第2回 東禅寺のヤブツバキ


絵筆探索_タイトル
大貫伸樹
ブックデザイナー

 


 

水彩画・東禅寺のツバキ ©大貫伸樹 (禁無断転載 クリックで拡大)

水彩画・東禅寺のヤブツバキ ©大貫伸樹 (禁無断転載 クリックで拡大)

 


 

 住吉町・尉殿じょうどの神社の参道を横切る細道をひばりが丘中学校へ向かう途中の生け垣の中に、大きなヤブツバキの木を見つけた。見事な樹勢に魅せられ、翌日、ヤブツバキが生えている東禅寺の墓所を訪ねた。近くに寄れば根張りや枝ぶり、濃い緑の葉の中に見え隠れする濃い紅色の花、そのどれもが美しく思わず「惚れてしまうやろ!」と叫びたくなった。

 偶然お会いした住職は、「その道の専門家の話によると、このやぶツバキの木は樹齢400年以上になり、都内では5本の指に数えられる銘木のようです。根元にある保谷出雲守直政の墓碑が建立された時と同じ頃に植えられたものと思われます。」と話してくれた。保谷出雲守直政とは、「東禅寺由来記」によると、文禄3(1594)年に東禅寺を開基し、保谷六苗(保谷、下田、岩崎、中村、野口、桜井)と共に上保谷を開墾した重立おもだち百姓と伝えられている。

 銘木といわれるヤブツバキはお寺や神社で見ることが多いが、足田輝一は「…この列島の南の大部分をおおっていたのは、照葉樹林だった、と想像される。これは広い葉の表面に光沢をもった常緑の樹種、例えば、シイ類、カシ類、クスノキ、ヤブツバキなどが主となっている林である。…神事に用いられる、サカキ、シキミなどもそういう照葉樹林のひとつである。その照葉樹林のなかで、真紅の花をひらくツバキは古代人の心に、神秘的な印象をあたえ、彼らの生活のなかで、神秘の木として存在してきたのではなかろうか。」(『樹の文化誌』朝日選書)という。

 市内のお寺や神社を散策していると、冬枯れの樹木のなかにヤブツバキの濃い緑色に輝く葉が、太古を彷彿させひときわ際立って存在を主張している。古来より霊力をもつ神秘的な木として畏怖されてきたヤブツバキも、今日ではすっかりその神秘性は薄れてしまった。ツバキはバラに次いで品種の多い人気の観賞用花木になってしまい、境内は、より華やかに咲き誇るサザンカ、梅、臘梅などの冬咲きの花木に席巻されて存在感を失ってしまったからなのだろうか?

 

東禅寺ツバキ地図2-960

(筆者作成 クリックで拡大)

 


 

 

装幀書籍
【筆者略歴】
大貫伸樹(おおぬき・しんじゅ)
 1949年、茨城県生まれ。東京造形大学卒業。ブックデザイナー。主な装丁/『徳田秋声全集43巻』(菊池寛賞受賞)、三省堂三大辞典『俳句大辞典』『短歌大辞典』『現代詩大辞典』など。著書/『装丁探索』(ゲスナー賞受賞、造本装幀コンクール受賞)。日本出版学会会員、明治美術学会会員。1984年、子育て環境と新宿の事務所へのアクセスを考え旧保谷市に移住。

 

 

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