北多摩戦後クロニクル 第46回
2013年 小平市で東京都初の住民投票 問われた民主主義のあり方

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年11月21日

 2013(平成25)年、小平市で東京都初の住民の直接請求による住民投票が実施された。問われたのは、国指定史跡の玉川上水を分断する半世紀前の都道整備計画を住民参加によって見直すべきかどうか。住民投票は投票率が成立要件の50%に達しなかったために不成立となり、投票用紙は開票されることなく廃棄された。全国的に注目された住民投票は民主主義のあり方をめぐる議論を巻き起こした。

 

玉川上水緑道

道路計画予定地の玉川上水緑道

 

玉川上水を分断する道路計画

 

 問題となった小平都市計画道路 3・2・8 号府中所沢線は、高度成長期さなかの1963(昭和38)年に計画決定された。府中市から国分寺市、小平市、東村山市を南北に抜けて所沢市に至る。30年以上凍結状態にあったが、95年から着工が始まり、唯一未着手だった小平市部分について東京都は2010年の説明会で整備方針を明らかにした。

 計画では既にある府中街道と並行して青梅街道から五日市街道までの約1.4キロに、植樹帯と歩道を含む標準幅員36メートルの4車線を新設する。都は計画の目的として▽南北交通の円滑化▽周辺道路の渋滞緩和▽良好な居住環境の確保▽地域の防災性や安全性の向上―などを挙げた。

 しかし、この道路は都が歴史環境保全地域に指定し、国の史跡にも指定された玉川上水を36メートル幅で分断し、豊かな鳥類の生息地で市民が憩いの場として親しんできた小平中央公園の雑木林の半分を削り取る。約220世帯が立ち退きを迫られ、総工費は200億円を超すとされた。

 

計画道路 3・2・8 号府中所沢線

小平都市計画道路 3・2・8 号府中所沢線(東京都建設局ホームページから)

 

 署名活動や要望書などで計画撤回を訴えてきた14の市民団体は2012年、計画見直しの必要性を問う住民投票を実現するため「小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会」(以下、「反映させる会」)を結成し、直接請求に要する「有権者の50分の1」の2倍を超す7183 筆の署名を添えて小平市に住民投票条例制定を求めた。

 これは投票結果に法的拘束力がない「諮問型住民投票」で、議会や首長はその結果を尊重する義務がある。「多摩北部の発展に南北幹線道路は欠かせない」と主張してきた小林正則市長(当時)は議案提出の際、「住民投票は都の道路整備事業に支障をきたしかねない」と反対意見を付した。革新系の小林市長は「住民投票には肯定的スタンス」としながら「都の進める事業に市は一切の権限がない」「他市の工事の大半が進捗している」という状況下の「苦渋の判断」だったと著書『住民投票』に記している。

 市民の直接請求による住民投票は90年代以降、全国で増加傾向にあるが、そのほとんどは議会で否決されてきた。しかし2013年3月、小平市の条例案は賛成多数で可決された。都市計画道路をテーマにした全国初の住民投票、そして東京都初の直接請求による住民投票として小平市の動きは全国的に報道されることになった。

 

投票用紙を廃棄処分

 

 ところが、4月の市長選で3選を果たした小林市長は「住民投票の投票率が低いと市民の意思を反映しているとは言えない」として突如、臨時市議会で「投票率50%未満の場合、住民投票は不成立とし、開票しない」とする内容の改正条例案を提案した。

 「後出しジャンケン」という批判が議会内でもわき起こり、採決では賛成と反対が同数となったが、議長裁決で改正案が可決された。成立要件50%は直前の市長選の投票率37%と比べても極めて高いハードルだった。

 

住民投票

住民投票を告知するのぼり旗(「住民投票の記録」より)

 

 投票は2013年5月26日に実施された。投票率は35.17%で不成立となった。有権者数14万5024人のうち5万1010人が投票したが、開票はされなかった。

 「50%要件」「非開票」についてはマスメディアや市民から厳しい非難の声が上がった。2013年5月29日付け日本経済新聞の社説は「投票に赴いた5万人を超す市民の声を確認すらしないのはやはりおかしい。(略)今回の小平市の事例のように首長が民意を問うことに消極的では、住民の信頼を得ることなどできまい」と批判した。

 「反映させる会」は投票結果の情報公開を市選挙管理委員会に請求したが、非開示が決定。さらに投票用紙の開示を求める訴えを東京地裁に起こしたが、2015年に最高裁が上告を棄却し、市選管は投票用紙を廃棄処分した。

 

小平中央公園の雑木林

道路計画で伐採予定の小平中央公園の雑木林は立入禁止となっている

 

議会制民主主義の欠陥

 

 「反映させる会」が求めた住民投票の特徴は、投票の選択肢を「道路建設に賛成か反対か」ではなく、「住民参加で計画を見直すべきか、その必要はないか」とした点にあった。従来の「糾弾型」とは異なる「提案型」の運動であり、住民参加で街づくりを進める試みだった。

 運動には哲学者の國分功一郎さん、人類学者の中沢新一さん、社会学者の宮台真司さん、作家のいとうせいこうさんら著名文化人がシンポジウムに参加するなどして支援の声を上げた。

 自ら署名運動などに参加した小平市在住の國分さんは「日本では実際に施策を決めているのは行政なのに、立法府である議会が決めるという民主主義の建前によって、主権者である住民が行政の決定過程に関われない。これは民主主義の欠陥。住民が行政に参加できる制度を整えて議会制民主主義を補強していく必要がある」と訴える。「その一つの手段に住民投票があることを小平のケースは知らしめた。大事なのは、それぞれが自分の地域の課題について関心を持ち、話し合い、決めていくことだ」

 

計画道路 3・2・8 号府中所沢線

用地買収は7割進み、住宅はまばらになっている

 

 「反映させる会」共同代表の一人だった水口和恵さんは「行政を変えていきたい」と2017年の小平市長選に立候補して落選した。19年に小平市議となって現在、2期目。住民投票から10年を経て水口さんは「市民が声を上げていくことの大切さは住民投票を通して伝えることができたと思う。望んだ結果は得られなくても、あきらめることなく市民の声を届ける活動を続けていきたい」と話す。

 用地買収は既に7割ほど進んだ。住民たちは行政を動かすべく今も学習会やシンポジウムを重ねている。小平で芽生えた住民自治の動きは途絶えていない。
(片岡義博)

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【主な参考資料】
・小平市選挙管理委員会編「住民投票の記録」(小平市選挙管理委員会)
・小林正則著『住民投票 ドキュメント3・2・8号線と市長の一言』 (自費出版)
・國分功一郎著『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)
・中沢新一、宮台真司、國分功一郎「どんぐり民主主義PART2」(「atプラス16号」)

 

片岡義博
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