第8回 大谷石造りの蔵
石塀などによく見ることが出来る大谷石の名声を決定的にしたのは、大正元年(1912年)に完成した、巨匠フランク・ロイド・ライトの設計による旧帝国ホテルライト館でした。1923年9月1日完成披露宴の当日、披露宴の準備の最中に関東大震災に遭遇しました。しかし、大きな被害を受けず、ほぼ無傷のまま残ったことで、優れた耐火性が実証されたのです。
大谷石とは栃木県宇都宮市西部に位置する大谷町付近で産出される緑色凝灰岩のことです。一般家庭でも石塀や蔵に大谷石が用いられるようになったのは、帝国ホテルの耐火性や堅牢さが伝わった昭和時代になってからではないかと思われます。
身近な話で考えると、タバコ農家が多い茨城県の父の田舎で多くの農家が乾燥小屋を大谷石で改築したのも、私の実家が新築したときに大谷石の塀を巡らしたのも、東京オリンピックの頃でした。
そんな懐かしさからか、今回絵のモチーフに選んだ大谷石の蔵に出合ったときは、つい自転車を止め近づいて見上げてしまいました。背後にそびえる大きなケヤキの木が一緒になって、「のんびり休んでいきなよ」と、手まねきしてくれているように思えたのです。昔の親友たちに50数年ぶりに出合ったようで、肩の力が抜け、蔵に向かって肩をすぼめながら微笑んでしまいました。癒されるとはこんな感覚なのだろうか?
大谷石の普及に、あの落水荘の設計者・ライトが間接的ながら関わっていたのか、と思いながら眺めていると、心なしか大谷石の蔵が誇らしげにしているように見えてきました。「帝国ホテルとは親戚サ!」なんて言っているように思えました。
【筆者略歴】
大貫伸樹(おおぬき・しんじゅ)
1949年、茨城県生まれ。東京造形大学卒業。ブックデザイナー。主な装丁/『徳田秋声全集43巻』(菊池寛賞受賞)、三省堂三大辞典『俳句大辞典』『短歌大辞典』『現代詩大辞典』など。著書/『装丁探索』(ゲスナー賞受賞、造本装幀コンクール受賞)。日本出版学会会員、明治美術学会会員。1984年、子育て環境と新宿の事務所へのアクセスを考え旧保谷市に移住。