第2回 事業所を選ぶ


 斎藤澄子(社会福祉士・精神保健福祉士)


 

 平成12年(2000年)の介護保険制度開始に伴い、福祉の世界に、「利用者による選択」という概念が入ってきました。(この流れは、その後、障害者制度や保育など、多くの福祉制度に採り入れられています)

 その結果、サービスの利用者は、それまでお役所が決めてくれていたサービス内容、利用の頻度、サービス提供事業所などについて、自ら選択することを求められるようになりました。「選ぶ権利」を獲得したと言えますが、同時に「選ぶ苦しみ」も降りかかってきたのです。特に、介護保険の場合は事業所の数が多いので、選ぶのも大変です。

 

  評判はどうですか?

 

 私の勤務する某区の相談窓口に、ときどき、こんな電話がかかってきます。

 「これから、○○という事業所を利用しようと思うが、評判はどうですか?」

 対応に苦慮する質問の1つです。一応、公的な機関なので、評判がよくても悪くても、特定施設の事業所の評判をそのまま区民に伝えることはしていません。

 それでも、問題のない事業所に関する問い合わせであれば、まだ、気が楽です。声も明るく、「立場上、特定の事業所の評判をお伝えすることはできませんが、とりあえず、こちらに苦情は入っていませんよ」と申し上げることができます。

 答えに窮するのが、利用者や家族から(ときには、従業員からも)苦情が入っている、介護の質や従事者の接遇等に問題がある事業所の場合です。何も情報提供しなければ、利用者がみすみす不幸になることは見えている、それを見過ごしてよいものか、という気持ちになります。

 そういうときは、とりあえず、努めて明るい声で、「う~~ん」と言います。お察しください、という気持ちを込めて。そして、「いいとも悪いとも言えませんが、受付の対応や職員の人柄を見てから、利用を決めていただくといいですね」と申しあげることが多いです。

 「それでは、相談機関の役割を果たしていないじゃないか!」とお叱りを受けることがありますが、一部の苦情で全体を判断することは危険ですし、苦情が多い事実をそのまま伝えて、営業妨害で訴えられても困りますから。

 

イラスト= © 手島加江

イラスト= © 手島加江

 

 ネットで調べる

 

 事業所自身のホームページのほかにも、ネットで入手できる事業者情報が、いくつかあります。

 私の実感に近いものとして、比較的よく参考にするのが、国の「介護サービス情報公表システム」です。都内事業所なら「とうきょう福祉ナビゲーション」(福ナビ)で、都外の事業所なら「WAM-NET」で、事業所情報を入手することができます。

 それぞれのトップページから「事業所情報」を選び、事業所名を入力します。ページを開いたら、「公表情報詳細」をクリック。事業所を運営している法人の情報、運営方針、従事者の資格や退職者の数などを具体的に見ることができるので、ページの隅々まで見てみてください。

 この公表情報の中で、私が好きなのは、「安全・衛生管理」「サービスの質の確保への取組」「利用者の権利擁護」など、7つの分野に関するチャート図です。充足状態が図示され、都道府県の平均と重ねて、比較することができるようになっています。

 公表の項目は、きちんと職員に研修しているか、感染症予防のマニュアルがあるかなど、法律に定められているわけではないものの、実施されることが望ましいと考えられる内容が盛り込まれています。介護保険法や厚労省令の運営・人員基準を満たしていることをいいことに、「法律さえ守っていれば、いいだろう」という方針の事業所チャートは当然低く表れます。

 きれいな七角形であればまずまずの事業所、と見ることができますが、中には、乱杭歯のようにいびつになっていたり、あまりにレベルが低くて、形を成していない事業所もあります。そのような事業所は、避けたほうがよろしい。

 「介護サービス情報公表システム」では、ほかに「評価情報」を見ることもできます。公的に認められた審査機関による「第三者評価」の結果ですが、私は、「利用者アンケート」以外は、あまり参考にしていません。「第三者評価なんて、調査員が来たときだけのこと。前の日に大掃除したりして、ハ、ハ、ハ」という職員の声を聴いたことがあります。

 あと、事業所のホームページも参考になります。見どころは、「職員採用」のページ。給与のレベル、条件、研修の有無などから、どれほど、職員を大事にしようとしているかを見て取ることができます。介護は人的要素が多い仕事ですから、職員のモチベーションが低ければ、高い質は望めません。

 

 めげずに、チャレンジ

 

 事業所選びには、次のようなむずかしさがあります。

 1つは、事業所は生きているということです。ある時点でどれほど評判がよくても、職員が退職したり、管理者が代わったりすると、急に苦情が増えることがあります。「以前のヘルパーは感じがよかったのに、今度の人は仏頂面で」とか、「施設長が代わったら、急にお金に細かくなった」などの話はよく耳にするところです。

 2つ目に、利用者や家族と事業所には、相性があるということです。入居金は高額なものの、かゆいところに手の届くようなサービスが売り物の有料老人ホームを退去した利用者の話を聴いたことがあります。「職員はいつも敬語だし、他の入居者はセレブっぽい人ばかりで、もう窮屈で窮屈で……」とのことでした。

 どんなサービス内容でも、万人に合うというわけにはいきません。お試しができるなら、お試しをしたほうがよいし、合わないと思ったら、早めに他の事業所に変えるほうが、利用者や家族のためになると考えます。

 多くの相談を受けていると、「最終的には、運かなあ」と思うことがあります。
 運のいい人は初めから素晴らしい事業所・職員に出会うことができるし、運が悪いと、とんでもない事業所に出会ってしまう。

 ただ、私は、人の運は全員に同じ量だけ与えられていると考えています。5人目で、素晴らしいケアマネジャーに出会って、とても幸せ、ということもあるのです。

 幸い、介護保険では、特別養護老人ホーム以外は、事業所変更が容易な仕組みになっています。めげずに、チャレンジしましょう!

 

 

【プロフィール】
 斎藤澄子(さいとう・すみこ)
 福岡県出身。都内某区で高齢者の相談業務に従事。社会福祉士・精神保健福祉士。元看護雑誌編集長。趣味はトランペット演奏、長年の「少年隊」のファン。
 手島加江(てじま・かえ)
 イラストレーター。1980年桑沢デザイン研究所卒業。82年頃よりフリーとして活躍。広告、雑誌、書籍、CDなど。個展、グループ展など多数。

 

【関連先リンク】
・とうきょう福祉ナビゲーション(福ナビ)
>> http://www.fukunavi.or.jp/fukunavi/
・WAM-NET(東京都外)
>> http://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/

 

 

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