第5回 東京大学田無農場孵卵室


絵筆探索_タイトル
大貫伸樹
ブックデザイナー

 


 

水彩画・東京大学田無農場孵卵室©大貫伸樹 (禁無断転載 クリックで拡大)

水彩画・東京大学田無農場孵卵室©大貫伸樹 (禁無断転載 クリックで拡大)


 

 門をくぐると、右奥の雑木林の間から見え隠れする木造二階建ての学生宿舎がある。あの木村拓哉主演「眠れる森」(フジテレビ「木曜劇場」、平成10年)の回想シーンに登場した建物だ。このテレビドラマの舞台になったことが、私が東京大学田無農場(正式名称は東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構)に興味を持つ切っ掛けになった。

 それ以降は、毎月1〜2回は必ず足を運ぶお気に入りスポットになった。広い空とあふれる緑が織りなす広大な空間は、都心で仕事をする私の癒しの場所であった 。そして何よりも、農場が移転した昭和5〜10年に建てられた、木造の農業施設がたくさん残っているのに魅せられている。

 大正12年に起きた関東大震災以降、耐震構造への関心が高まった。ちょうどその頃、構造を専門にしていた内田祥三教授が東京大学営繕課長だった時期に建てられた東大田無農場の建物には、梁のトラス構造や接合部分の金属などにその研究の跡をで見ることができる。旧乳牛舎を修復したという農場博物館は、毎週火曜日、金曜日に入館することができるので、そんな建物の構造を確認することが出来る。

 今回、水彩画のモチーフに選んだ旧孵卵室は、20棟ある木造建築の中で最も好きな建物だ。しかし、残念ながら今は立ち入り禁止区域になってしまい、見ることさえできなくなってしまった。そのため、東京大学准教授・宮沢佳恵さんにお願いして、撮影していただいた。送られてきた写真は、旧孵卵室北側の桜が満開のときに撮影したもので、桜を背景にした孵卵室が、一年中で最も華やかに見える最高の瞬間を切取った美しい映像であった。

 他の建物は倉庫のような機能性を重視して建てられているが、旧孵卵室は、招き造りの屋根のてっぺんに小さな煙突がしつらえてありどことなく愛らしい。中からお伽噺のキャラクターがでて来るのではないか、などとロマンチックな期待を抱かせてくれる。建物の中をのぞいたことはないが、壁面には泊まりがけで卵の孵化を世話するためのベッドが取り付けてあるという。大の男が、夜明かしでヒヨコが生まれるのを待つ姿を想像すると、この建物がますます愛おしくなる

 

(筆者作成 クリックで拡大)

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装幀書籍
【筆者略歴】
大貫伸樹(おおぬき・しんじゅ)
 1949年、茨城県生まれ。東京造形大学卒業。ブックデザイナー。主な装丁/『徳田秋声全集43巻』(菊池寛賞受賞)、三省堂三大辞典『俳句大辞典』『短歌大辞典』『現代詩大辞典』など。著書/『装丁探索』(ゲスナー賞受賞、造本装幀コンクール受賞)。日本出版学会会員、明治美術学会会員。1984年、子育て環境と新宿の事務所へのアクセスを考え旧保谷市に移住。

 

 

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