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鎮守の森で女性らが踊る 阿波洲神社の豊年民踊大会

投稿者: カテゴリー: 歴史・伝統楽しむ オン 2015年9月14日

阿波洲神社

 鎮守の森のたたずまいを残す西東京市新町の阿波洲(あわしま)神社境内で、恒例の豊年民踊大会が9月12日(土)と13日(日)の2日間開かれた。好天に恵まれた両夜とも近所の親子連れなど大勢の人たちで賑わった。

 スタートは午後6時30分過ぎ。1週間前に組んだやぐら舞台の上で、近所の女性たちで作る団体が次々にそろいの浴衣姿で登場し、鮮やかな身振り手振りで踊る。炭坑節で始まり、ドラえもん音頭や大東京音頭などが流れ、西東京市の市歌「大好きです、西東京」の音頭バージョンで盛り上がった。

 日が落ち、曲が流れると、こぢんまりとした敷地に木々が茂る境内は人でいっぱい。狭い参道脇に、綿飴やラムネ、缶ビールなどの露店がたち、たこ焼き、焼き鳥などの店先に行列が出来た。集まった人たちをざっと数えたら100人を超える。入れ替わりを含めると、訪れた日曜日の参拝、見物者は約百数十人ぐらいだろうか。

 

 

 神社の氏子総代を務める櫻井謙一さんは「今日は日曜でしょう。明日の月曜日は学校や勤めがあるので人出は少なめ。昨日は土曜の夜だったので身動きできないほどでした。近くのIHI(石川島播磨重工)跡地に出来た大型マンションの住民が来たのかもしれません」と言う。

 やぐら舞台から提灯が下がっている。整形外科、歯科、動物病院、クリーニングのほか、写真室や風呂店、青果、鮮魚店などの名前が見える。大企業らしい名前はない。みな地元のお店らしい。「そうなんです。風呂店なんて昔風の名前でしょう。銭湯じゃなくて、風呂桶などを作っていたお店ですが、いまはやっていません」と櫻井さん。こんなところにも、村を挙げて守り育てきた鎮守の森の面影が残っている。

 境内に立つ市教育委員会の掲示板によると、阿波洲神社は江戸中期の宝暦2年(1752年)に粟嶋明神として勧請された。祭神は少彦名命だが、粟嶋明神は和歌山県の淡島明神を総社とし、安産や妊娠、婦人病治療など女性に霊験のある神とされていた。神社のある一帯は上保谷新田地区。奉納された絵馬群に「夫婦拝み」などの図があり、市の指定文化財になっている。明治になって現在の神社名になり、「女神の特徴や庶民信仰の側面をもちながら、独立した一村の鎮守神であった」と記している。
(北嶋孝)

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