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第9回 見守りの力


 三輪隆子(みわ内科クリニック)


 

 保谷駅北口でクリニックを開業して10年が経過しました。全く縁のなかったこの地に開業して、かかりつけ医として受け入れていれていただけるのだろうかと、不安を抱えながらの10年でしたが、最近は、多くの患者さんに受診していただき、病気の時だけでなく、健康診断で問題を指摘された時、家族のことで心配があるなど色々なことを相談していただけるようになりました。

 

かかりつけ医になる

 「先生の専門ではないと思うのだけれど、とりあえずまず三輪先生に聞いてみようと思ってきました」「今日は風邪でかかったけれど、どこに相談していいかわからないので他の事だけど聞いていいですか?」と言っていただくとき、ああ、私はかかりつけ医になったのだと感じます。身近にいて何でも相談できる医者、それがかかりつけ医です。いろいろな質問に答えられるように、もっと勉強して医者としての実力をあげ、さらに他の医療機関や職種の方々との連携を強化していく必要があると強く感じています。

 もうひとつ、地域の医者になったのだなと感じるのは、街を歩いていて声をかけていただくときです。通勤時、昼食に出かけた時、自転車で往診に出かけた時、すれ違いざまに挨拶してくださる方、どうもありがとうございます。仕事柄、こちらから声をかけていいものかと悩むのですが、声をかけていただくのはとても嬉しいものです。

 ある朝、通勤電車の中で、女子中学生から「先生」と声をかけられてびっくりしました。「前から時々同じ電車で通っています。先生は気づかなかったみたいだけど、今日は挨拶してみました」。可愛い笑顔と元気な声に、思わず頬が緩みました。その日一日いつもより元気に仕事ができました。「保谷駅で朝すれ違ったけど、顔色が悪かったよ。頼りにしているんだから、無理しないで体に気をつけてね」と、受診した時に私の事を気遣って下さった方もいます。こんなこと、病院勤務の時にはほとんどありませんでした。皆様のお心づかいに感謝しながら、地域の一員であるかかりつけ医として役割を果たしていけるように、なお一層頑張らなければと思います。

 

町の様子が気になる

 一方で、私も、保谷の町を歩きながら皆さんの様子を気にかけています。
 朝の通勤時、保谷駅の改札口ですれ違うたくさんの人々の中に見知った顔が何人もいます。
「あの人、昨日風邪で受診したけど今日は会社に行くのね。元気になってよかった。それとも無理して出勤しているのかしら。顔色は悪くなさそうだけど…」
 風邪で受診する方は当然良くなれば受診しません。来ないのは元気になったからと思っていますが、元気な姿を直接見ることができると安心します。

 定期に通院しているご高齢の方が散歩している姿をお見かけすることもあります。「あの方、歩くのは大丈夫って言っていたけれど、歩くとき脚の出が悪いみたい」など、遠くからお姿を見ながら考えています。次の診察の時に、その様子を思い出して日頃の状態をお聞きするきっかけになります。

 特に認知症のある方は、診察室では生活の様子がわかりにくいです。御家族もずっと一緒にいるわけではないので、良くわからないこともあります。クリニックの外でお会いすると色々な様子が見えてきます。毎月診察室でお話ししているときには、良くお話をしてくださるのに、外で会ったときには私がだれかわからなくなっている方がいます。そのような方が、お一人で歩いている時には注意深く観察して困っていることがなさそうか確認しています。

 

温かな目が支える

 以前、ある御夫婦がそろって通院されていました。ご主人は中等度の認知症で奥様が介助をしていました。診察室でも前回受診した事を覚えていることが困難で、主治医である私のことも覚えるのは難しい様子でした。奥様にも軽い認知症が始まっていましたが、何とか二人で生活していました。

 二人は色々なところに外出するのが趣味で、電車やバスに乗って毎日のように出かけていました。ある日、昼休みに保谷駅の改札の前を歩いていると、その奥様が改札前を横切って階段を下りていきました。今日はバスで出かけるようです。ところが奥様が見えなくなってもご主人の姿がありません。今日は一人なの? と気にしていたら、ようやくご主人がエスカレーターを上がってきました。改札の前まで来て奥様の姿が見えないのできょろきょろと周りを見回しています。そのうち券売窓口に行って、また周りを見ています。もしかしたら電車に乗ると間違えているかもしれない、そろそろ声をかけた方がいいかと思った頃、奥様が戻ってきました。「何しているの」「バスに乗るんでしょ」と怒ったように声をかけていました。ご主人は、怒られながらも奥さんの姿を見てホッとした表情になりました。その後お二人仲よくバス乗り場に歩いていきました。

 短い時間のなかで、お二人の色々な様子を知ることができました。とくに、御主人を支える奥様の見守る力が落ちてきているのが気になりました。さっそく、ケアマネージャーやヘルパーさんに様子を伝え、お二人がこれからも安全に外出できるようにするためにどのようなサポートができるかを話し合いました。

 このお二人は、きっと私達のような医療や介護の専門職だけでなく、近所の方、お店の方、駅の職員の方など多くの方に見守っていただき、好きな外出をしておられたと思います。このような見守りがあれば地域で暮らせる方が沢山います。どうか皆様の温かい目で困っている方を見守っていただきたいと思います。

 

 

©ks_skylark

 

 
【筆者略歴】
 三輪隆子(みわ・たかこ)
 認定内科医、神経内科専門医、身体障害指定医(肢体不自由、音声言語、平衡機能障害)。西東京市医師会理事。
 静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。信州大学卒業後、信州大学第3内科入局。佐久総合病院で地域医療を研修後、東京都立神経病院、狭山神経内科病院で神経疾患、難病の診療に従事。1995年(平成7年)国立身体障害者リハビリテーション病院神経内科医長。リハビリテーションのほか社会復帰、療養・介護など福祉的な問題にも取り組む。2007年(平成19年)1月「みわ内科クリニック」院長。2013年(平成25年)6月医療法人社団エキップ理事長兼務。2017年(平成29年)4月から理事長。

 

 

 

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