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第31回 まちおもい帖 居場所始めて5カ月目―地域に「さざ波」を起こしたい


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

「どんぐり」を始めてみて

 

 多世代交流・地域の居場所と銘打って「どんぐり」という貸しスペースをオープンしたのが昨年10月。さまざまな方々が多様な利用をしてくれている。

 

 「どんぐり寄席」の定席化・「映画観賞会」

 第二日曜日(芝久演芸倶楽部)と第四日曜日(保谷落語愛好会)は、14時~15時半まで、寄席を定席にしている。演者にとっては、人前で披露することは練習につながる。地域の人にとっては、気楽に立ち寄れる楽しみの場となっている。しかも、定席(定例でやっている)なので、開催日を覚えやすい。

 

保谷落語愛好会の落語 保谷亭寝太郎さん

芝久演芸倶楽部の南京玉すだれ さくらんぼ亭王将さん

 

 同じ地域に住んでいるものの、これまであまりお付き合いのなかった高齢の方が「毎回、楽しみにしています」と、準備が整わないうちからいそいそ来てくださるのがとても嬉しい。先日は、お豆の煮ものを持って来て下さった。実は、寄席には、お子さんの常連もいる。ご兄妹なのだが、毎回来てくださり、飽きずに観ている。落語という奥深い世界のどこに興味を持ってくれたのだろうか。

 また、映画好きの知人が「どんぐり映画観賞会」(14時~15時半:解説付き)を始めてくれた。こちらは、主催者が忙しい方なので、2カ月に一度くらいのペースでランダムに続けてくれたらと思っている。彼は、上映する映画を俳優で選びたいと、前回は原節子、次回は若尾文子の予定だ。原節子が最初に出演したトーキー時代の映画もおまけで上映してくれ、興味深かった。次回は、文芸作品ではあるのだが、少々色っぽいテーマなので、地域の方々、どんな反応を示されるだろうか。

 

 「ロボットプログラミング教室」から「こども哲学」へ

 水曜日と金曜日の午後は、楽学舎の「ロボットプログラミング教室」が使ってくれている。大家の特権で、私も生徒として参加させてもらっている。小学4年生と一緒のクラスで、ロボットに関しては、彼らは先輩。私が老眼鏡を掛けて作品づくりに苦心していると、チャチャチャと教えてくれる。嬉しいのだが、却って分からなくなるので、ロボットに関しては、珍しくちゃんと予習復習をして追いつけるよう奮闘している。

 「どんぐり」開設の狙いの一つは、高齢化している住宅街に子供の声が聞こえるようにしたいというのがある。しかし、子ども達にどのように呼びかけたらよいか分からなかった折、この教室開設の提案を頂き、喜んでお願いした。残念ながら、ロボットプログラミング教室では、子どもたちは、時間内に課題を仕上げようと、一生懸命、黙々と取り組むため、ほとんど無駄口をきかない。また、小学生は忙しいらしく(そのあとテニス教室にいくなど)、そこでワイワイ遊ぶような雰囲気ではない。

こども哲学@どんぐりのチラシ(クリックで拡大)

 だが、この教室をやっている方から提案があり、3月末に、「こども哲学」というイベントを開催する予定だ。私は、地域活動を始めてから「対話」を覚え、大人向けに様々なイベントを実施してきた。子どもにこそ「対話」の体験はとても重要と思うので、こんな企画が生まれてくれるのは、とっても嬉しい。おばあさん世代、お兄さん世代など、大人も混ざった方が良いとのことで、私も入れてもらう予定だ。まっすぐな子供たちの意見に、漫然と年を取った自分が耐えられるか、少々ドキドキしている。

 

 「健康麻雀」から「大人のチョイ飲み」へ

 「地域」の居場所として、最も成果をあげつつあるのが、「健康麻雀」だ。健康麻雀は、大変人気があり、市内各地で教室が開催されている。このため、「どんぐり」開設にあたり、やりたいという方があり、お客が集まる前から、フライイング的に麻雀卓を購入した。当初は、なかなか人が集まらなかったのだが、それでも人伝えに、徐々に集まり、現在は2卓で賄っている。上手な方々は、人数が少なければ自ら参加するが、初心者に近い人が増えてくると、教える側に回ってくれる。そろそろ3卓必要な感じになってきた。

 健康麻雀は、13時~17時までの4時間だが、夢中になるとあっという間に時が経つ。加えて、メンバーの多くは、地元の方々なので、特に男性たちは、17時からの「大人のチョイ飲み」が目的になりつつある。10月に実施したお披露目会用のビールが冷蔵庫に残っているのを見つけられてしまったのがきっかけだった。ビールを飲みながら、親睦を深めるうちに、忘年会をやろうという話になり、いつもの麻雀メンバーに加えて近くの知人も誘うことになった。

 

健康麻雀(上手な人は、指導役に)

 

 そのうち、新年会をやろう、奥さんも呼んだら……などとどんどん話が広がり、新年会は、忘年会よりも、人の層が厚くなり、そこから、奥さんが麻雀を始めるケースも出てきた。「福を分け与えると、また福が回ってくる」という賭け事の師匠の意見を信奉しているメンバーが、競輪で儲けた小遣いでお酒やつまみを振舞ってくれる時もある。忘年会や新年会では、女性陣がサラダや漬物など手作り料理も持って来てくれ、豪勢な宴会となった。

 

忘年会の様子。新年会は、さらに拡大。

 「どらえもん」の原っぱ

 個人的には、飲み会というのは、余り好きではない。呑兵衛は、話が堂々巡りになるし、腰が重くなり時間を忘れがちだ。「どんぐり」の2階を若い夫婦に賃貸しており、小さいお子さんがいるので、早く風呂にも入りたいだろうし(風呂は一階にある)と、大家として少々気になってしまう。参加メンバーも、そのことは理解しているのだが、話が盛り上がれば、ついつい延びてしまう。

 だが、参加者に「楽しくって、楽しくてしょうがない」と言われると、悪い気がしない。「安上りだし、家の近くなので、少々酔っぱらっても帰りやすい」、「よくぞ作ってくれました」……と言われる。まるで、皆で子どもの頃の秘密基地づくりをしているようだ。自分の基地と思っているので、それぞれ自分の飲み慣れたお酒を仕入れては、冷蔵庫に補充している。焼酎を飲むために瞬間湯沸かし器を持ってきたり、100均で焼酎に向いたコップを買ってきたり。珍しいお酒を手に入れて持ってくる人、好きな刺身醤油を持って来る人……。

 家族やテニス仲間とはまた違った話ができるのが楽しいらしい。顔を知っていただけの人のそれまでの仕事遍歴に感心したり、元気そうに見える方の病歴が凄いのに驚いたり、新婚旅行の写真を見ると別人のような二人を冷かすなどなど、たわいもない会話が弾む。

 彼ら彼女らがいつまで楽しいと思ってくれるかは分からないが、これがコアになって、人のつながりが広がってくれたら、場の提供者としては、大変嬉しい。場を提供していることに恩義を感じて、落語や映画など、他のイベントの手伝いも進んでしてくれる。

 

何故「どんぐり」を始めたのか

 

 大枚をはたいて隣の家を購入してまで、何故「どんぐり」を始めたのか。いろいろな動機があるのだが、そのひとつは、少々「むかっ腹」が立っていたからだ。東日本大震災後、「コミュニティの大切さ」が言われるようになったのだが、行政がやっているコミュニティ関連事業に違和感を覚えていたこと。また、住民の多くが主体となってまちを良くしていくと考えず、お客様のような気持ちでいることに疑問を感じたこと。

 

 生活圏との違和感

 第一には、さまざまな施策と生活圏との違和感だ。
 西東京市では、コミュニティづくりに力を入れており、市内を南部、西部、中部、北東部の4つのエリアに分け、自治会やマンションの管理組合、地域包括支援センター、民生委員や郵便局、地域の企業等をまとめあげ、「地域協力ネットワーク」を構築している(注1)。また、社会福祉協議会では、市内8カ所に、登録すれば無料で使える地域活動拠点(注2)を設けている。

 ただ、南部地域協力ネットワークといっても、西武新宿線の南側全部をまとめており、余りにも範囲が広すぎる。確かに、大きな災害があった時などには、これくらいの範囲での協力関係が必要かもしれない。しかし、自転車で走り回る人ならまだしも、買い物カートを押して歩いている高齢者にとって、日ごろの生活圏とは、余りにもかけ離れており、同じコミュニティの一員であるとは、到底思えない。社会福祉協議会の地域活動拠点も、南部地域としては、向台町1丁目(田無工業高校近く)にあり、私が住んでいる南町5丁目からは、かなり遠い。

西東京市地域協力ネットワーク(出所)図は「西東京市地域コミュニティ基本方針」概要版の表紙より

 

(注1)「西東京市地域コミュニティ基本方針」概要版(平成25年3月)(西東京市Web
(注2)「ふれあいのまちづくり」地域活動拠点(西東京市社会福祉協議会

 

 地区会館の「地域社会」って何だ?

 第二には、地区会館の位置づけだ。
 我が家のすぐ近くには、「下宿地区会館」がある。ここは、無料で借りられ、各種サークルが活用している。以前の「まちおもい帖」にも書いたが(注3)、ここは、もともとは、私が住む自治会の集会所であった。しかし、自力での建て替えが難しく、土地ごと行政に寄付することとなった。

 地区会館は、行政では「市民交流施設」と呼んでいる。西東京市市民交流施設条例(注4)の第1条には、 「人と人とのふれあいを尊重して、市民の自主的かつ自発的な文化・教養の高揚を図り、もって市民主体による市民本位の豊かな地域社会づくりの発展に寄与するため、地域社会の活動拠点として、西東京市市民交流施設(以下「交流施設」という。)を設置する。」とある。ここで言う「地域社会」とは、何を指すのだろうか。

 田無市時代の条例にも、明確には書かれていないが、実際の運営としては、相対的に狭いエリアごとに地区会館が設置されており、まさにその地域の人たちが利用していた。しかし、旧保谷市には、同様の地区会館が無く、平等性を欠くとの判断から、合併後、地区会館は、全市民に広く開かれるようになったようだ。もっとも、担当者に説明を伺うと、市全体のバランスを考え、半径750mの範囲内に市民交流施設(地区会館、集会所と名前はいろいろ)を設置するようにしているとのことだ。

 公民館と地区会館(市民交流施設)とは、本来役割が違うと思うのだが、実情は、公民館の抽選に外れると地区会館を利用するというように、似たような機能になっている。利用している人たちは、この施設が「地域社会の活動拠点」であること、それを「市民主体」によって行うことなど、少しも理解していない。部屋を利用できればそれでよいと考えている。

 

 

 このように、コミュニティが大切だと言う割には、日常の生活圏を強化しようという施策になっていないことに少々苛立ちを覚えている。実は、市内の各施設や事業は、それぞれ管轄している課が異なる。公民館は、教育委員会の社会教育課。南部地域協力ネットワークは、協働コミュニティ課。市民交流施設は、文化振興課。市民交流施設が「地域社会づくりの発展に寄与するための活動拠点」であるなら、本来、協働コミュニティ課が担った方がピッタリするように思える。市民交流施設をサークル活動に使うのが悪いと言っているわけではない。地域の拠点であるということをもう少し意識した位置づけにすべきではないかと思うのだ。

(注3)第7回 地縁コミュニティ(自治会・町内会)は復活なるか(ひばりタイムス
(注4)西東京市市民交流施設条例(西東京市例規集

 

 住民をお客様にしてしまった

 第三には、住民がお客様になってしまっていることだ。
 私は、現在自分が住む自治会の役員をしている。我が自治会は、表面的には、ちゃんとした活動(夜回り、夏祭り、敬老の祝い、毎月の回覧版、訃報など)をしているように見えるものの、内実がぼろぼろであり、危機感を持っている。

 「役員になるのが面倒」「病気や高齢化で班当番もままならない」「親が亡くなり自分は昼間勤めているので地域の仕事はできない」等々、自治会を辞める人が増えている。高齢化で病院やホームに入ってしまう人もいる。親が亡くなっても、子供世代は、他地域に生活拠点を構えているので戻らず、空き家が増えている。駅に近いので空き地は、すぐに売れるが新住民やアパートに入居した人は、自治会に入ろうと思わない。

 自治会を辞めた人や新住民は、自治会に入るとどんな「メリット」があるのかと言う。月150円の会費は、メリットを求めるものではなく、自分たちが住む地域を一緒に安全・安心で暮らしやすいまちにするための経費負担だと思うのだが。多くの人は、主体ではなく、サービス業の受け手という意識なのだ。

 高齢や病気の人ほど、むしろ地域の人に見守られ、ちょっとした困りごとの手伝いが必要に違いない。そのためにも、地域社会との関連を強く持っていた方が望ましいのではないかと思う。現在元気な人だっていつかは病気になったり年を取ったりするのだから、お互い様のはずだ。しかしながら、私達は、高度経済成長期に、しがらみを嫌い、行政や企業など顔の見えない方法でサービスを受ける方を好んできた。財政は、逼迫しており、大金持ちでもない限り、サービスの受け手でいられる保証はなくなっているにも係らず。

 

新しい地域社会の「文化」を作る

 

 かつての村落共同体では、農林漁業など、地域の助け合いや協力が欠かせない仕事がメインであったこともあり、密接な人間関係が築かれてきた。親から子へ、年配者から若者へ、あるいは若者同士でとその地域の文化が受け継がれてきた。ここで言う「文化」というのは、芸術家が生み出す「高尚な文化」という意味ではなく、自然の中で無事に暮らすうえでの約束ごと(ある社会の成員が共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式)のような意味だ。

 しかし、高度経済成長期には、それ以前の「生活様式」は、古臭いと思われ、イエやムラのしがらみは鬱陶しいとされてきた。そして、「個」や「家庭」が重視され、ファミレス、コンビニ、総菜屋、弁当屋で食を始めとするさまざまなサービスを購入、税金を払っているからと、公民館、図書館、ホール、介護等々のサービスを平然と受けてきた。

 だが、本当にこれで良いのだろうか。過去の生活様式に戻れと言っているわけではない。「個」は、勝手でよいわけではなく、地域社会の暗黙のルールに則った暮らしをすべきだし(ゴミ出しなど)、地域社会をより良くするための負担も負うべきだ(選挙に行く、市民交流施設の運営に参画するなど)。現在、ゴミ出しのルールは、行政が決めているが、これだって、地域住民が最も良い方法を模索してルールを決めたって良いはずだ。ハレも必要で、生活のなかにどのようなハレを作り出すか。昔からある祭りを踏襲するだけでなく、地域の人たちが模索していくのが望ましい。

 私達は、昔の地域「文化」を断ち切ったものの、新しい地域「文化」を生み出してこなかった。どんな文化が良いのか、私にはまだ分からない。ただ、「文化」を生み出すきっかけを作るために、一見無駄な空間である「どんぐり」を作ってみた。昔は、「どらえもんの原っぱ」のような、自由に遊べる原っぱがあちこちにあった。銭湯もあった。遊んだり、喋ったり、いろいろな人が触れ合うところから、「ああしよう」「こうしよう」「この方がいいね」などのアイデアが生まれたり、「それをやるなら手伝うよ」と一緒にやる人が現れたり、「あそこの爺さん、この頃少し心配だ」といった地域の課題も浮き彫りになってくるのではないだろうか。

 本当は、「孤食の方々のランチ会」もしたいし、「学校帰りの子供たちの居場所づくり」もしたいのだが、ゆっくり進めたいと思っている。「どんぐり」運営にあたっては、狭い空間をいろいろな目的に使うため、日々机を片付けるなど模様替えをしなければならない。できるだけ軽い机や椅子にしているが、70歳には少々きつい。自宅は埃だらけなのに、こちらは掃除を欠かさない。「何やってるんだろう?」と我ながら思う時もある。もしかすると徒労に終わる、却って地域に摩擦が生じてしまう……かもしれない。まぁ、地域に「さざ波」が立つか、どのような波が立つのか、私なりの実験をもうしばらく続けてみようと思う。
 なお、新型コロナウィルスの関係で、3月中は、ほとんどのイベントを中止にしている。個々のイベント開催については、「どんぐり管理人」富沢(電話 042-462-1951)までお問合せ下さい。
(写真・画像は筆者提供)

 

【関連情報】
・どんぐり(facebook)(HP

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。