第32回 新型コロナウイルス感染症から、何を学ぶか


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 自然災害、原発事故に加えて、私達は、体験したことのない自然の脅威に見舞われている。クルーズ船での感染が報じられた頃には、まだ他人事として傍観していた。志村けんさんの死によって、ようやく自分ごととして感じられるようになった。

 実際に亡くなられた方やその親族の悲しみ、医療現場等の大変さは、感じつつも、連日の新型コロナウイルスの報道に飽き、ステイホームに困惑し、自分なりに、この事態をどう理解したらよいのだろうと考え始めた。急遽、疾病の歴史を紐解いてみた。ペストやコレラが細菌によるもので、今日の問題がウイルスによるということもよく分かっていなかった。ウイルスの特性、なかでも、しばしば変異しては、人間に新たに襲い掛かることも知らなかった。

 さらに、これらの脅威をもたらす原因が森林破壊や地球温暖化、貧富の格差などであることにも、想像力が及んでいなかった。この地球規模の問題は、私達一人ひとりがライフスタイルを変えれば良い方向に変わる可能性があるという。人間は、足元に火がつかないと動き出せないものだ。火がついた今、私達、いや私は、生活スタイルを変えることができるだろうか。

 

感染症をもたらす病原体と経路

 

 感染症とは、病原体が体に侵入して、症状が出る病気のことをいう。病原体は、大きさや構造によって細菌、ウイルス、真菌(カビ)、寄生虫などがあり、病原体が体の中に侵入する経路には、大きく分けて垂直感染と水平感染の2種類がある。①垂直感染というのは、妊娠中、あるいは出産の際に病原体が赤ちゃんに感染すること、②水平感染というのは、感染源(人や物)から周囲に広がるもので、接触感染、飛沫感染、空気感染、媒介物感染がある。

 人類の歴史は、感染症との闘いの歴史だ。紀元前1157年に死亡したエジプト第20王朝のラムセス五世のミイラの顔には、天然痘の跡を示すアバタが見られる。感染症が人間社会に定着するのは、農耕が始まり、家畜を育てるようになり、人口が増え都市が成立してからと言われている。狩猟採取時代には、感染症の報告が無いと言われるが、それは、本当になかったのか、点在していたある集落で感染症が広がっても、その集落が無くなるだけで、他には広がらなかったのかもしれない。

 貯蔵された穀物を食べるネズミはペストなどを持ち込み、家畜を飼うことで動物由来の感染症が増えた。また、人々が密集することで上水が汚染されるなど環境が悪化し、病気の流行が起こりやすくなった。さらに、戦争や交易の増加により、人々が移動することにより、病気は、他地域にも広がりやすくなった。

 

(図1)動物由来感染症の感染経路
(出所)厚生労働省『動物由来感染症ハンドブック2020』(PDF)

 

過去の主な疫病の世界的流行

 

 これまでに世界的流行を見せた主な疾病をまとめてみた。実際には、もっとたくさんある。細菌やウイルスが発見されるまでは、原因が分からず、大きな流行となり、一気に多くの人が亡くなった。

 

 

(図2)世界の主な疾病の流行(著者作成)(クリックで拡大)

 

ウイルスは、髪結いの亭主

 

 上に見たように、現在我々が直面している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を含め、最近では、動物由来のウイルスが変異して、ヒトに感染することによる疾病が流行っている。ウイルスが特定されるようになったのは、19世紀末から20世紀中ごろにかけてだという。ウイルスについて紐解いてみると、とても不思議な「生き物」だ。
 
 ウイルスは細胞を構成単位としないため、自己増殖はできないが、遺伝子を有するので、非生物・生物両方の特性を持つ不思議なものらしい。このため、他生物の細胞を利用して自己を複製させる。感染することで宿主に病気をもたらすこともある。細胞は生きるのに必要なエネルギーを作る製造ラインを持っているが、ウイルスはそれも行なわず、宿主の細胞が作るものに依存しているという。なんだか、優しくて、心の隙間に上手に入り込む、髪結いの亭主みたいな生き物だ。

 ウイルスはさまざまな生物に感染する。動物では哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫。植物、カビ、細菌に感染するウイルスもあるという。国際ウイルス分類委員会の分類では、全部で3万種くらいが見出されている。ウイルスの多くは風邪などの軽い症状、もしくはほとんど症状を引き 起こさない。そのため、私たちは感染したことも気づかないで済んでいる。数多くのウイルスのうちごく限られたものが重い病気を引き起こす。

 

(図3)ウイルス、細菌、カビの大きさ、主な感染症、著者加筆
(出所)大幸製薬健康情報局より抜粋

 

ウイルスとヒトとの共生

 

 専門家によると(注1)、一般に、ウイルスは人類の間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し、弱毒化する傾向があるという。ウイルスにとって人間は大切な宿主。宿主の死は自らの死を意味する。病原体の方でも人間との共生を目指す方向に進化していくという。そうなると人間にそのウイルスにたいする免疫力も備わるようになる。
 
 動物由来のウイルスが変異を起こして「新型」になると、免疫ができていないので、新たな流行が爆発的に起こる。過去の感染症の歴史を見ても、感染した人との接触(直接・間接)によって、感染が広がっていくので、現在行われている患者の隔離や互いに距離を保つことなどは、有効といえる。専門家によると、ウイルスの方も、なかなか宿主が見つからないと、「宿主を大切にする」弱毒のウイルスが有利になるのだという。

(注1)朝日新聞デジタル「新型コロナは『撲滅すべき悪』なのか 人類の歴史に学べ」の記事における長崎大学熱帯医学研究所教授山本太郎氏の話。

 

人為がもたらす脅威

 

 1992年に当時の米国医学研究所(Institute of Medicine)(注2)が出したレポート「Emerging Infections: Microbial Threats to Health in the United States(新興感染症:米国における健康への微生物の脅威)」では、新興感染症が起こる要因について分析している。

 このレポートでは、以下の6項目について、それによってもたらされた感染症の事例を示すとともに、その対策について述べている(注3)。項目の5以外は、全て人間が進歩として追及してきたものだ。小項目は、事例。

1.人口統計と人間の行動
 (ア)人口増加、都市化、貧困地帯における衛生状況の悪化
 (イ)高齢化、栄養失調、他疾患による免疫力が低下した人の割合の増加
 (ウ)性行為や違法薬物の使用
2.技術と産業
 (ア)院内感染(特に発展途上国、老人ケア施設)
 (イ)抗菌薬が耐性微生物をもたらす
 (ウ)農産物の増産に使用される抗生物質が耐性菌株をもたらす
 (エ)食品産業の国際化が未知の微生物との遭遇をもたらす
3.経済開発と土地利用
 (ア)森林破壊により、野生生物との接触が増大
 (イ)地球温暖化で蚊の生息域が変化し、疾病発生地が北上
4.海外旅行と商業
 (ア)ヒトや商品の他地域への移動は、病原菌の移動ももたらす
5.微生物の適応と変化
6.公衆衛生対策
 (ア)予防接種、適切な衛生管理、上下水道の処理、安全な食品の取り扱いや流通など、現在実施されている保護策の多くにより、感染症の発生を制御する能力が大幅に向上した。
 (イ)しかし、経済的崩壊、戦争、自然災害は、社会的混乱を起こし、公衆衛生対策の崩壊と多くの致命的な病気の発生または再出現を引き起こす。

(注2)2015年から全米医学アカデミー(National Academy of Medicine)となった。
 報告書は、ここから見ることができる。
(注3)2018年には、それから後の25年間について検証したレポート「A Quarter Century of Emerging Infectious Diseases ? Where Have We Been and Where Are We Going?(新興感染症の四半世紀?どこに行って、どこへ行くのか?)」が出された。レポートの結論としては、さまざまな対策は、効果をもたらしたものの、新しい脅威が次々と生まれており、警戒を続ける必要性を述べている。

 

ポストCOVID-19

 

 霊長類学者ジェーン・グドール博士は、「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)は、人類が自然を無視し、動物を軽視したことに原因がある」と指摘している(注4)

(注4)2020年4月12日の記事

 「我々が森を破壊すると、森にいるさまざまな種の動物が近接して生きていかざるを得なくなり、その結果、病気が動物から動物へと伝染する。そして、病気をうつされた動物が人間と密接に接触するようになり、人間に伝染する可能性が高まる。」

 

(図4)土地利用形態の変化による炭素排出量の推移
(出典)FAO「The State of the World’s Forests 2001」。フォレストパートナーシップ・プラットホームのHPより引用。

 
 博士は、今回の経験を経て、私達一人ひとりが自分たちの生き方を変えられるかを考えることができれば希望が持てると言う。「日々の小さな選択をする時に、その選択がもたらす結果を考えるようにすれば、誰でも、毎日、影響を与えることができる。何を食べるか、その食べ物はどこから来たのか、その食べ物は動物を虐待して得られたものか、集約農業によって作られたものか、子どもの奴隷労働で作られたから安いのか、生産過程において環境に悪影響を及ぼしたか、どこから何マイル移動してきたのか、車ではなく徒歩で移動できないか。」
 
 一方で、「貧しい生活を余儀なくされている人たちは、こういった倫理的な選択をすることができない。食べるために、木を切り倒さざるを得ない。アフリカやアジア、特に中国には、野生動物の食肉市場があり、野生動物の狩をすることで生計を立てるしかない人たちも居る。どうすれば、貧困を和らげられるかも考えて欲しい。」と言う。私達、いや私は、こんな賢い生き方が出来るだろうか。

 最近、このようなレポートも出ている。地球環境戦略研究所「1.5° Cライフスタイル ― 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢 ― 日本語要約版」2019年2月だ。これまで、カーボンフットプリント(炭素の足跡。個人や国が活動していく上で排出される二酸化炭素などの温室効果ガスの出所を調べて把握すること)については、製品や企業、都市や国について焦点があてられてきたが、このレポートでは、個人のライフスタイル全般にわたるカーボンフットプリントの現状と目標との間のギャップ、ならびにギャップを埋めるための解決策を示している。

 これによると、2017年 時点の日本における一人当たりライフスタイル・カーボンフットプリントは二酸化炭素(CO2)換算で 7.6 tCO2eと推計された。パリ協定に対応した一人当たりの カーボンフットプリントの目標を達成するためには、日本人は2050年 までにカーボンフットプリントを91%削減する必要があり、2030 年の目標を達成するには67%の削減(2019年から2030年までに 毎年10%削減)を実現するための行動を直ちにとる必要があるとしている。

 日本における物的消費を項目別に調べたところ、肉・乳製品の消費、化石燃料由来のエネルギー、自動車の使用が、特に影響の大きい分野で、これが7割を占めている。したがって、これらの領域で対策を講じると大きな削減効果が得られるという。
 
 たとえば、食の場合、肉と乳製品よりも、豆、野菜および果物のほうが、低炭素でありながら 栄養価が高い。住居では、化石燃料由来の電力および灯油や都市ガスなどの化石燃料エネルギーの使用がカーボンフットプリントに寄与する主な要素であり、再生可能エネルギーの割合を高めると良い。移動の領域では、自家用車や飛行機の利用が カーボンフットプリントへの寄与度が大きいので、公共交通機関や自転車の利用を促進すると良い。……といったことが具体的に書かれている。

 確かに、今回の感染予防策により、自動車運転が減り、CO2が改善したという報告もある。日本で、これほどまでに在宅勤務が実現できるなんて、少し前には、考えられなかった。現状では、都市の狭い自宅で、家族が密集してしまい不快感のある在宅勤務であるかもしれない。それなら、田舎のもっと広い家に移り住み、在宅勤務をする人が増えるかもしれない。インターネットを使ってバーチャル飲み会を楽しんだ人も多い。

 後からみると、あのパンデミックが私達の行動や価値観を変え、地球の悲鳴に対応したと思える日が来るかもしれない。
(画像はすべて筆者提供)

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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