゃがみ込んで、やおら写真を撮った。暗渠のコンクリート製の蓋すれすれに右手でカメラを構え、接写をこころみるのである。足腰が疲れるけれども、接写は楽しい。時折、陽だまりで体を温めている蜥蜴が逃げ去ったり、小さな虫が飛び去ったりする。そんな時は「邪魔して済まぬすまぬ、悪かった」と謝った。草叢で生きる動植物にとっては、ただ迷惑なだけの闖入者のわたしだ。花々の色と匂いは虫ムシ君を誘う。風が吹くと緑の葉や茎がなびき、色とりどりの花々がゆらぐ。自然界の色彩のすべてがあった。眩しいばかりの色彩に酔うのは6本足の昆虫だけではない。暗渠緑道はまさしく色彩の王国である。

 

暗渠道探索を着想した夜のファミマ思索テラス

 話を戻そう。最初に選んだ雑草は〈ムラサキハナナ〉、次は〈ムラサキカタバミ〉、3番目が〈ムラサキケマン〉だった。名前のない雑草などはないと、かの牧野富太郎博士もおっしゃったそうだが、雑草の名前はそのとき覚えたつもりでも、すぐに忘れてしまう。

 〈ムラサキ〉のつく名前の雑草を本の中から単純に選んだ。写真・イラストに惹かれ、文章を読んだ。すると「あれッ、そうだったのか」とおのれの無知を知ったのである。思い込み、勘違い、雑草音痴だらけのワタクシメだった。さらに、おのれの不勉強を恥じるばかりか、片側ピンクロードで偶然出会った少女3人に、結果的に「嘘=まちがい」をついたことを悟った。またしても「嘘をついて済まぬすまぬ、悪かった」と心の中で謝った。実は〈イモカタバミ〉だとは知らずに、「それはね、ムラサキカタバミっていうんだよ」なんて、知ったかぶりをして言ったのである。しかも、よせばいいのに、「ムラサキカタバミって言ってごらん」とつけ加えると、少女たちは「ム・ラ・サ・キ・カ・タ・バ・ミ」と一音ごとに区切って反復してくれた。素直な子どもたちだ。わたしはさらに続けた。「ねえねえ、だけどキミたち、その花は何色に見える」と聞いてみた。ムラサキ姫の3人のうちのひとりが大きな声で「ピンク!」と叫んだ。「そうだよね、どう見てもピンクだ。紫色じゃないよね。だけどムラサキカタバミって言うんだよね」。

 片側ピンクロードで〈イモカタバミ〉の花を摘んできた3人の女子小学生は、その後、見かけないが、次に会ったときに、「あれはムラサキカタバミじゃなくてイモカタバミっていう名前だった、御免ごめんゴメン」と謝ろうと心の片隅で誓ったのだった。

 

ムラサキカタバミ

イモカタバミ

ハナカタバミ

オオキバナカタバミ

フヨウカタバミ

葉黒カタバミ(筆者命名)

 

 結局、暗渠緑道に〈ムラサキカタバミ〉を見つけることはできなかった。ところが、何だなーんだ。田無寄りの石神井川沿いの団地の植え込みに生えていた。家に帰ると、また何だなーんだ、玄関脇の片隅に薄いピンク色の花を咲かせたムラサキカタバミがあったのである。改めて思った。ムラサキカタバミはわたしにとって最も身近な雑草であると。このところ毎日、脳裏に浮かぶのは「幻の紫草」のことばかり。紫草の花の色は白である。しかも小さな白い花で、直径7㎜前後しかない。わたしたち西東京紫草友の会の開花はまだ先なので、その「見返り美人」として〈ムラサキ〇〇〇〉の雑草を見つけようなんて、発想そのものが雑草の豊穣に比べ貧しかったのかもしれない。ここで、ムラサキカタバミとその亜種を並べてみるので、ご覧いただきたい。中には思わず息を飲み、ギョッとした品種もある。

 これらのうち暗渠緑道で発見できなかったのは〈ムラサキカタバミ〉だけである。〈葉黒カタバミ〉を見つけたときにはハッとした。「白い花・黒い葉」のコントラストの見事さが驚きを越えて感動的だった。正確にいうと、この葉は真っ黒ではなく、微妙に紫色がかっており、濃いめの紫蘇の葉の色をしていた。みなさん、いいですかあ、覚えてくださいね。ワタクシが調べたところ、これらのカタバミはすべて外来植物、つまり帰化植物の「雑草」なのでありまッーす。明治以降、外国貿易が盛んになり貨物に混じって渡来した品種もあるでしょうし、わざわざ輸入された品種もあるんですよ。園芸種と雑草の違いなんて境界がありませんよ。鑑賞のための園芸種として囲われ者の立場からはみ出し、脱走して、日本の大地に定着すべくトライしてきた渡来植物なのです。園芸文化と同様に「雑草文化」だってあるはずだと思うのはワタクシだけではあるまい。

 

 

 ~雑草のグローバル化、和種と外来種が混在する暗渠緑道~

 わが国の貿易・産業・金融・情報・サービスは70年代に入って急激にグローバル化した。カタバミ属カタバミ科をはじめ雑草のグローバルはずっと早くから始まっていた。新川暗渠道の草叢も遠の昔からグローバル化の波が押し寄せ、日本の伝統植物との雑居が進み、多彩な色彩を誇る雑草団地が形成された。もちろん、外来動植物と日本伝統のものとのせめぎ合いの中で、駆除・草刈りされる害獣・害鳥・害虫・害魚も絶えない。だが、生活者に喜びや楽しみを与えてくれる動植物はたくさんいる。人と自然の環境共生を、人智による自然支配の思想ではなく、生物多様化の持続の思想によってなんとかうまく折り合い(居り愛)がつくよう望みたい。

 同じように、わが紫草の栽培理念も100%純粋和種のアイデンティティを保持しつつ、武蔵野台地における栽培種の育成をめざし、共存共生の道を模索している。野草のルーツだって、命名される以前は大いなる雑草だったことの尊崇の念を感じながら、以下、カタバミ科カタバミ属の出自をご紹介する。

 

*〈ムラサキカタバミ〉:紫酢漿草 Oxalis corymbosa DC 南アメリカ原産、江戸時代に渡来、鱗茎で繁殖。
*〈イモカタバミ〉:芋酢漿草 Oxalis articulate Savigy 南アメリカ原産、戦後渡来、塊茎で繁殖。
*〈ハナカタバミ〉:花酢漿草 Oxalis bowiei Lindl 南アフリカ原産、江戸時代に渡来、塊茎で繁殖。
*〈オオキバナカタバミ〉:大黄花酢漿草 Oxalis pre-caprae L 南アフリカ原産、鱗茎で繁殖。
*〈フヨウカタバミ〉:芙蓉酢漿草 Oxalis variabilis Jacq 南アフリカ原産、ピンク・白の花、鱗茎で繁殖。
*〈葉黒カタバミ〉:葉黒酢漿草 ワカリマセン。花のかたちはムラサキカタバミと酷似。突然変異か。

 

 ~気候変動とカタバミ属~

 ワタクシの愛するカタバミ姫君たちは南米や南アの熱い大陸育ちなのにもかかわらず、四方を海に囲まれた、温暖湿潤の日本列島へ移住してきた。遠路はるばるやって来て、気候風土も土壌環境も違うのに、堂々と逞しく定住し、そして美しい花を咲かせている。しかし、近年の日本列島の気候は極めてヘンであるコトをカタバミ属も体感しているだろう。列島全体が亜熱帯化したと思われるような高温現象が続く一方で、大寒波で震えあがり、縮み込むような日も多い。大都市部ではヒートアイランド化現象が起きている。

 地表の高温化はカタバミ属にとっては好ましいらしい。同時に、大気が乾燥化傾向が進み、都市部でも富士山の見える日が多くなったそうだ。日本の気候がカタバミ属の歓ぶ気候になったが、地球環境はクライシスを迎えている。動植物は気候変動や環境変化にもろに影響され、衰退する生き物が多くなるものの、逆に繁殖し、増殖する生き物も増える。とりわけ植物の環境適応能力は高く、人類などは比べるべくもない。

 しかしである。下の写真を見ていただきたい。同じイモカタバミの群落なのにもかかわらず、濃いピンク色の花が咲いていないコロニーがあった。日照条件も土壌環境もさほど変わらい場所でも花が咲かないのはなぜなのか。この場所は、片側ピンクロードの100mほど先にある。ちょっとピンボケの写真だが、トリミングしてサイズを近づけてみた。何か異変が起きたのだろうか。イモカタバミの花期は4月~9月ということなので、今後もウオッチングを続けたい。ワタクシの邪推によれば、土壌のペーハー値の違い、あるいは近隣に混在するほかの雑草の菌や分泌物の影響ではないだろうか。あるいはまた、カタバミ属特有のシュウ酸の分泌が少ないのか、と勝手に想像してしまうが、コトの真因はまったくわからない。

花なしイモカタバミ

イモカタバミ

 雑草はほかの雑草と混生しているが、より強い野生力・遺伝的生命力を持つものが生き残り、条件次第で群落を形成する。イモタカバミは名前のとおり、芋のようなカタチをした塊茎を地下に持ち、これがイモ蔓式に増殖してコロニーをつくる。多様な植物の雑居状態でもより強いものが勝ち、生存競争の真っ只中で生き残っていく。これが本来の自然環境の掟なのであり、雑草の逞しさなのだ。

 あーあ、中途半端な「ムラサキ〇〇〇」観察になってしまったが、第3回目は〈ムラサキハナナ〉と〈ムラサキケマン〉の生態を、暗渠緑道に沿って追いかける。

 

 

【筆者略歴】
蝋山 哲夫ろうやま・てつお

 1947年(昭和22年)群馬県高崎市生まれ、池袋育ち。早稲田大学第一商学部卒業後、ディスプレイデザイン・商業空間設計施工会社を経て、株式会社電通入社。つくば科学万博、世界デザイン博、UNEP世界環境フォトコンテスト、愛知万博などの企業パビリオンをプロデュース。その他、企業・自治体のコーポレート・コミュニケーション、企業・団体の国内外イベントで企画・設計・映像・展示・運営業務に携わる。現在、西東京紫草友の会会長、地域文化プロデューサー、イベント業務管理士。西東京市中町在住。「古文書&紫草ライフ」が目下のテーマだが早期引退を模索中。

 

 

 

(Visited 1,032 times, 1 visits today)