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第10回 応援の力、マラソンで実感


 三輪隆子(みわ内科クリニック)


 

 新年あけましておめでとうございます。今回は、私の趣味のマラソンのことを述べたいと思います。

 

走るのが苦手だったのに

 毎年恒例の実業団ニューイヤー駅伝や箱根駅伝を正月の楽しみにされている方も多いのではないでしょうか。今年も天候に恵まれ、沢山の方が沿道で応援していました。1年間の厳しい練習の成果を発揮して、良い成績を上げた選手、思い通りの走りができず涙をのんだ選手。トップアスリートの素晴らしい走りを見るだけでなく、繰り広げられる様々なドラマに胸が熱くなります。特に、沿道で選手の走りを目の当たりにしている応援の方々は、その感激も大きいものと思います。選手たちも応援の皆様に勇気や力をもらったと話しています。その言葉に「そうだな」と感激しながらも、私は今まで、この応援の力とういのを今一つ実感できませんでした。

 実は私は、子供のころから運動が苦手でした。走るのが遅くて、運動会の徒競走ではほぼビリ。高校生の時に、学校行事でマラソン大会がありました。練習のため体育の授業で郊外にランニングに出るのですが、皆についていけず息も絶え絶え。先生が横につきっきりで走り方を教えてくれました。マラソン大会ではなんとか完走はしたものの、最後から数えて数番目。苦しかった思い出しか残っていませんでした。

 そんな私が、何の因果かマラソンに挑戦するようになったのが3年前。健康のためと、マンネリ化してしまった生活を引き締めるためにと早朝ウォーキングを始めたのがきっかけです。歩くことが定着すると、だんだん早足になります。それなら走ってみてはと夫に誘われて、少しずつ走るようになりました。その頃は、自分が走る姿を想像できませんでした。初めて走った日、「この私が、この年になって、今走っている」その事実に驚き、喜び、感動したことを覚えています。その喜びをさらに強く感じるために徐々に走る距離が増えていきました。そして、なんとマラソン大会に挑戦することになったのです。

 

マラソン大会に挑戦

 初めて出た大会は、山形まるごとマラソンというハーフマラソンの大会です。毎日のように走る練習を重ねていましたので、走ることに自信が出ていました。事前に何回もシュミレーションした通り、中盤の長い上り坂まではペースを落として抜かれてもマイペースで走り、上り坂でむしろ少しペースアップ。すると、何ということでしょう、周りの皆さんが登りでペースが落ちるのを横目で見ながら、百人以上ごぼう抜きです。生まれて初めて、走って人を抜くという経験をしました。もう嬉しくて、そのあとの下りも猛スピードで走りました。最後の3kmぐらい、息も切れ切れ足も痛くなってきました。力が尽きそうと思った時に、沿道に小学生の応援。皆手作りのプラカードを持って、大きな声で声援を送ってくれます。見知らぬ人に、しかもこんなかわいい子供たちに応援される喜びに大きな力を得て、ゴールまでひた走ることができました。

 

「山形まるごとマラソン」を笑顔で走る(2014年10月山形市)(筆者提供)

 

 その後も何回もマラソン大会に出ましたが、トップの選手だけでなく、最後の方を走っている私達にも、多くの人が熱い声援を送ってくれます。特にフルマラソンは、いつも完走できるかの戦いです。42.195kmはとにかく長い。前半は調子よいなと思っても、30kmを過ぎると多くの試練が襲ってきます。膝が痛い、足がつる、疲れて足が前に出ない。止まると楽になるけど走るとまた足の痛みが……。周りにも同じような人が沢山。みんな苦しんでいるんだから私も頑張らなくては、と勇気を奮い起こしながら走っていますが、何回も「もう駄目かもしれない」と心が折れそうになります。そんな時、沿道の応援がどんなに力になることか。エネルギー切れになりふらふらになった時に、いただいた一粒の飴玉で元気が湧いてきます。可愛いチアリーダー達が笑顔で踊ってくれたら、女性の私でも頬が緩みます。ゴール近くになって、声をからして頑張れと叫ばれたら、不思議なことに止まりそうになった脚が、応援を受けて一歩前に出るのです。そして、苦しみの果てにゴールした時には達成感で毎回感激の涙が溢れます。良く頑張ったなと自分を褒め、支えてくれた皆様に対する感謝の気持ちが自然に湧き上がってくるのです。この年になって、応援がどれだけ頑張っている人を支え励ましてくれるのか、マラソンを通して実感することができました。

 

応援の輪を広げる

 私たちの人生も、良くマラソンに例えられます。人は、自分の人生を全うするために色々な困難を乗り越えていくのです。自分の力で努力していかなければなりませんが、様々な応援が大きな助けになります。私は、地域で働くかかりつけ医として、地域の皆様、特に病気の方、障害のある方、ご高齢の方の助けになり、支えになるように日々の診療をしています。病気や障害があっても、高齢になっても、自分の人生の目標を持ち、自分らしく人生を送っていけるように、専門家として支えていくことが第一の役割です。同時に私は頑張っているこれらの方々の一番の応援団にならなければいけません。応援してくれる人を作っていかなければなりません。良い応援ができるよう、これらもマラソンを通して応援の力を感じていきたいと思います。

 今年は嬉しいことに東京マラソンに当選しました。走ることができる喜びを胸に、東京の町を駆け抜けたいと思っています。皆様の応援お待ちしています。

 

©ks_skylark

 

【筆者略歴】
 三輪隆子(みわ・たかこ)
 認定内科医、神経内科専門医、身体障害指定医(肢体不自由、音声言語、平衡機能障害)。西東京市医師会理事。
 静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。信州大学卒業後、信州大学第3内科入局。佐久総合病院で地域医療を研修後、東京都立神経病院、狭山神経内科病院で神経疾患、難病の診療に従事。1995年(平成7年)国立身体障害者リハビリテーション病院神経内科医長。リハビリテーションのほか社会復帰、療養・介護など福祉的な問題にも取り組む。2007年(平成19年)1月「みわ内科クリニック」院長。2013年(平成25年)6月医療法人社団エキップ理事長兼務。2017年(平成29年)4月から理事長。

 

 

 

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