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第15回 緑の喪失に歯止めはかけられるか


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 「見のがしてたね、西東京市」

 

 西東京市は平成28(2016)年度に「見のがしてたね、西東京市」というやや自虐的なキャッチコピーを打ち出し、西武鉄道の中吊り広告や市内商店街にフラッグを掲げた。その心は、「合併で市の名称が変わり、知名度がいまひとつだけれど、世界有数のプラネタリウムを備えた多摩六都科学館や国史跡下野谷遺跡などの文化的資源があり、農地や屋敷林などの緑も多く、都心からの交通が便利で住みやすい魅力的なまちですよ」と市内外にアピールしたいというものだ。

 

(出所)西東京市のHPより

 既に住んでいる市民の多くも、交通が便利なうえに緑が多く、おまけに23区内より不動産価格が相対的に安く、住みやすいまちであると感じている。
 しかしながら、システム思考で言うところの「共有地の悲劇」ではないが、「売り(魅力)」である緑(林や畑)がどんどんつぶされ、そこに生まれた建売住宅やマンションがすぐに売れることで、結果として魅力がどんどん減ってしまっている。

 「共有地の悲劇」というのは、生きていくのに必要な量だけ魚を取っているうちは、豊かな海であったのに、売れるのでどんどん乱獲してしまうと、気が付いたら魚が枯渇し元も子もなくなってしまったといったようなイメージだ。このため、漁業界では、稚魚は捕獲しない、漁業をする期間を限定する、漁獲量に上限を設ける等々のルールをつくり、それを守ることによって豊穣の海を維持しようという努力がなされてきた。あるいは、鮭を人工孵化させて、回帰率を増やすなどのイノベーションが行われてきた。

 つまり、豊穣の海も、緑も、私たちは、「いつもそこにあるもの」と思いがちだが、「タダ乗り」していては、いつか失われてしまう。海の例でみたように、緑も、それを維持する、あるいは増やす努力をしないことには、失われてしまうのだ。

 

 緑被率の低下

 

 緑の多さを表す指標には、いくつかあるが、その一つが「緑被率」だ。緑被率とは、一定の広がりの地域で、樹林・草地、農地、園地などの緑で覆われる土地の面積の割合を示す。空中写真などを測定データに用いているとのこと。

 平成26(2014)年3月に刊行された『西東京市第2次環境計画 平成26年度~35年度』によると、緑被率は、平成5(1993)年度31.8%、平成16(2004)年度29.1%、平成20(2008)年度26.0%と減少が続いている。

 

(出所)『西東京市第2次環境計画 平成26年度~35年度』平成26年3月

 これ以降の緑被率は、公表されていないが、現在までの9年間で、おそらくさらに減少していると思われる。

 市の地目別面積で、類推してみると、図のように、2009年から2016年にかけて、畑と山林は、減少傾向にある。畑が2.7%、山林が0.6%、合計で3.1%減少している。地目別面積のその他(非課税)には、公園と道路が含まれているとのことで、こちらは2014年に増加している。保谷調布線の開通や東伏見公園の開園が2013年4月なので、この影響と思われる。この3つの合計(仮に【緑計】とする)でも、地目別面積の比率は、この間0.8%減少している。一方、宅地は、この間1.2%増加している(注1)

(注1)宅地の中には、一部公園になっている箇所もあるとのことで統計上では、「非住宅地」にあたり、10%前後で推移している。

 

(出所)『統計にしとうきょう』から筆者作成

 

 緑を残すための様々な施策

 

 西東京市は、平成16(2004)年7月に「みどりに包まれたまち『西東京』の実現を目指して」として『西東京市みどりの基本計画(以下、基本計画)』(注2)を策定し、それに基づいて、緑の保全と緑化について、さまざまな施策を講じてきた。

 たとえば、「みどりのシンボル拠点」として掲げられている「旧東大農場」は、東大から2003年に移転計画が出されたものの、西東京市民の強い要望もあり、2007年には、計画が中止となった。その後は、大学と市民との協働でさまざまな企画が実施されている。また、2005年には、合併記念公園として、旧東大農場の北側に「いこいの森公園」が開園した。

 ひばりが丘団地の建て替え、高層化に合わせ、もともとのケヤキ並木や桜並木を活かしつつ、道路の拡張、電柱地中化を進め、緑被率30%を将来にわたって維持できる心地よい住空間が作られつつある。2017年には、さくらの道公園もオープンとなった。

 下保谷の屋敷林(約1.1ha)を2012年11月に「特別緑地保全地区」(注3)に指定し、国、都、市で2013年~2017年度にわたり分割して購入する予定である。国と都がそれぞれ3分の1を負担し、残りは地方債を充てる。総額20数億円と言われている。

 

高橋家の屋敷林(筆者撮影)

 

 また、ブロック塀を撤去して生垣にする場合には、撤去費用や生垣設置費用を助成しているほか、保存樹木、樹林、竹林、生垣を保護するため、保存樹などの指定を受けた所有者に、補助金を交付している。「西東京自然を見つめる会」との協働作業により保存樹木や緑地などを巡る緑の散策路マップを作成して配布するとともに、市民を対象にした「みどりの散策路めぐり」も実施している。
 

保存樹木の例(筆者撮影)

 

 先に述べた『基本計画』では、目標の緑被率を30%前後としているものの、さまざまな施策を実施しても、緑あふれる環境を維持・促進していくことは、なかなか難しい。そのもっとも大きな要因は、先のグラフにもあるように、農家が所有する畑や山林の減少に歯止めがかからないことにあると言えよう。

(注2)『基本計画』は、市町村単位の「緑地保全」と「緑化推進」に関する総合的・基本的・長期的な計画。計画の目標年次は、おおむね計画策定から10年~20年後の2013(平成25)年~2023(平成35)年前後。

(注3)「都市緑地法」昭和48(1973)年では、都市近郊の比較的大規模な緑地において、比較的緩やかな行為の規制により、一定の土地利用との調和を図りながら保全する制度を設けている。「緑地保全地域」がそれにあたる。さらに特別に保全する必要のある地域を「特別緑地保全地区」としている。西東京市では、「特別緑地保全地区」としては、上記屋敷林の他に東伏見稲荷神社(1999年2月)が指定されている。このほか、「緑地保全地域」として、「保谷北町緑地保全地域」(北町5丁目、1994年3月)、「碧山森緑地保全地域」(中町3丁目、1993年3月)が指定されている。

 

 異端者扱いだった都市農業

 

 実は、農業関係者以外、あまり知られていないが、これまで都市の農業は、「あるはずのないもの」が存在しているといった、いわば異端者扱いだった。所管も農林水産省ではなく、国土交通省なのだ。

 というのは、高度経済成長期に急激な都市化と乱開発が進んだことから、昭和43年(1968年)に「都市計画法」が制定され、市街化を進める地域(市街化区域)と市街化を抑制すべき地域(市街化調整区域)に線引きされることとなった。

 市街化区域とは、すでに市街地を形成している区域及びおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域である。西東京市は、市街化区域に分類されており、法律の趣旨に沿えば、市内の農地等は、とっくに宅地化されてなくなっているはずである。

 しかし、市街化区域にあって既に農業を営んでいる農家があることや都市の緑地の減少が住環境を悪化させることなどから、「生産緑地法」が作られ、「生産緑地地区」に指定されれば、保全されることとなった(注4)。生産緑地地区に指定されるには、①500㎡以上の規模の区域であること、②30年以上営農継続の意志のある場合に限られるなどの制限があるが、①固定資産税が農地並みとなり、宅地並み課税に比べ大幅に低く抑えられ、②相続税納税猶予制度の適用を受けることができる。

(注4)生産緑地法は、昭和49(1974)年に作られたが、生産緑地の保全が明確にされたのは、平成3(1991)年。後述するように、生産緑地法は、平成29(2017)年に改正され、面積500㎡以上としていた要件を300㎡以上に引下げた。

 こうして、異端者扱いながらも、都市の農家は、さまざまな工夫を凝らしながら営農を続けてきた。たとえば、西東京市の農業者アンケートによると、いわゆる地方の農業では、農協を通して市場で販売するのが一般的であるのに対し、早くからスーパーマーケットと直接取引したり、自身が経営する直売所での販売や仲間と共同出荷をしたりなど、多様な販売形態を取ってきた。また、農業体験農園(注5)の開設など多角経営に乗り出している農家もある。

 

(出所)『第2次西東京市農業振興計画』平成26年3月

 

(注5)農業体験農園とは、農業者自らが開設し、市民が利用する農園で、利用者が農園主のきめ細かい指導とサポートのもとで、農業体験を行う場所。西東京市では、現在5園開設されている。このほか、市が借用した農地(生産緑地以外の農地)に、市民が自らの作付け等により、野菜づくり体験を行う市民農園が5ケ所ある。

 

 しかしながら、前に見たように、地目別にみると、畑も山林も減少傾向が続いている。農林水産省『農業センサス』でみると、その傾向は、明らかだ。平成7(1995)年には、総農家数は、355だったのに対し、平成27(2015)年には234へと34%も減少し、農業就業人口は、1709人から696人へと60%も減少している。

(出所)『統計にしとうきょう』(元データは、『農業センサス』)

 

 農家や農業従事者が減少している要因は、担い手の高齢化や後継者不足、農業所得の低迷が挙げられる。下の図は、販売金額規模別にみた農家数だが、100万円未満が最も多く、200万円以下が全体の6割を占めている。これは、販売金額であるから、経費を差し引いた農業所得としてみると、農業だけでは生活できないレベルと言えよう。

 

(注)販売農家での数(合計163)
(出所)『統計にしとうきょう』(元データは、『農業センサス』)

「基幹的農業従事者の年齢別人口の変化」(販売農家)
(出所)『統計にしとうきょう』(元データは、『農業センサス』)

 

 上の表は、平成12(2000)年~平成27(2015)年にかけての農業従事者の年齢別人口の変化を見たものだが、60歳以上の高齢者が6割を占めていること、高齢者と壮年者の減少幅が大きいことが分かる。

 畑や山林が減少している大きな要因として、相続税の問題も大きい。「生産緑地地区」に指定されると、前述のように、相続税が猶予されるものの、それは、後継者が農業を続ける場合に限られる。たとえば、Aさんの父親が亡くなって、Aさんが後継者として農業を続けていれば、相続税が猶予されるが、Aさんが仮に10年目に農業を止めた場合には、10年前に遡って宅地並みの相続税を10年間の利子を掛けて支払わなければならない。それだけ多額の相続税を支払うには、畑や山林を売らざるをえないのだ。

 また、農業は、天候などに左右され、所得の増減が著しいこともあり、生産緑地の指定を受けずに、農地や山林をアパートや駐車場等に転用し、それによって安定した所得を維持したいという農業者側の事情もある。

 

 都市農業の振興と都市農地の保全

 

 これまでは異端者的な扱いをされてきた都市農業だが、平成27(2015)年4月、「都市農業振興基本法(以下振興基本法)」(注6)が成立した。従来、宅地化を促してきた基本方針を転換し、都市農地を計画的に保全すべきものと位置付けるとともに、都市農業を振興すべきものとした点に大きな意義がある。

 都市の農業や農地が見直されるようになった背景として、これまでの農業者等の努力により、①都市住民への新鮮な農産物の供給、②防災空間の確保、③良好な景観の形成、④国土・環境の保全、⑤農業体験の場の提供等の多様な機能を発揮してきたことが挙げられている。特に、東日本大震災があったこともあり、防災の観点から都市の農地が見直されてきた。また、人口減少や高齢化という時代のなか、これまでの宅地開発圧力が弱まっていることもある。

 さらに、実は、「2022年問題」という爆弾が身近に迫っていることがあげられる。「生産緑地法」では、生産緑地地区に指定されるには、30年以上農業継続の意思があることが前提だが、30年経つと、地方自治体に買取りを申し出ることが出来ることになっている。地方自治体は、現在、財政的に厳しく、買取りができない場合には、営農意欲がある農家に農地を斡旋する必要がある。しかし、斡旋相手が見つからない場合には、農家は、農地を転用することになる。空き家が増えているなかで、農家が宅地に転用するかどうかは分からないものの、法律が出来てから30年にあたる2022年には、多くの農地が売りに出される可能性があるのだ。すでに、不動産業者は、動き始めていると聞く。

 このような状況を踏まえ、都市農業の安定的な継続を図るとともに、農地の多様な機能の適切かつ十分な発揮を通じて良好な都市環境の形成に資することを目的としてこの法律が作られた。

 

 

(注6)平成28(2016)年5月には基本法に基づいて「都市農業振興基本計画」が設立され、平成29(2017)年2月には、生産緑地を含む「都市緑地法」の一部が改正された。

 

 西東京市では、それ以前から「都市と農業が共生するまちづくり」を目指してきたが、『第2次西東京市農業振興計画(以下振興計画)』平成26(2014)年3月(注7)では、それがより明確化されている。将来像として、「農業者と市民の双方にとって、『西東京市の農業』が日々の暮らしの魅力となり、これからも住み続けたいまちとなることを目指す」としている。

 そのために、大きく2つのことをやっている。一つは、中核となる農業者の育成、支援であり、もう一つは、農地の保全と農地の多面的機能を活かしていくことである。

(注7)『振興計画』の計画期間は、平成26(2014)年度~平成36(2023)年度。西東京市の『振興計画』は、国の「都市農業振興基本法」より1年前に作成されたものだが、方向性は同じであり、そのまま活かされている。

 

 農業者の育成、支援

 

 西東京市では、市の農業の中核として活躍することを期待し、効率的で安定した農業経営のために、今後5年間の農業経営改善計画を立てた農業者を認定農業者として認め、補助金等さまざまな支援を受けられる制度を設けている。2017年7月現在、52人が認定されている。

 また、後継者を育成するために、若手農業者や女性農業者、新規就業者への栽培技術指導や経営指導の仕組みをつくる。担い手不足の解消策のひとつとして、市民が農業に携わることができる援農ボランティア制度を活用する。このほか、直売所の強化や市内農産物を市内で消費する仕組みをつくるため市内産の農産物を「めぐみちゃんブランド」として市民や販売店などに定着させることに力を注ぐ(注8)

『振興計画』では、農業者の経営モデルとして、次のような所得目標を掲げている。平均サラリーマンの所得並の所得を得られることは、農業を継続するうえで不可欠だ。

(ア) 西東京市の農業をリードする経営体モデル (所得目標 800 万円)
(イ) 地域の農業を担う経営体モデル (所得目標 500 万円)
(ウ) 農業の広がりを支える経営体モデル (所得目標 300 万円)
(エ) 農業生産法人等企業的な経営体モデル (販売目標 1,000 万円以上)

 

 農地の保全と農地の多面的活用

 

 農地の多面的活用としては、これまで実施してきた農のアカデミー体験実習農園や市民農園・市民体験農園、農商工連携(めぐみちゃんメニューの開発など)等を強化し、市民が農に触れあう機会を増やしていくとしている。また、農地の肥培管理を適正に行うことにより、市民の農業への理解を深める、災害協力農地の拡大や活用を考えるとしている。

 

(出所)『統計にしとうきょう』(元データは『農業センサス』)

(注8)産業振興課によって、「たっぷり畑の恵み-西東京市農のあるまちサイト」がつくられており、「農のある風景」、「農家&直売所情報」、「めぐみちゃんメニュー認定店」などの情報が掲載されている。

 

 図にみるように、西東京市の多くの農地は、規模が小さく、農業生産だけでは、生活できない。このため、都市の農地を保全するためには、農産物生産という第一次的な意義づけから離れ、災害時の一時避難地、安らぎの空間、地球温暖化対策、自然学習空間など第二義的な方向に価値基準を変え、その方向への転換を図る必要があると思われる。それには、行政、農業者、市民などが知恵を働かせていく必要があるだろう。

 たとえば、国立市では、「くにたち市民協働型農園の会(以下、農園の会)」が「くにたち はたけんぼ」という農園を経営している。営農が困難となった農地を国立市が地主から借り受け、それを農園の会が借り受けるという方法で、貸し農園、会員制の水田、休憩・イベントスペースなどを提供している。イベントスペースでは、「畑で婚活」なども実施しているという(注9)

 西東京市でも、西東京農地保全協議会(ノウマチ)が主旨に賛同してくれる農家を探し、子ども、壮年者、高齢者などの多世代やハンディキャップの人たちが楽しみながら援農する「みんなの畑」を実施し、収穫した農作物を使ったカレーパーティ等を行うなどの活動を始めている。

 こうした「農福医連携」は、健康にも良いとされ、西東京市でも取り組みが増えているし、国のさまざまな支援制度もあるようだ(注10)

(注9)小野淳・松澤龍人・本木賢太郎著『都市農業必携ガイド-市民農園・新規就農・企業参入で農のある都市づくり』一般社団法人農山漁村文化協会、2016年より
(注10)http://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/pdf/noufuku.pdf

 

 緑の喪失に歯止めはかけられるか

 

 2022年問題もあり、国は、生産緑地を含む「都市緑地法」を改正し、生産緑地として認められる規模を引き下げたほか、これまで生産緑地にしてこなかった農業者にも追加申請を促すなど、緑地を残そうという姿勢を強めている。また、地方自治体には、新規も含め、農業に意欲のある農業従事者を増やし、農地の斡旋をスムーズに行うことによって、転用を少なくすることを求めている。

 このほか、これまでは、生産緑地を貸し出すと、相続税納税が猶予されなかったが、貸し出ても猶予措置が取られるよう税制を変更する方向にある(貸し出しやすくなれば、営農意欲のある農家が農地を借りて規模拡大することが可能になる)。

 このようにさまざまな取り組みがなされているものの、農業者の個々の事情もあるだろうし、簡単には緑の喪失に歯止めはかからないかもしれない。また、市民というのは、わがままであり、「緑の多い環境が良い」、「新鮮な野菜が食べたい」と言う一方で、「東風が吹いて農地から舞い上がる埃が嫌だ」とか、「農家は生産緑地にして税金逃れをしている」などと苦情や文句も言う。緑の多い環境を維持していくには、市民の理解も不可欠だ。

 筆者は、子どもの頃、俗にきつね山、たぬき山と呼ばれる雑木林に沿った道を通って、現在向台公園になっている幼稚園に通った。雪景色の中に朱色のからすうりの実が生っているのをまだはっきり覚えている。放っておけば、都市の緑は、減る一方だが、子ども達が緑と触れ合える素晴らしいまちの魅力を、是非残すようにしてもらいたいものだ。

 

 

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師、現在に至る。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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