第19回 住み慣れたまちで安心して老いていけるか


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 親を看取って一段落したと思ったら、いよいよ自分の看取りを考える時期になってしまった。人生100年時代と言われるが、「平均寿命」は延びても、健康で自立して生活できる「健康寿命」は、平均寿命より短い。厚生労働省の資料では、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年差があるとのこと(図1)。つまり、この間は、自立しては暮らせず、誰かしらの助けを必要とするということを意味している。

 

図1 平均寿命と健康寿命の差
(資料)平均寿命(平成22年)は、厚生労働省「平成22年完全生命表」 健康寿命(平成22年)は、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」 (出所)厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会・次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会 「健康日本21(第二次)の推進に関する参考資料」http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf

 

 姥捨てを止める

 

 かつては、深沢七郎『楢山節考』(注1)の現代版として、自宅で世話が出来ない高齢者を病院に長く入院させておく傾向があり、「社会的入院」と呼ばれていた。このため、病院では、本当に治療や療養が必要な人のためにベッドが用意できないという問題が生じていた。また、環境衛生の改善や医療技術の進歩などにより、結核などの感染症が減少する一方、高齢化などに伴い、ガン、糖尿病、高血圧症、心臓病、脳卒中、動脈硬化などの「生活習慣病」や認知症が増加するといったように、傷病構造が大きく変化してきた(図2)。

 

 生活習慣病の予防、治療に当たっては、個人が継続的に生活習慣を改善し、病気を予防していくことが重要になる。このため、長期に入院するのではなく、普段の生活をしながら療養するという方向に舵が切られることになった。しかしながら、これらの病人を在宅(自宅または介護施設)で介護する用意がなければ、病院から返されても困る。このため、平成12(2000)年に介護保険制度が導入された。

(注1)貧しい暮らしの中で、高齢になる親を山に捨てに行く風習があったという伝説を題材とした小説。

 

 

図2 主な死因別にみた死亡率の年次推移 昭和22(1947)~平成27(2015)年
(資料)厚生労働省政策統括官『平成29年 我が国の人口動態-平成27年までの動向』 http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/81-1a2.pdf

図3 施設の種類別にみた退院患者の平均在院日数の年次推移
(資料)厚生労働省『平成26年 患者調査の概況』 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/dl/03.pdf

 

 図3に見るように、病院の入院日数は、平成2(1990)年の44.9日から、平成26(2014)年には31.9日へと、大きく減少してきた。入院日数を短くするのに呼応して、介護保険制度により、施設や在宅での介護サービスが充実された。介護保険制度は、約5年置きに改正されており、平成18(2006)年には、各自治体に「地域包括支援センター」を設け、地域ケアを包括的に支援するほか、介護予防にも力を入れることとなった。また、地域密着型サービスが創設されるなど、介護サービスの充実も図られた(図4)。

 

図4 2006年から創設された地域密着型サービス
(資料)厚生労働省「2005年度介護保険法改正」 http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/gaiyo/k2005_08.html

 

 地域包括ケアシステムの構築を目指す

 

 さらに、国では、団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて、「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保」を目指し、平成26(2014)年には、「医療介護総合確保推進法」(注2)が制定された。

(注2)正式名称は、「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」

 この法律は、介護保険法や医療法など19の法律を一括して改正するもので、効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに、地域包括ケアシステムを構築し、地域における医療及び介護の総合的な確保を推進することを意図している。

 これに伴い、介護保険制度も平成27(2015)年に改正された。その目玉は、高齢者が重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される体制(地域包括ケアシステム)の構築を実現することである。今後、認知症高齢者の増加が見込まれることから、地域包括ケアシステムは、認知症高齢者の地域での生活を支えるためにも重要であるとされている。

 

 西東京市の取り組み

 

 国の方針が打ち出されるなか、西東京市でも、「在宅医療・介護連携推進事業」に取り組んでいる。具体的には;

(1)平成26(2014)年度から西東京市医師会を始めとする各関係機関の協力を得て、「在宅療養推進協議会」を主催している。次の6つの部会からなる(平成29年3月31日時点)。

 

(資料)西東京市健康福祉部高齢者支援課『平成28年度 西東京市における在宅医療・介護連携推進事業等実施状況報告書』より作成

 

(2)このうち③の検討の結果、平成28(2016)年10月に在宅医療連携支援センター「にしのわ」が設立された。「にしのわ」は、医療や介護に従事する専門家・機関に、在宅療養に必要な情報を提供し、医療と介護等の橋渡しを行う。

 

「にしのわ」の主任介護支援専門員でセンター長を務める高岡里佳さん(左)と看護師の古澤香織さん

(資料)「にしのわ」のパンフレットより

 

(3)⑤は、在宅療養後方支援病床確保事業について検討する部会。かかりつけ医を通じて事前に登録をしておくと、かかりつけ医が「入院が必要」と判断した場合に、市内の受け入れ病院(後方支援病院)に短期入院(最大14日間)することができる体制を整えている。

(4)健康寿命を延ばすために、西東京市では、都内で最も早く「フレイル予防」にも取り組んでいる。「フレイル」とは、「虚弱」の状態を表している言葉であり、年をとって、心身の活力が低下した状態のこと。多くの人がこのフレイルの状態を経て、要介護状態に陥ると考えられている。このため、フレイルの兆候をチェックし、健康で過ごせるよう予防する試みが行われている。

(5)認知症については、以前から「認知症サポーター養成講座」を実施してきたが、認知症の人ができる限り住み慣れた地域で暮らし続けることができるよう、認知症の進行状況に応じた対応やサービスについて紹介するガイドブックを作るなど、市民への啓蒙と体制づくりが進められている。

 

 利用者を中心に対等な関係づくり

 

 在宅療養となると、「にしのわ」のパンフレットにあるように、さまざまな分野の専門家が関わる必要がある。一般的な感覚としては、医療の世界では医者の指示のもとに治療や医学的管理の指示がなされるため、「医者が偉い」というヒエラルキーがあるように思える。専門分野によって言葉づかいや考え方も異なりそうだ。まして、医療と介護・福祉の世界では、専門用語も異なる。一番大切なことは、療養・介護する本人や家族にとって、それぞれの専門家が対等な立場でチームをつくり、適切なケアプランを作成し、臨機応変に対応してくれることだと思う。難しい専門用語を使わず、一般市民が理解できる説明を、医療や介護の専門職には求めたい。

 平成21(2009)年度と少し古い資料(注3)だが、『医療と介護の連携の現状』についての調査で「ケアマネジャーは、医師との連携に困難を感じている」、「サービス担当者会議に医師の参加を得るのは難しい」といった報告がある。医者も介護・福祉の担当者も皆忙しいなかで、時間を合わせるのは、大変なことと思われるが、このような状況は、過去のものになってもらいたいものだ。西東京市では、医療と介護が連携したケア体制構築については、先に見た「在宅療養推進協議会」の②連携のしくみづくり部会や④受け皿づくり部会で課題などを洗い出し、良い体制作りができるよう検討を重ねている。

(注3)出所:厚生労働省医政局・老健局・保健局『提言型政策仕分け医療・介護の連携』 資料:㈱三菱総合研究所「居宅介護支援事業所及び介護支援専門員の実態に関する調査報告書」(平成21年度老人保健健康増進等事業)http://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/teigen_05_02.pdf

 

 在宅療養を支える地域資源

 

 西東京市には、在宅療養を支える資源があるのだろうかというのが気になっていた。ネット検索すると、訪問診療専門の医療機関は、松原ホームクリニックと笠井医院の2ケ所しかないからだ(注4)。しかし、「にしのわ」によると、このほか、東久留米、小平、清瀬、武蔵野、三鷹、練馬など近隣市の訪問診療専門の医師も西東京市に参入してくれているとのことだ。また、もともとかかりつけ医を持っている人の場合は、その医師が、昼休みの時間帯などに訪問診療を行うことができる場合もある。まずは、相談してみることをお勧めしたい。知らなかったのだが、西東京市には、訪問看護ステーションが13ケ所もあり、70~80人ぐらいの看護師が働いているとのことだった。ただ、全てが24時間対応とは限らない。

(注4)松原ホームクリニック:http://m-hc.jp/
    笠井医院:https://www.kasaiiinzaitaku.com/

 「にしのわ」によれば、訪問してくれる医師、看護師ともに、現状ではどうにかまかなえているものの、将来さらに高齢化が進むことを考えると、在宅療養を支える社会資源をもっと充実させる必要があるだろうとのことだ。

 

 在宅での看取りの難しさ

 

 地域包括ケアシステム構築の説明文には、「住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築」といった枕詞が述べられることが多い。見過ごしてしまうが、「人生の最後まで」と書かれており、これは、「看取り」を在宅(自宅または介護施設)ですることを意味している。

 

図5 最後を迎えたい場所(総数1919人)
(資料)内閣府「平成24年度高齢者の健康に関する意識調査(概要版)より作成(出所)淑徳大学総合福祉学部教授有行康博『医療と介護の連携はどうあるべきか』第1回「人はどこで最後を迎えるか?」WAM-netのコラムより
http://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/fukushiiryokeiei/iryoutokaigo/iryoutokaigo001.html

 

 内閣府の平成24年度「高齢者の健康に関する意識調査」の結果(図5)では、半数以上の人が自宅で最期を迎えたいと答えている。しかし、これは、希望であって、なかなか難しいことかもしれない。当初は、「最後は自宅で」と思っていても、当人も家族も、最後の段階で苦しむことがあると、「病院に入院したい」と思ってしまうのではないだろうか。

 地域包括ケアシステムが構築されれば、在宅で看取りを希望する場合、前もって、どのような最後を送りたいか(延命治療は不要など)について、在宅ケアチームが本人や家族の意志を確かめ、臨終までの流れを決めて対応してくれるのであろう。しかし、これまで長い間、病院に任せてきた「死」を、在宅、特に自宅でケアチームでやりきれるのだろうか、ちょっと心配だ。

 国の方針では、高度な医療を必要としない患者については、退院を促す方向であり、病院からも在宅からも受け入れられず「看取り難民」が発生する可能性すらある。これからは、在宅で看取りすることについて、市民の側も、それなりの心構えと覚悟が必要になると言えよう。

 

 今のままでは、家族が参ってしまう

 

 病院から在宅(自宅あるいは介護施設)へという方向性は、良いと思うし、医療と介護の連携が進むことにより、安心した老後が送れることになると思う。しかしながら実際に家族に介護を必要とする人がいると、家族が参ってしまう。介護施設に運よく入れる、あるいは懐に余裕があって、24時間体制で民間の介護サービスを受けられる人は良いが、介護保険だけでは、せいぜい一日30分~1時間程度のサービスを受けられるだけで、残りの時間は、家族が見なければならない。

 

私事で恐縮だが、足の悪い母を介護していた折、夜中に数時間置きに「トイレに行きたい」と呼ぶ。冬の寒い夜、トイレに何度も付き合うとこちらの身体が芯まで冷えて、床に就いてもなかなか寝付けない。困り果てて、ベッドの横に新しく水洗トイレを用意した。衝立のような壁を作り、外からは見えないのだが、恥ずかしいのか、慣れたトイレが良いのか、結局ほとんど使ってくれなかった。

 親を殴るわけには行かないので、夜中のトイレに付き添っている間、私はスリッパを壁にぶつけて、憂さ晴らしをしていた。最近では、ケアラーズカフェが出来、話をするだけでも癒されるだろう。家族を介護する人は、生活環境が変わり不満が募る一方、素直に家族をいたわれない自分を責めるなど精神的にも参ってしまう。また、私の場合、母の介護をしはじめた頃に60歳になり、すぐに年金をもらえたため、仕事が無くてもなんとか暮らせたけれど、年金がもらえない年代の場合、仕事と介護の両立は厳しいだろう。

 私の周辺では、ご主人の具合が悪くなり、それまで多様な趣味のサークルに参加し、活き活き暮らしていた奥さんが病院の付き添いやら夜中のトイレ介助やらで、精神的にも体力的にも弱っている方が多い。

 

車椅子で散歩をするとご機嫌だった母

 

 高齢世帯や高齢単身世帯が増え続ける中、家族介護だけに頼るのは限界がある。また、働き盛りの家族が介護の真っただ中にいる現実もある。育児と介護のダブル介護、介護離職問題など、介護者側にとっても介護の課題は山積している。

 介護者や家族は、デイサービスやショートステイ、夜間対応型訪問介護など、介護者のサポート機能があるサービスや特徴をよく知って、活用できる力をもつことも大切だ。また、介護離職を防ぐ取り組みを企業や地域で支える視点も重要になるだろう。今後は西東京市で、介護者、家族を支える体制づくりにも是非力を入れてほしい。

 

 一人暮らしの高齢者は?

 

 ところで、私は70歳の一人暮らしの高齢者である。母には私という介護者が居たけれど、私には家族は居ない。フレイル予防をし、健康寿命を延ばしてPPK(ピンピンコロリ)となってくれれば問題はないが、なかなかそう上手くは行かないだろう。かかりつけ医は居るので、要介護になれば、ケアチームを作ってもらい自宅で暮らすことになるのだろうが、一人でやっていけるだろうか。

 このところ、同じ住宅内で同じくらいの年ごろの一人暮らしの女性が2人も孤独死している。医療と介護の連携、自宅での看取りなどの話題が、他人ごとではなくなってきた。
(写真・画像はすべて筆者提供)

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

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