Print This Page Print This Page

第26回 自治体経営を自分ごととして考えるゲーム


  富沢このみ(田無スマイル大学実行委員会代表)


 

 まちの主人公は、市民である。しかし、市民の多くは、まちの行く末に自分が関与できるなんて思わず、行政や政治家がなんとかしてくれるだろうと任せっきりにしている。私は、以前から、「まちの主人公である市民がまちの経営を自分事として考えられる方法」は、ないものかと思ってきた。そんな折、熊本県庁職員が自主的に開発した「SIM熊本2030」のことを知った。

 

「SIM熊本2030」から全国各地へ

 

 「SIM熊本2030」(https://www.vled.or.jp/symposium2015/training/sim_KUMAMOTO.pdf)とは、熊本県庁職員の自主活動グループ「くまもとSMILEネット」が2014年に開発した自治体経営シミュレーションゲーム。高度経済成長期には、地方自治体は、「あれも、これも」やることができた。しかし、人口減少や高齢化で財政が厳しくなっており、今後は、「あれか、これか」と取捨選択せざるをえない。

 

 

 厳しい選択を迫られるなか、ややもすると、高齢者と若者、中山間地と都市、福祉と産業振興などの対立が生じてしまう。このゲームでは、参加したメンバーがそれぞれ部局の長となり、2030年に「住みたいまち」になるためには、どんな事業を実施し、どの事業を廃止するか、対立ではなく対話を通して判断していく。

 「くまもとSMILEネット」では、このゲームを体験した人には、ゲームのデータを公開している。ゲームを体験した他の自治体職員やまちづくり関係者がSIMファンとなり、各地でそれぞれの地域課題に対応した「SIM(地名)2030」が生まれている。

 前述のように、私は、以前から、「市民がまちの経営を自分事として考えられる方法」は、ないものかと探していたにもかかわらず、最近まで、このゲームの存在を知らなかった。一度は体験しないと、データを得られない。運良く「SIMふくおか2030」が東京で実施されることを聞き、早速、受講することにした。

 

「SIMふくおか2030」を体験

 

 3月17日(日)、日本橋の会議室は、熱気でムンムンしていた。この日の正式なタイトルは、「財政出前講座 with SIMふくおか2030 in 日本橋」。講師は、先日『自治体の“台所”事情-“財政が厳しい”ってどういうこと?』(https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885?fbclid=IwAR07pRyozeR7OtkBjLj0ayExh_ovxcLo8L1lzK3lhwwegZNoPgAuWpFe1yY)という著書を出したばかりの今村寛さん。

 

講師の今村寛さん

 

 

 今村さんは、現在、福岡市経済観光文化局中小企業振興部長だが、その前が財政局財政調整課長だった。財政を担当していた時の切実な課題(注1)から、庁内の多くの行政職員に財政のことをもっと知ってもらいたいと始めたのが「財政出前講座」。そんな折、「SIM熊本2030」と出会い、「SIM」と組み合わせると、より財政のことを理解してもらいやすいと感じ、2つをセットで実施するようになった。自治体の財政が良く分かると評判になり、もともとは、福岡市役所内の出前講座だったのだが、他の地方自治体からも講演依頼が殺到、全国を飛び回っている。

 (注1)行政が予算を決めるにあたって、2つの方法がある。①財政課が全ての予算要求調書をチェックする「一件査定」と②財政課は各部局の枠を決め、現場を良く知る各部局が枠の中で事業の見直しを含め、予算を決めていく「枠配分予算」だ。どちらにも一長一短があるが、今村さんは、①から②に移行することにより、現場に責任と権限を委ねたいと思った。しかし、これを上手く機能させるには、各部局の職員が自治体の財政が厳しいことを理解し、他部局と対話を重ねて、市全体としての判断ができるようになることが不可欠であった。

 

自治体の財政が厳しいとは(福岡市を例に)

 

 まず、財政出前講座。福岡市を例として、自治体財政の仕組みと将来展望についての概要が説明された(注2)

 ① 福岡市の歳入は、約8,000億円であるが、うち半分は、特定財源(使途が特定の事業に限られる)であり、使途が自由に決められる一般財源(市税や地方交付税など)は、残りの半分であること。

 ② 福岡市は、人口が増えており、市税収入は、増えると予想される。しかし、税収が増えると地方交付税(地域間の財源の不均衡を調整するもの)が減少するため、一般財源総額は、わずかな伸びにとどまる。

 ③ 一般財源ベースの経常的経費の今後を考えると、政策変更がない限り(既存事業を廃止する判断が無い限り)増加し続ける。

(ア) 人件費は、横ばい(人口1万人当りの職員数、平均90人のところ、福岡市は62人であり、これ以上の削減は難しい)
(イ) 公債費は、高止まり(バブル時代に多くの公共投資をし、公債が増えた。公共投資は、現在減少しているが、市債は、長期にわたって分割して返済するため、当分高止まりが続く)
(ウ) 社会保障関係費(高齢福祉、生活保護、障がい福祉、保健衛生等)は、増加が続く
(エ) 公共施設等の改修・修繕(公共施設の老朽化が進んでおり、維持保全・長寿命化を図る)が不可欠

 ④ 一般財源総額と経常的経費のすき間が政策的経費(重要施策の推進や新たな課題に要する経費)であるが、経常的経費が増加し続けるため、政策的経費に使える財源は、減少傾向にある。

 (注2)以上は、おおまかな内容であり、詳細は、前述の著書を参照して欲しい。

 

福岡市の財政推移と今後の見通し(2022年まで)
(出所)今村寛「財政健全化ってなんだろう?」(当日配布資料より)

 

 

 福岡市に限らず、どの自治体も似たような状況に置かれている(福岡市は、人口が伸びているが、人口が減少し、税収が増えないもっと厳しい状況の自治体もある)。この財政出前講座によって、受講者は、地方自治体は、新しい課題に対応するには、既存事業を見直さざるを得ない厳しい「台所事情」にあることを共有した。

 

「SIMふくおか2030」の概要

 

 次に、昼食を挟んで、いよいよ「SIMふくおか2030」の体験だ。
 6人1組となり、それぞれが架空都市「えふ市」の局長(総務・財政、市民・防災、福祉・こども、環境・農水、経済文化、まちづくり)に任命される。各局長には、1枚1億円規模の既存事業のカードが3枚配られる(たとえば、まちづくり局の場合:①都市の交通ネットワーク強化、②自転車と共存するまちづくり、③公園の活気づくり)。

 2020-2024年、2025-2029年の5年ごと(各25分内)に、迫りくる課題に対して、どのように対応するか、費用をどのように捻出するかについて、他の局長と対話しながら「市としての判断」をしていく。たとえば、2020-2024年には、社会保障費が2億円増加する。一方、新しい課題に対応するために、それぞれ1億円かかる以下の新事業2つが提案される。

 ① 一人暮らし高齢者の見守りサービス導入(地元で起業したベンチャーが開発したスマートフォン搭載アプリ「お相手くん」をカスタマイズし、認知症の兆候を察知するほか、外出を促す等の新サービス)
 ② 老朽化した博物館のリニューアル(リニューアルに当たり、集客が見込めるMICE:Meeting、Incentive travel、Convention、Exhibition/Event振興(注3)に役立つ機能を拡充)

 放っておいても増える社会保障費2億円を捻出するために、各局長が担当している3つの事業のうちどれを廃止するか、あるいは、赤字地方債(注4)を発行するかどうか決める。また、提案された2つの事業について、それぞれを実施するかしないか、実施するとしたら、どの事業を廃止するのか、あるいは赤字地方債を発行するかどうかを決める。それぞれの局長は、自分のところの既存事業に愛着があるものの、対話を通し、市として大局的に考えた場合、廃止もやむを得ないと判断していく。

 

各テーブルで6人の局長が迫りくる課題にどのように対応するか真剣に対話中

 

 分かりやすくするために、ゲームでは、新たに実施する事業も、廃止する可能性のある事業も全て1億円としている。また、多くの事業を一律10%カットする、あるいは、事業を統合するという費用捻出する方法は、使わないルールである。

 ところで、このように行政の各局長が対話をしながら財政案を決めても、それだけでは、市の財政は、決まらない。議会に対し、何故このような判断に至ったかを論理的に伝えられないと、議会からやり直しを求められる。ゲームでは、隣のチームが議員としてやってきて、行政の判断を査定し、突っ込みを入れてくる。

(注3)MICEは、観光庁が進めている施策。http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/mice.html
(注4)地方自治体が発行できる地方債は、原則として投資的経費(建設事業関係の経費)の一定部分に充てられ、赤字を補てんするための発行は認められていない。しかし、ゲーム上、赤字国債の地方版である赤字地方債の発行が認められている。

 

隣のチームが議員としてやってきて、何故この事業をやるのか止めるのか、説明を求める

 5年間ずつ2ラウンド終了したのち、各チームは、自分達が政策決定してきた結果としての2030年の「えふ市」が本当に良いまちになったかどうかを改めて見つめ直す。

 

地域によって多様なSIM

 

 早稲田大学マニフェスト研究所(注5)http://www.waseda-manifesto.jp/)事務局次長・招聘研究員の青木佑一さんによれば、SIMは、「対立を対話で乗り越える」などの基本は同じだが、対象や目的により、各地のSIMには、さまざまなタイプがあるという。

 熊本や福岡は、主に職員を対象とし、人材育成や組織変化を目的としている。熊本県では、職員の人材育成に重きが置かれており、職員が陥りやすい罠について厳しく突くのが特徴。たとえば、「対話になっていますか」「住民不在の議論になっていませんか」「各局がバランスを考えて予算を一律に削減し、ありたい未来に対する重点投資を避けていませんか」など。福岡市では、既に見てきたように、財政への理解力を高めること、対話を通して縦割り組織の弊害を減らすことを主眼としている。

 一方、山形県酒田市では、市民と職員が協働して総合計画を作るためにSIMを活用している(https://www.city.sakata.lg.jp/shisei/shisakukeikaku/kikaku/shinkeikaku/miraikaigi03.files/03wshokoku.pdf)。SIMを通して、日頃付き合いのない市民と職員が互いに向かい合うことや市民に地域の社会課題を理解してもらうことを狙っている。「行政の都合でこの予算は削ります」では市民は納得しない。しかし、「ありたい姿」を皆で描いたうえで、これは削減しますといえば納得してもらえる。市民が納得する総合計画をつくるには、こうしたプロセスが有効である。

SIMの活用方法や各地のSIMの特徴を解説してくれた青木さん

 「埼玉けんみん会議」では、若者に地方自治への関心を深めてもらうためにSIMを活用している。「埼玉けんみん会議」は、高校で現代社会を教える教諭や会社員らでつくる市民グループ。青木さんも参画して作成した「SIM埼玉2040」は、2月に浦和で体験講座が実施された(http://citizenship-edu.strikingly.com/blog/sim-2040)。高校生や大学生6人と、富士見市や朝霞市の市議、高校教諭ら10人の計16人が参加した(注6)

 このように、対象や目的によって各地のSIMは、それぞれ特徴があるものの、「地域社会の未来をリードする人材の育成」という意味では、一致している。現実の厳しさを理解しつつも、もっと良い未来をつくるために行動していく人材だ。

 青木さんは、「現実のまちづくりでは失敗できないので、SIMで一度失敗してもらう方が気づきがあって良い」という。自分達が事業を取捨選択した結果出来た未来のまちの姿を見て、これは、本当に自分達が望むまちなのだろうかと振り返り、「ありたい姿」を再考、改めて「ありたい姿」と現実とのギャップを埋めるための政策を考えるというプロセスに持っていくのが望ましい。青木さんがSIMを実施する場合、最後に、「1億円のボーナスがあったとして、ありたい姿にするための新しい事業を作ってみましょう」という過程を入れることもあるという。

(注5)元・三重県知事で現・早稲田大学名誉教授の北川正恭さんが顧問をしている。早稲田マニフェスト研究所では、以前から自治体職員を対象に毎年「人材マネジメント部会」を実施してきた。各地のSIM実践者は、ここの卒業生が多い。
(注6)『読売新聞』2019年2月4日(埼玉)

 

西東京市で主権者教育として実施したい

 

 SIMは、各地の自治体職員の間で大きな関心を持たれており、多摩地域では、先日、日野市、多摩市、小金井市と小平市がそれぞれ作成した3つのSIMを合同で体験する会(https://www.facebook.com/events/620505018371117/)が開催された。わが西東京市でも、有志の職員で自主的に勉強を進めているそうだ。

 職員の間だけでなく、先に見た酒田市のように、市民と職員とがSIMを通じて共にまちの未来を考えるという試みを西東京市でも是非実現して欲しい。私自身は、「埼玉けんみん会議」のように、若者を含む市民を対象に主権者教育を実施したいと思っている。そこで、先日、こうしたことに関心を持つ知人に声をかけ、、「SIMふくおか2030」を体験してもらった。しかし、「良い体験だった」とは言ってくれたものの、「早速わがまちでも実施しよう!」という反応は得られなかった。

 その要因の一つは、福岡市をイメージして作成したゲームなので、各局長が持っている事業に対し実感が湧かなかったからかもしれない。各局長は、手持ちの事業に愛着がなく、最初から、大所高所に立って、自分の事業をどんどん廃止してしまった。ご当地版にすれば、もう少しリアリティが持てたかもしれない。そうかといって、余りにもリアリティがありすぎると、生々しくなってしまう。その加減が難しい。

 また、体験者の一人から、「市民を対象にこれを実施した場合、財政がひっ迫しており、ゼロサムで事業を取捨選択せざるをえないことは理解されるだろう。しかし、そのあと、市民に明日から何をしてもらうのかがイメージできない」と言われた。「自分がこれを体験し、『明日からあなたは何をしますか』と問われて、自分は、一体何をしたら良いのだろう」と。

 それを受けて別の体験者から、「総合計画に書いてあることは総花的だ。しかし、それを全て行政がやるとは書いてない。財政がひっ迫しているならなおのこと、市民がやることがあるはずだ。たとえば、ゴミのポイ捨てを無くせば、あるいは、まちの清掃を市民が実施すれば、シルバー人材センターに委託している清掃費用をこれだけ浮かすことができる…といった市民の行動に直接結びつく話が出やすいよう設計すると良いのではないか」との意見があった。

 市民を対象に主権者教育をしたいと思うなら、①ご当地化、②市民の行動に結びつく仕掛けを工夫が必要そうだ。う~ん、出来るか私。
(写真・画像はすべて筆者提供)

 

 

05FBこのみ【著者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。大手銀行で産業調査を手掛ける。1987年から2年間、通信自由化後の郵政省電気通信局(現総務省)で課長補佐。パソコン通信の普及に努める。2001年~2010年には、電気通信事業紛争処理委員会委員として通信事業の競争環境整備に携わる。
 2001年から道都大学経営学部教授(北海道)。文科省の知的クラスター創成事業「札幌ITカロッツエリア」に参画。5年で25億円が雲散霧消するのを目の当たりにする。
 2006年、母の介護で東京に戻り、法政大学地域研究センター客員教授に就任。大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」の兼任講師(2017年まで)。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2016年より下宿自治会広報担当。
 主な著書は、『「新・職人」の時代』』(NTT出版)、『新しい時代の儲け方』(NTT出版)。『マルチメディア都市の戦略』(共著、東洋経済新報社)、『モノづくりと日本産業の未来』(共編、新評論)、『モバイルビジネス白書2002年』(編著、モバイルコンテンツフォーラム監修、翔泳社)など。

(Visited 134 times, 1 visits today)