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第33回 どんど焼きが紡ぐ地域の絆


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 季節外れのタイトルだが、今回は、地域の絆を紡ぐ好例として「どんど焼き」を取り上げたい。どんど焼きは、西東京市では、保谷第二小学校(以下保二小)、明保中学校(明保中)、上向台小学校(上向台小)、保谷小学校(保谷小)、西原総合教育施設の5ケ所で実施されている(注1)

(注1)今回は、保二小と明保中の実行委員会、西原総合教育施設で実施している育成会「にしはら」のお話を伺った。このため、事例としてこの3ケ所を取り上げているが、実施内容等は、他もほぼ同様と思われる。

 

1.どんど焼きとは

 

 「どんど焼き」とは、小正月(1月15日)に行なわれる火祭り。地域によりさまざまな呼び名がある。神社などの広場に櫓を組み、正月飾りを各戸から集めて焼く。この煙によってお正月様は帰ると考えられた。どんど焼きの火は、神聖なものとされ、餅や団子などを焼いて食べれば無病息災で暮らせると言われる。

 

どんど焼きの写真(保二小2020年)(出所)ホニホニおやじの会提供

残り火で餅を焼く(保二小2020年)(出所)ホニホニおやじの会提供

 

 よく、「どんど焼きは宗教行事なのに、税金で実施するのは、おかしいのではないか」という批判の声を聞くが、「宗教行事」というよりも、日本の民俗文化(古くから民間に伝承してきた風俗・習慣)行事と言える。特定非営利活動法人 地域資料デジタル化研究会の「小正月行事『どんど焼き』の全国・国際調査集計報告(令和2年版)」によると、新春を迎える火祭りは、日本各地だけでなく、ユーラシア大陸にまで共通してみられる行事とのこと。昔から、集落ごとに、「この1年の集落の繁栄(豊作豊漁、商売繁盛と防災)」「この1年の住民の健康安全(無病息災、家内安全)」、「集落の明日を担う生命の再生(子孫繁栄)」を願って行われてきた。そして、子どもが中心になっているケースが多いという。

 

2.西東京市のどんど焼きの歴史(注2)

 

 西東京市では、文化振興課が「伝統文化等継承事業」として、3会場(明保中、保二小、上向台小)に助成金を出している。ただ、古い農家さんに聞いた限りでは、各家で「お焚き上げ」と称して燃やすことが多いという。この地に、地域を挙げてお祭りをする風習がもともとあったわけではなさそうだ。また、田無神社に問い合わせてみると、年末年始に、前年の破魔矢などを境内で焚き上げているものの、ことさら小正月行事として実施してはいないという。

 明保中のどんど焼き実行委員会の川合真理子さんによれば、西東京市でどんど焼きが行われるようになったのは、保谷市時代に、早稲田大学のグランドを借りて実施していたのがそもそものようだ。その後、行政が手を引き、育成会など地域の人々が受け継いで実施することになった。当初は、1年ごとに、保谷小(西武池袋線と新宿線の間)、保谷第一小(西武池袋線の北)、保谷第二小(西武新宿線の南)と輪番で実施されていた。

 保二小で当初からどんど焼きに携わっている嶋田安民さんによれば、この時期、他の小学校が実施する折にも、保二小の育成会として櫓の組み立てなど力仕事を手伝いに行っていたという。しかし、自分たちの地域の子供が全く来ないことから、だったら、自分たちで独自に毎年実施しようということになった。

 その頃川合さんは、青少年の健全育成のため、学校だけでなく、地域全体で子供たちの成長を見守る仕組みが欲しいと考えていた。当時東京都が中学生の社会参加を推奨していたこともあり、ぜひ中学生を地域活動に参加させ、社会の一員としての自覚を持つ機会があったら良いと思っていた。当時の明保中の副校長先生とそんな想いを話し合うなかで、「明保中の校区で何か地域一体になるようなことを実施すれば、碧山小、保谷小、泉小(当時)、住吉小、栄小、保谷一小、東小を含めた地域の輪ができる」、「明保中に限らず、地域の中学生にもボランティアを体験させることができる」と意気投合。たまたま手掛けていたどんど焼きを活用し、明保中を核に、地域の大きな輪づくりが始まった。

 

明保中を核に子どもの成長を地域全体で見守る大きな輪を志した(出所)著者作成

 

 一方、田無市では、1970~80年代に西原地域の開発が進み、新住民が多く暮らすエリアになっていた。この地域の育成会には、東北、信州、四国などさまざまな地域の出身者がおり、自分たちの故郷での体験から、ここでもどんど焼きをやってみてはどうかと、当時の西原第二小学校(現在の西原総合教育施設)の校長先生と話し合い実施することとなった。幸い、学校の裏に竹林があり、その手入れの意味もあって、伐採も可能であった。

 2001年、保谷市と田無市が合併して西東京市となってからは、文化振興課による「伝統文化等継承事業」で3会場。そのほか、育成会による2会場(保谷小、西原総合教育施設)でどんど焼きが続けられてきた。

 

 

(注2)西東京市のどんど焼きの歴史は、いろいろな方のお話からまとめたものなので、正確ではないかもしれない。

 

3.準備から後片付けまで

 

 さて、いざどんど焼きを実施しようとなると、気が遠くなるほど、いろいろなことをやらなければならない。

・多方面への挨拶や協力依頼、担い手を集め役割を分担、チラシやポスターの作成・配布・掲示、ボランティア保険への加入などなど。

・多くの場合、単にどんど焼きをやるだけではなく、太鼓や昔遊びなどのイベント、お汁粉やアルファ米の配布、綿あめやポップコーンの出店を開くことも多いので、それらの担い手を確保しなければならない。

・どんど焼きだけでも、土台となる枠をつくるための建築廃材の手配・釘抜き、竹の切り出し、櫓の組み立て、お飾りの受付と燃えない物の仕分け、点火用の松明づくり、餅焼き用の竹竿づくり、立入禁止等々の掲示、燃えた灰の処理、終了した後の校庭の整備等々。

 

櫓の組み立て(保二小2017年)(出所)ホニホニおやじの会提供

 

 これだけのことをやり遂げるには、自ずと地域のさまざまな団体、企業、人との協力関係を構築せざるを得ない。

 たとえば、育成会「にしはら」のどんど焼きにおける協力団体は、図5のようになっている。このほか、オープニングセレモニーに、和太鼓卑弥呼、TANASHIソーラン会が華を添える。各団体が分担して、お餅焼きコーナー、子どもの安全を守る会のバザー、中学生ボランティアによる模擬店(駄菓子、綿あめ、輪投げ)、昔遊びコーナーなどが実施される。櫓組み立てなどの力仕事は、初回から、地元のソフトボールチームの方たちが指導してくれた。学校施設開放運営協議会に登録している少年野球やサッカーチームの若いお父さんたちも手伝ってくれている。もちろん、西東京消防署と地元消防団が待機している。

 

 

育成会「にしはら」どんど焼き協力団体  (出所)育成会にしはら会長 福島憲子「地域をよくしたい人大集合!-おとなも子どもも手をつなごう-実践報告」平成30年3月11日(平成29年度ふれまちシンポジウムの報告資料)より

 

 明保中どんど焼き実行委員会でも、育成会やPTA等の学校関係者、児童館のほか、防犯協会、交通安全協会、地域特定郵便局長有志など、さまざまな地域の人たちが協力している。こちらでは、地元建設会社が櫓組み立てに使う廃材等を用意してくれるという協力もある。明保中や青嵐中の中学生ボランティアが実行委員会と共に竹切りから会場設営、当日の受付など積極的に係わっているのも頼もしい。ちなみに、令和元年度の役割分担表を見せて頂いたので、一例として挙げてみると、それだけで大変さが分かる。

 

 以上見てきたように、地域によって、どんど焼き実施にあたっての協力体制に若干の違いがあるものの、学校関係者だけでなく、地域のさまざまな方々の協力で成り立っていることが分かる。小中学校の先生は数年で転勤があるため、協力度合いにも波があるだろうし、人と人とのつながりは、時にギクシャクするだろう。高齢化で役割を担えなくなる団体も出てくる。そうした苦労を体験しながらも、各地域とも、20年前後も続けてきており頭が下がる。そして、継続してきたからこそ、地域のつながりが築かれてきた。

 

4.子供たちと地域の人たちとがふれあう機会をつくる

 

 私が子どもの頃には、育成会という組織はなく、また自分に子供がいないので、育成会の活動というのをよく知らなかった。しかし、どんど焼きの主要な担い手である育成会は、各学校で、先生に加え、地域の人たちが子どもたちの健全育成のため、さまざまな活動を担っているようだ。

 たとえば、けやき小学校区を対象にしている育成会「にしはら」は、

(1)クリーンデー(PTAと子供たちが学校に来るまでの間にごみを拾ってきて、分別を行う)
(2)環境美化活動(芝久保公民館や学校の花壇の世話)
(3)学区・地域のパトロール(危険な箇所を調査、不審者がいないかなどチェック)
(4)地域ふれあい学習(年1回、低学年には昔遊び、高学年には囲碁、茶道、バレー、卓球などの体験)
(5)けやきフレンドパーク(ミニ運動会、防災体験、エコ教育、夏祭りなどのどれかを実施)

といった活動をしている。以前、けやき小では、学校に宿泊する防災体験会があると聞いていたが、育成会主催のイベントであったようだ。実際には、主催者は一晩中寝られないのでとても大変だったとのこと。

 

けやき小「地域ふれあい学習」(囲碁)(2018年)(出所)育成会「にしはら」提供

 

 明保中のどんど焼きを主に担っている碧山地区育成会では、活動予定カレンダーを作っている。これによると;

・ 6月には、安全教室≪大切なのは地域の絆≫(交通ルールや防犯について学ぶ・田無警察署協力)
・ 7月には、工作教室≪親子で素敵なバスケットづくり≫
・ 8月には、27日から31日に、早起きラジオ体操と校庭の草むしり
・ 9月には、地域ミニミニ運動会(大人と子ども200人くらいが4チームに分かれて競い合う)
・10月には、中町児童館子どもまつり支援事業(フェイスペイント、ゲームコーナーなど)
・11月には、うどん作り≪地域の名人に教わろう≫(会場 中町児童館)
・1月には、明保中どんど焼き
・3月には、わくわくフィエスタ(茶道、折り紙、独楽回し、工作コーナーいろいろ、割りばし鉄砲、等々の日本の伝統文化を体験、400人くらいが集まり、高学年の子たちがボランティアもする)

となっている。それぞれに保護者や地域の人たちが協力する。

 

明保中「地域ミニミニ運動会」チーム対抗綱引き・大人の部(後ろで子供たちが声援)(2017年)(出所)碧山地区育成会提供

 

 保二小では、最初にどんど焼きを始めた人たちが高齢化し、第20回を終えたらやめようかと話し合っていた。これをバトンタッチしたのが「ホニホニおやじの会」だった。もちろん、当初からの人たちも手伝い、アドバイスは続けているが、2016年から、主な活動をおやじの会が担うようになった。とても良い関係で世代交代が進んだ。保二小地域では、育成会、おやじの会、PTA等々、どんど焼きに協力しているさまざまな団体が重層的に、地域で子供たちを巻き込んださまざまな活動をしている。余りにいろいろあるので、これについては、稿を改めることにしたい。

 

* * *

 

 いずれにしても、どんど焼きという一大イベントを、学校を中心にさまざまな地域の人たちが長年実施してきた結果、その地域に重層的な人間関係が築かれてきた。各地域の小中学校は、災害が生じた折には、避難所となる。その時、学校と協力しながらも、実際の担い手は地域の人々だ。いざ、なにかあった時に、実効的な行動がとれるかどうか。地域力が試される時、これらの蓄積があるかないかで大きな差が生じることになるだろう。

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。