まちおもい帖 第49回 経済安全保障-身近な問題

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年3月2日

 このところ、「経済安全保障」が話題である。2022年5月には、「経済安全保障推進法」が公布された。経済安全保障というのは、経済的手段によって安全保障を実現することで、具体的には、国民の生活にとって重要な製品を十分確保できる状況にすること、先端技術を海外に流出させないこと、他国の技術に頼りすぎないことなどを指す。

 これまでは、世界の中で、アメリカの力が圧倒的に強く、その傘のもと、日本は、経済活動においてさほど安全保障を意識せずにグローバル化を進めてきた。しかしながら、昨今では、中国の台頭が著しく、また、ロシアが再び覇権を目指すなど、政治的に不安定な状況になってきている。

 たとえば、ロシアとウクライナとの戦争が始まったことにより、ロシアの天然ガスに大きく依存してきた欧州では、エネルギー価格が高騰し、国民生活を脅かす事態に陥ってしまった。エネルギー価格の高騰は、世界的に影響を及ぼし、日本の物価高も招いている。このように、世界の政治情勢が不安定なことから、何かあっても、国民が安定的に過ごせるよう、予め、手を打っておこうというのが経済安全保障の考え方である。

 「安全保障」と言うと、国の問題だと思うかもしれない。しかし、「経済安全保障」は、私たちの生活にとって、とても重要な問題だ。

 

 グローバル化したサプライチェーンの脆弱性-マスクを例に

 

 新型コロナが流行しはじめた途端、マスクが品切れとなったことは記憶に新しい。もちろん、これは予想外に需要が急増したことが一番の理由だが、マスクの生産を中国などコストの安い国に委託生産していたため、フレキシブルに供給量を増やすことができなかったからだ。

 

マスクの供給

(図1)マスク供給量の推移
(出所)一般社団法人日本衛生材料工業連合会データより作成

 

 図1のようにマスクの国内生産は、供給量の約2割である。マスク不足を受けて、政府は、国内でのマスク生産量を増やすための補助事業を実施し、国内生産が増えたものの、輸入も増えている。

 厚生労働省の調査(回収率72.2%)によれば、家庭用不織布マスクでは、コロナ前には、国内生産は14.4%であったが、コロナ後(2021年)には、19.5%と若干増えているものの、輸入に依存している傾向は変わっていない。輸入の半分以上(53%)は、日本向けの海外自社生産であるが、うち中国の比率が91%となっている。自社生産以外の輸入量では、中国の比率が99%とさらに高い。

 

マスク供給における中国依存度

(図2)マスク供給における中国依存度の高さ2021年
(出所)厚生労働省「マスク等国内生産・輸入実態把握調査」令和3年度

 

 仮に中国との関係が悪化、あるいは新型コロナの流行のように、何かの要因で物流が途絶えた場合、供給が不安定になる可能性がある。

 日本の場合には、国内にマスクを製造するための関連産業が残っていたので、国内生産を増やすことが比較的容易であった。しかし、より効率を求めてグローバル化を進めてきたアメリカでは、特に医療用従事者向けマスクを増産したくても、それ専用の不織布を製造する機械、マスクを製造する機械がすでに国内では製造されていないため、急な対応が出来にくかったとの報告がある(「深刻化するマスク不足によって、米国では海外生産を見直す動きが出始めている」Wired日本版 2020年4月17日)。

 分かりやすい例としてマスクを取り上げたが、マスクに限らず、ある商品を供給するためのサプライチェーン、つまりその商品が消費者の手元に届くまでの、原材料・部品の調達、製造、在庫管理、配送、販売といった一連の流れを海外や特定の国・企業に依存しすぎると、その国との外交関係が悪化する、あるいはその国が災害に合うというような事態が生じた場合、国内の需要を満たせなくなる。そのような事態になってから、では、国内生産を増やそうと思っても、関連産業も、海外に依存していては、直ぐには対応できないということになりかねない。

 企業にとっては、安く手に入るならと輸入する、あるいは海外現地生産すること(グローバル化すること)は、これまで理にかなっていた。しかし、地震などの災害、戦争、疫病の流行などの要因で平時のようなサプライチェーンが機能しなくなることや、世界の勢力地図が変化しつつあるなか、戦略的に輸出規制が行われる可能性も出てきている。このため、これまで海外に依存していた生産の一部を国内に戻す企業も出てきている。

 

 命にかかわる薬のサプライチェーンの脆弱性

 

 抗菌剤というのは、さまざまな感染症の治療や手術時の感染予防に使われる薬だ。このうちの「セファゾリン」という抗菌剤が2019年3月に供給困難となり、多くの医療機関で適切な感染症の治療に問題が生じた。この事態を受けて、日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会、日本環境感染学会の4学会が2019年8月に「抗菌薬の安定供給に向けた4学会の提言」を発表した。

 4学会が「提言」で求めたのは、(1)生産体制の把握と公表、(2)国内生産への支援、(3)薬価の見直し、(4)厚生労働大臣のリーダーシップによる解決の4点で、特に重要な10の薬剤を挙げている。

 

薬品

(図3)4学会が取り上げた10の重要な薬剤
(出所)日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会、日本環境感染学会「抗菌薬の安定供給に向けた4学会の提言」2019年8月より作成

 

 抗菌剤不足が生じた直接の要因は、薬に使う原材料を100%中国に依存しており、その原材料に不具合が生じたことによる。このため、4学会は、原材料の調達を海外にのみ依存することによる供給の不安定さを懸念し、重要な薬剤については、一定程度国内で供給できる体制を整えて欲しいと提言したのだ。

 というのは、このように専ら原材料を海外に依存する供給体制になった背景には、国が医療費削減のためジェネリック(後発)医薬品の普及を促進したこと、ジェネリック医薬品の薬価を引き下げてきたことによっているからだ。このため、先発企業は、国内生産を取りやめ、後発企業は、コストの安い海外に生産を委託するようになった。

 

抗菌剤不足理由

(図4)抗菌薬供給不足の背景
(出所)日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会、日本環境感染学会「抗菌薬の安定供給に向けた4学会の提言」2019年8月

 

 セファゾリンの後発企業である日医工を例にとると、「提言」がなされた時点で、最も販売量の多い1gの場合、製造コストが140円のところ、薬価が109円と逆ザヤになっていた。「提言」を受け、国内での生産を可能にするよう、薬価が引き上げられ、現在263円となっている。

 「提言」では、特にペニシリン系抗菌薬については「国内から発酵工場が撤退して20年以上たっており、国内の生産体制を再構築するとしても、早急に手を打たなければ技術的にも手遅れとなることが懸念される」と指摘している。マスクについて、アメリカの例を挙げたように、効率化を求めてグローバル化を進めすぎると、国内における生産関連技術が喪失してしまうことが、命に直接係わる薬剤でも起こりかねないのだ。

 

 先端産業に欠かせない希少資源の偏在

 

 先端産業に欠かせない原材料の偏在も、経済安全保障としては、大きな課題だ。よく話題に上るのは、「レアメタル、レアアース」と呼ばれる希少な金属だ。

 レアメタルとは、地殻中の存在量が比較的少ない、あるいは採掘と精錬のコストが高いなどの理由で流通・使用量が少ない非鉄金属を指す。レアメタルは、強度を増す、あるいは錆びにくくするために、構造材料への添加材として使われるほか、発光ダイオードや電池、永久磁石などの電子・磁石材料として、さらには光触媒やニューガラスなどの機能性材料として使われるなど、用途は多岐に渡り、現代社会では非常に重要な元素である。レアメタルのうちの17元素が「レアアース(希土類元素)」と呼ばれ、電気自動車のモーター用磁石の原料など、先端産業にとって非常に貴重な原材料である。

 

レアアース用途

(図5)主なレアアースの用途
(出所)日本経済新聞「きょうのことば レアアースとは 車や家電、用途幅広く」2021年10月10日

 

 レアメタルの産出国は、図のように1~3カ国に限られており、供給の不安定性が問題となっている。なかでも、レアアースでは、中国の比率が高い。中国は、かつては、外貨獲得手段として輸出を奨励していたのだが、次第にその重要性に気づき、採掘と生産について厳しい産業政策を取るようになってきた。

 

資源偏在

(図6)希少資源の上位産出国
(出所)資源エネルギー庁「日本の新たな国際資源戦略 ③レアメタルを戦略的に確保するために」2020年7月30日

 

 このため、政府は、関連企業とともに、「都市鉱山」と呼ばれるリサイクルに力を入れており、より容易に、より純度高くリサイクルできる技術開発に力を入れるとともに、新しい鉱山の開発を進めるなど、供給の多様性を模索している。

 

 食糧や水資源の確保も重要

 

 喫緊の課題ではないが、将来的には、食糧や水資源の安全保障も考えておく必要がある。地球は、水の惑星と言われるが、全体の97.47%は海水で、淡水は2.53%でしかなく、そのうち7割は氷河や永久凍土に閉じ込められており、私たちが使える水は、全体の1%にも満たない。世界の人口は、1998年に60憶人、12年ごとに10憶人増えて、2022年には80憶人、2050年には97憶人と予測されている(国連人口基金)。

 

世界の人口推移

(図7)世界人口の推移(単位:億人)
(出所)国連人口基金駐日事務所「世界人口推移グラフ」2020年より作成

 

 国連教育科学文化機関(UNESCO)の「World Water Resources at the Beginning of the 21st Century (2003)」によると、世界の水の使用量は1950年(昭和25年)から1995年(平成7年)の間に、約2.74倍となっており、同期間の人口の伸び2.26倍よりも高かった(国土交通省「国際的な水資源問題への対応-2. 水資源の原因」)。人口の増加に加え、経済成長を果たすために、今後も水資源の利用は、増加すると思われる。これに加え、途上国における安全な飲料水の確保・衛生環境の改善が求められること、気候変動の影響などもあり、水資源問題は、今後の重要な課題となっている。

 世界の水資源は、偏在している。水ストレスの程度(水需給が逼迫している状態の程度)を表す指標として、「人口一人当たりの水資源賦存量」がよく用いられる。この指標では、生活、農業、工業、エネルギー及び環境に要する水資源量は年間一人当たり1,700 ㎥ が最低基準とされており、これを下回る場合は「水ストレス下にある」状態、1,000㎥ を下回る場合は「水不足」の状態、500 ㎥を下回る場合は「絶対的な水不足」の状態を表すとされている。水資源に偏在性があることや、河は流れ、地下水も流れていることから、世界各地で水資源を巡る紛争が起きている。

 

世界の水資源賦存量

(表1)世界の水資源賦存量・水資源使用率
(出所)国土交通省『日本の水資源の現況について」令和4年版

 

 水資源について、「バーチャルウォーター」という考え方がある。バーチャルウォーターとは、食料を輸入している国(消費国)において、もしその輸入食料を生産するとしたら、どの程度の水が必要かを推定したもの。

 例えば、1kg のトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800 リットルの水が必要である。また、牛はこうした穀物を大量に消費しながら育つため、牛肉1kg を生産するには、その約20,000 倍もの水が必要ということになる。つまり、日本は海外から食料を輸入することによって、その生産に必要な分だけ自国の水を使わないで済んでいる。言い換えれば、食料の輸入は、形を変えて水を輸入していると考えることができるという考え方だ。

 日本のカロリーベースの食料自給率は40% 程度であり、上記の考え方によれば、日本人は海外の水に依存して生きているといえる。2005 年において、海外から日本に輸入されたバーチャルウォーター量は、約800 億㎥と推定されており(注1)であり、その大半は食料に起因している。これは、日本国内で使用される年間水使用量と同程度である。

(注1)東京大学生産技術研究所沖教授ら指導のもと、環境省と特別非営利活動法人日本水フォーラムが算出

 

 今後、中国やインドなど人口の多い国々が経済成長を目指せば、水不足が大きな問題になってくると思われる。その場合、国内での水効率を上げる工夫などもなされるであろうが、手っ取り早く、食料の輸入(バーチャルウォーターの輸入)に走る可能性もあり、そうなると、食料需給にも大きな影響が出てくると予想される。

 

 水資源や土地の保全

 

 中国企業が北海道の土地を次々と購入し、日本の水資源を狙っての購入かと騒がれたことがあった。届けられた利用目的は、資産保有、牧草地用などで、水目的とはされていなかったのだが、水資源が目的ではないかと危惧された。というのは、法的には、土地の所有者に、その地下にある水の利用権があると解釈されているからだ。

 日本には現状、安全保障上の懸念がある地域(例えば自衛隊基地の隣)でも外国資本による土地取得の規制はなく、外国人であっても自由に所有可能だ。農水省の外資による山林買収状況によると、2006年から2021年までに、累計で303件、2,614haとなっている。このほか、国内の外資系企業と思われる者による森林買収は、累計で266件、5,851haにのぼる。大きさの感じをつかみにくいが、両方合わせて8,465ha、山手線の内側の面積が6,300haであるから、かなりの面積だ。

 日本では、森林は、それまでの所有主が死亡すると、遺産放棄したくなるほど価値がないと思われており、所有者は、外国資本であっても喜んで売りたい現実もある。しかし、長期的に考えると、森林は、水資源を涵養する重要な土地であり、経済安全保障的には、なんらかの対策を取ってもらいたいところだ(注2)

(注2)対策として独自に条例を設けている自治体もある。条例は2タイプに分けられる。1つは土地取引のルール、もう1つは地下水の保全や活用に関するルールだ。
 土地取引のルールの代表は、北海道の「水資源の保全に関する条例」である。①水資源保全地域を指定、②指定された区域内の土地の権利を移転する場合には、土地所有者は契約の3カ月前までに届出を行わなくてはならないとされている。
 地下水の保全や活用に関するルールの代表は、熊本県の「地下水保全条例」である。地下水を大口取水する事業者は知事の許可が必要であるとされている。この条例は地下水を「私の水」ではなく「公共の水」であるとしていることが特徴で、地下水は水循環の一部であり、県民の生活、地域経済の共通の基盤である公共水であると明記されている。
(出所)東洋経済オンライン「日本の水が外国から狙われている」のは本当か-土地の所有者が、その地下水も所有できる実態」2021年5月24日

 

(参考)経済安全保障推進法
 「経済安全保障推進法」では、法制上の手当てが必要な喫緊の課題に対応するため、次の4つに関する制度を創設するとしている。
 (1) 重要物資の安定的な供給の確保
 (2) 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
 (3) 先端的な重要技術の開発支援
 (4) 特許出願の非公開
 この法律は、公布から6月以内~2年以内に段階的に施行することとされており、当面、(1)と(3)が施行された。
 本稿で取り上げた内容は、(1)にあたる。法律では、特定重要物資として、抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物及び船舶の部品の11物資を政令で指定しており、抗菌性の薬剤やレアメタルは含まれているものの、水資源については、取り扱われていない。

 

 

 

05FBこのみ【筆者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年、東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。退職、母の介護を経て、まちづくりに関わる。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2019年より、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」オーナー。2020年にフェイスブック仲間と「西東京市カルタ」完成。2020年より下宿コミュニティセンター管理運営協議会代表。2022年度より下宿自治会会長。

 

 

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