総選挙の最大の争点は積極財政―財源は必要なだけつくれる

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2021年8月25日

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第26回

師岡武男 (評論家)

秋の総選挙が近づいてきた。この選挙で、各政党の政策公約に大きく掲げてもらいたいのは、コロナ対策とデフレ対策としての大幅な積極財政だ。それが今後の日本経済の将来を切り開くための、重要な対案であり、与野党どちらが勝っても、新政権に実行してもらいたい政策だからだ。

 

財政破綻論に金縛り

 

公約に掲げても、実行するかどうかは別問題であることは、アベノミクスで経験済みだが、掲げてくれない政党では話にならない、ということだ。

しかし残念ながら、この問題について、選挙を間近に控えた今なお、あまり政党の議論に上っていないようだ。なぜだろうか。多分、財源対策に自信が持てないためだろう。有力政党が、財政破綻論に金縛りになっているからだ。

財政破綻論に根拠はない、という議論は最近かなり活発になってはいる。しかし政府の財政収支を家計や企業になぞらえて、赤字と借金が膨らむと財政が破綻する、という財務省(旧大蔵省)の宣伝が長年続いて、多くの国民の頭にこびりついている。そのため、借金である国債発行で財源を賄う赤字財政は「悪」だと思いこまされている人が多い。しかしそれは、間違いであり嘘なのである。

財政破綻が嘘である理由を一番簡単に言えば、「政府と日本銀行は円という貨幣の発行権限を持っている」ということだ。それが家計や企業とは根本的に違う。具体的な発行には、制度上の回りくどい手続きがあるが、政府は事実上無制限に円貨を発行して使うことができる。従って財政破綻などありえないのだ。その仕組みの基本となる貨幣発行の手続きを、以下に説明しよう。

 

財源は貨幣発行権―税金ではない

 

政府とは、特殊な権限を持った、強力な事業体と言える。その権限の一つが貨幣発行権だ。

政府が財政支出としてカネを民間に支払う際の原則的方法は、政府小切手という証券を渡すことだ。その証券の性格は、日銀券という日銀の負債証書と同等だから、政府の借金証書にほかならない。受け取った民間は、銀行で日銀券に換える。

この政府のカネは、税金という現金収入の手持ちがあってもなくても、日銀の政府当座預金を裏付けとして、いくらでも支払える。しかも日銀への当座預金は、税収とは関係なく事実上いくらでもできる。これが、貨幣発行権の現実の制度であり、政府という事業体の際立った特殊な機能である。

実は、回りくどい現在の仕組みで政府当座預金をつくらなくても、財政法を改正して日銀引き受けによる国債発行を認めれば済むことなのだ。

つまり政府は税収があろうがなかろうがいくらでも、借用証としてのカネを民間に支払うことができる。民間はその借用証を、カネとして受け取る。政府はその借金を「いつ何で返す」とは言わないが、空証文ではない。ではその裏付け(担保)はなにか。

政府と日銀の借用証である硬貨と日銀券に、目に見えるモノの裏付けはない。しかし法律で強制通用力を認められている。また政府は徴税権を持っているので、国民の財産を「強制獲得」(財政学用語)することができる。これらを総合すると、政府・日銀の貨幣発行権の裏付けは、国民のモノ生産の能力と国家権力と言えるだろう。それらの担保を信頼して、国民は法定貨幣を受け取るのだ。

 

政府支出拡大の限界はインフレ

 

政府の支払いは、税収と無関係にいくらでもできるのだが、しかしいくらでも出してよいということではない。その点は、誤解も曲解もされてはならない。支払い額が多すぎてモノの生産能力を超えるとインフレレギャップができるからだ。従って貨幣発行額にはインフレという限界もあるのだが、今の日本経済は大きなデフレギャップがあるのだ。

従ってその限界は、税収との比較とは全く関係がない、というのが、肝心かなめのことである。政府がこだわっている基礎的財政収支の均衡(政策的経費はすべて税金で賄うということ)など、必要ないのだ。そもそも財政収支のバランス自体が無用なことなのである。そのことを端的に強調するのが「税金は財源ではない」というフレーズだ。
では税金は必要ないのか。そうではない。インフレの防止、格差是正などの政策調整のために必要であり、財源対策とはまた別の大きな政策課題である。

 

「出ずるを量って入るを制す」が財政の原則

 

経済生活の収入支出のあり方として、「入るを量って出ずるを制する」(量入制出)という言葉があることはよく知られているだろう。「先立つものはカネ」ということであり、それが普通の常識だ。

しかし政府の財政の原則は、逆の、「出ずるを量って入るを制する」(量出制入)というのが基本なのである。政府の支出には、公共の必要という重みがあるということだろう。

この財政収支原則は、財政学では常識のはずだが、現実の財政運営で活用されず、むしろ、健全財政論による収入重視の感さえある。その結果が小さな政府の緊縮財政だ。しかし経済情勢が「大きな政府」による多くのカネを必要とする現在、この支出優先原則を確認実行することが可能になっている。政府支出に「税は財源ではない」と言い切る意見にはMMT(現代貨幣理論)の影響があるかもしれない。(2021.8.25)

 

参考1
 統合政府は通貨を創って政府支出しており、それで民間に通貨が出過ぎて総需要が総供給能力を超過してインフレが悪化しないよう、民間から購買力を奪って総需要を抑制しているのが租税の客観的機能である。
 したがって、政府の収支バランスをつけること自体には意味がなく、インフレが管理できればよい。これはMMTの主張としてしばしば言われるが、彼らに限らず反緊縮派には自明の議論である。(松尾匡・立命館大教授)

参考2
 税金は財源ではありません。税金が財源というならば、「2020年の税額は21年3月15日(確定申告)を経なければ確定しないにも関わらず、20年の支出はなされている」 ことの説明がつきません。スペンディングファースト(支出が先)は、単なる現実です。
 日本政府は、証券(国庫短期証券、財務省証券など、複数のネーミングがあります)を日銀に持ち込み(実際には、紙は動いていないでしょうけど)、自分の日銀当座預金を「増やさせ」、支出をしています。
 もっとも、財源ではないからといって、税金が不要というわけではありません。
 日本国内で日本円以外の通貨の流通を許さないという点で、税金はうってつけです。「日本政府は日本円以外では税金を受け取らない」。 これは、決定的です。何しろ、税金を支払わないと「逮捕」されるわけで、日本国内で日本円以外が流通することはありません。
 加えて、「格差是正」「環境保全」「特定の産業の振興」など、税金には特定の目的、あるいは「使命(ミッション)」を実現する役割もあります。
 つまりは、「日本をこういう国にしたい」というビジョンがあり、それを実現する(ミッション)ために「税制を改革すべし」という話なのです。財源云々ではありません。
(三橋貴明ブログ 「新世紀のビッグブラザーへ」21.6.27から要約)

 

【筆者略歴】
師岡武男(もろおか・たけお)
1926年、千葉県生まれ。評論家。東大法学部卒。共同通信社入社後、社会部、経済部を経て編集委員、論説委員を歴任。元新聞労連書記長。主な著書に今年2月刊の『『対案力』養成講座』(言視舎)、『証言構成戦後労働運動史』(共著)などがある。

 

 

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