春日台センターセンター

まちおもい帖 第48回 まちの縁側づくり―「春日台センターセンター」に学ぶ

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2023年1月5日

 

 1.縁側のある暮らし

 昔の家には、たいがい「縁側」があった。今の新築の住宅は、戸建てはもちろん、アパートやマンションにも縁側のない家が一般的なので、若い世代には、縁側と言っても分からないかもしれない。

 縁側とは、室内と屋外との間にある板張り状の通路のことで、外と内との間のあいまいな空間である。図1は、我が家の昭和28年頃の縁側で、雨戸の内側にある「くれ縁」だが、少し前までは、雨戸の外側にある「濡れ縁」であった。南側の庭に面していた。昔は庭側に4軒で使う井戸があり、庭とは言っても近所の人たちが行き来する通路のようなものであった。

 庭で仕事をしていて、足が汚れたまま縁側に腰かけてお茶を飲むこともできるし、近所の人が気楽に入って来くることもできた。玄関から、履物を脱いで家に上がり込むほど改まった訪問ではなく、たくさん採れた野菜を分けにとか、ちょっとした世間話をする程度の訪問に向いていた。

 縁側は、今日のように、治安が悪化した時代には、考えられない「装置」なのかもしれない。個々の家々が鍵を掛けて暮らしをするのは、やむを得ないことなのだろう。しかし、地域は、本当に閉じた家々の集合体で良いのだろうか。

 

縁側

図1 我が家の庭に面した縁側・昭和28年頃

 

 2.遠くの親戚より近くの他人

 

 上記のことわざにあるように、いざと言うときには、「遠くの親戚より近くの他人」の方が頼りになる。阪神淡路大震災の折に、家屋の倒壊などから助かった方の8割は、隣近所の方々に助けられたと聞く。筆者が住む西東京市の人口は、約20万人。しかし、消防署職員と消防団を合わせても400人しかいない。いざという時には、「公助」に期待しても無理で、「共助」に頼るしかないと言われる。なので、大震災の後には、地域コミュニティが大事だと言われ、自治会や町内会が注目されるものの、数年も経つと、隣近所の付き合いは、煩わしいと思い始める。何か問題が生じたら、市役所に行けば良いと思いがちだ。

 多くの人は、身内の恥を世間に晒すのは恥ずかしいと思い、身内の課題をなかなか近所の人に話さない。「子どもが引きこもりである」「父親のDVがひどい」「老々介護をしている」「小学生などの子供が親の介護をしている」…など、目いっぱい辛くとも、世間体を繕って家のなかだけで解決しようとする。今日では、こうしたことを支援する仕組みがあるのに、そこにたどり着けない場合もある。ちょっと誰かに打ち明けていれば、それだけでも気が晴れるかもしれないし、あるいは、適切な支援に結びつけてくれるかもしれないのに。

 筆者が住んでいるのは、かなり古い住宅街だが、エリアによっては、隣近所とほとんど付き合いがなく、一人暮らしの方が2週間入院していたのに気付かなかった。結局本人が退院してきたので事なきを得たが、「体調悪化で倒れ、早く気付けば対応できたのに」「孤独死していた」ということもありえる。ご近所の誰かに入院しますなど一報をいれる、親族の電話番号を知らせておくなどの関係性を築いておきたいものだ。

 一戸建てが立ち並ぶエリアでは、自らの敷地内に花を植え、凝ったポストや自動車があり、やっと手に入れたマイホームを思う存分楽しんでいる様子がうかがえる。それはそれで微笑ましい光景ではある。しかし、何か無表情だ。皆が狭い敷地内に閉じこもっていて良いのだろうか。いつでも、何かあったときに手を差し伸べられるような関係性、深い付き合いではなくとも互いに何となく存在を感じ合い、イザというときには、相談しあえるような関係性を築く必要性は、ないのだろうか。

表情のあるまち

図2 無表情な家々が立ち並ぶエリアから関係性のあるエリアへ

 

 

 3.地域につながりを作る試み

 

 もっとも、関係性を築けないのは、個々の家々のせいではないのかもしれない。まちのデザインを工夫すれば、エリアの人々につながりを産むきっかけになる可能性がある。

 西東京市で言えば、アスタのセンターコートは、その一つ。あそこのベンチは、いろいろな方が腰かけ、知らない人同士がおしゃべりしている。母を車椅子で連れて行き、近くのアイスクリームを購入し、ベンチで食べていた時には、いろいろな方がお声かけしてくれた。友人の話では、犬の散歩も、ご近所の方々と親しくなるきっかけになるらしい。意識的にまちのデザインを工夫することで、関係性を築けるはずだ。

 福祉施設を地域に向けて開くことで、福祉施設とエリアの人々、そしてその延長線上にエリアの人々同士の関係性をつくりつつある事例を紹介したい。神奈川県愛甲郡愛川町にある社会福祉法人愛川舜寿会は、1992年設立。地域に開かれた福祉施設を推進しているのは、2010年から、2代目経営者として現法人に参画した馬場拓也さんだ。

 愛川舜寿会が最初に手掛けたのは、愛川町にある「ミノワホーム」で、介護度3以上の人が入居している。馬場さんは、2016年、空間デザインから地域との“距離”を再考するプロジェクト「距Re:Design Project」を実施。建築家・造園家・大学生らと共に80mの外壁をベルリンの壁のごとく壊した。ベンチを置くなどして24時間地域に開放し、「ミノワ座ガーデン」と呼んでいる庭は、入居している人だけでなく、子どもたちをはじめ地域の人たちがひと休みする居場所になっている。馬場さんは、入居者に、いつでも、いつまでも地域とともにある「特養の暮らし」を楽しんでもらいたいと考えている。入居者は、部屋の窓から、まちの音や風景を感じられる。夏の納涼祭(盆踊り)には、1,000人以上の地域の人たち-高齢者、大人、子どもの3世代が一堂に会して楽しむという。

 

ミノワホームの納涼祭

図3 ミノワホームの納涼祭の様子(出所)ミノワホームのHPより

 

 2019年に開園した「カミヤト凸凹保育園+plus(注1)のコンセプトは「誰もが持つ『凸』に注目し、誰もが持つ『凹』をみんなで埋め合う」というもので、子どもたちの多様性を認め合い、強い面を伸ばすことに力を入れている。ここでも、庭つづきの縁側があり、地域の人に開放している。そこには毎日のように来るおばあちゃんがいて、子供達と話をし、時にはお説教することもあるという。(注2)

(注1)カミヤト凸凹保育園(認可保育所)+plusのplusは、併設しているカミヤト凸凹文化教室(児童発達支援、放課後等デイサービス)を指す。
(注2)東京藝術大学履修証明プログラム「ケア原論3『福祉の解放とコミュニティの連関』」講師:馬場拓也(社会福祉法人 愛川舜寿会 常務理事)2019年6月24日による。

 

 ミノワホームやカミヤト凸凹保育園で培ったノウハウの集大成とでも言えるのが「春日台センターセンター」だ。

 

 4.スーパーマーケット「春日台センター」跡地の再生

 

 愛川町にある「春日台センターセンター」は、小田急線本厚木駅からバスで30分ぐらい掛かる場所にある。この辺りは、1960年代頃から開発された厚木市と愛川町の境に広がる内陸工業団地の工場勤務者のために造られた春日台団地とその周辺に広がる一戸建ての住宅からなっている。愛川町の人口は、3万9000人、高齢化率30.9%(西東京市は、2020年23.8%)で、工業団地があることから、外国人も多い。

 まちの中央付近に、スーパーマーケット「春日台センター」を核とする商店街が出来ていた。1969年以来、長年人々に愛されてきた春日台センターだが、時代を経て周辺に大型店などが進出するに伴い経営不振となり、ついに2016年春に閉店してしまった。この辺りは、子どもたちの遊び場でもあったのだが、それに伴い、防犯カメラが設置され、禁止事項が増え、遊ぶ子供の数も減ってきた。

 

春日台センター

図4 スーパーマーケット「春日台センター」(右の波型の屋根)があった頃の様子(出所)春日台センターセンターのHPより

 

 愛川舜寿会は、当初、商店街の一角を訪問介護事務所にしようと考えていたのだが、その矢先に、商店街の核となるショッピングセンターが閉店し、エリアの元気がなくなってしまった。急遽、隣接している春日台会館に、愛川町に暮らすことを愛川町で暮らすみんなで考える「あいかわ暮らすラボ(通称あいラボ)」を作った。ワークショップで、このまちの課題の発見や魅力への気づき、それを共有した。当初15人ぐらいであった集まりだが、次第に40人、50人と増えていった。農家、介護施設職員、教員、建築家など様々な人が参加した。

 ワークショップを重ね、時には、あいラボの拡大版としてイベントを実施した。たとえば、2017年10月1日(日)に開催された「地域コミュニティ種まきイベント-小さな多世代交流フェス」では、午後2時30分から夜8時過ぎまで。ほうき作り、キャンドルづくり、チョークアート、陶器ペイント、昔遊び(定年退職したシニアが担当)、竹切りワークショップからの竹灯籠づくりなどの各種ワークショップが実施され、地元の焼鳥屋、カフェ、カレー屋がフードコーナーに出店し、多世代の交流が実現した。また、地元のイラストレーターが作成した「あいラボ」のロゴが入ったTシャツやトートバッグが販売された。

 こうした活動のなかから、「春日台センター」に代わる地域の拠点を作りたいという構想が徐々にイメージされてきた。この土地は、神奈川県住宅供給公社の土地で、公社自身も時代の変化に対応し、未来に向けてまちの活性化につながる再生を願っていたこともあり、新しい拠点づくりに協力することになった。当初から参加していた建築家の金野千恵さんは、「あいラボ」を通して、6年間、下は中学生から上は80代まで、地域の幅広い世代と対話し、構想を固めていった。設計を始めたのが2019年、それから3年ほどかかり、2022年3月に「春日台センターセンター」の開設に至った。(注3)

(注3)春日台センターセンターオープニングトーク②建築家 金野千恵さんによる。

 ここのロゴにある波型は、もとの「春日台センター」の屋根の形を表している。アートディレクション全般はグラフィックデザイナーの福岡南央子さん(woolen)を起用した。馬場さんは、「デザインは思想や大切なメッセージを伝播させるための重要な手段」であると考えている。

 

春日台センターセンターのロゴ

図5 春日台センターセンターのロゴ

 

 5.春日台センターセンターの概要

 

 春日台センターセンターは、「福祉エリア」と「地域に開かれているエリア」の2つがあり、基本的には、前者の中には外部の人は入れないものの、建物としては、一部ガラス張りであり、入居されている方の様子を伺うことができるし、入居されておられる方の方も、外の様子を感じ取れる。

 大きく3つからなる棟は、引き戸で区切られた廊下でつながっている。初めて訪れた筆者は、気づかずに入ってしまったが、地域の人は、子どもでも、立ち入ってはいけない場所を自然に理解しているようだ。内装には木材がふんだんに使われているので心地良い、3つの棟の間は、吹き抜けの通路となっており、全体的に開放感がある。建築家の金野千恵さんは、「半屋外空間」をコンセプトに、屋内と屋外、部屋と部屋の隔たりを感じさせない空間を作り出したとのことだ。

 

春日台センターセンター

図6 春日台センターセンターの全景

見取り図

図7 春日台センターセンターの見取り図(出所)Chie Konno / teco 春日台センターセンター「Japan-Architects.comのMagazine:複合施設」より筆者作成

 

 一番左側の棟は、一階、二階とも、認知症グループホームになっており、一階には、隣に放課後等デイサービス(注4)がある。真ん中の棟の一階には、小規模多機能型居宅介護(注5)があり、土間を隔てて畳の小上がりがある。土間の端には、駄菓子屋があり、角には、コロッケ屋がコロッケやコーヒーを販売している。夕方になると、近くの学校の子供たちが集まってきて、駄菓子を買ったり、小上がりに上がったりして遊んでいる。駄菓子は、ザルに欲しい商品を入れて向い側の小規模多機能型居宅介護の部屋に声を掛けると、お年寄りが会計してくれる仕組みだ。

 

コロッケ屋

図8 コロッケ屋と筆者が購入したコロッケとコーヒー

駄菓子屋

図9 駄菓子屋に集まる子どもと小上がり(掃除中)

 

 建物の一番右側は、洗濯文化研究所。コインランドリーがあり、そこで洗濯が終わるまで、一服することができる。また、ここでは、洗濯代行サービスを提供している。40ℓぐらい入るバッグに入れて、1980円から(バッグは550円)。洗濯、乾燥、たたみまでしてくれる。料理の手間を省くために外食するように、たまには、洗濯も外注して一息ついてもよいではないかというコンセプトだ。共稼ぎの方や高齢者に利用されている。

 コロッケは、「春日台センター」で名物であったオーナーの奥さんが作っていたコロッケを引き継いだとのこと。コロッケ屋、洗濯代行、清掃などで働いているのは、就労継続支援(注6)の方たちだ。

 

洗濯代行サービス

図10 洗濯代行サービスの受付と作業場

 

(注4)放課後等デイサービスとは、6歳~18歳までの障がいのある子どもや発達に特性のある子どもが、放課後や夏休みなどの長期休暇に利用できる福祉サービス。
(注5)小規模多機能型居宅介護とは、中重度の要介護者となっても、在宅での生活が継続できるように支援する、小規模な居住系サービスの施設。デイサービスを中心に訪問介護やショートステイを組み合わせ、在宅での生活の支援や、機能訓練を行うサービス。
(注6)通常の事業所に雇用されることが困難な障害者に、就労の機会を提供するとともに、その活動を通じて、知識や能力の向上を目指す。

 

 2階には、コモンズルームと寺子屋がある。寺子屋は、障害のある人の軽作業や外国にルーツを持つ子供たちや不登校の子供たちの学習支援、相談に使われている。コモンズルームの奥には、月額で利用できる個室コワーキングスペースが3つあり、受験勉強や在宅勤務などに使える。コモンズルームは、文字通り、皆の部屋。放課後には、子どもたちが三々五々集まって、勉強したり、ゲームしたりしていて賑やかだ。バルコニーが北側、南側、真ん中辺りにあって、広々としている。筆者に、ここを教えてくれた知人は、北側のバルコニーを「体育館裏みたいな場所」と呼んでいる。筆者が訪問した折には、真ん中の小さなバルコニーで女の子が2人、ミカンを食べておしゃべりしていた。

 この建物全体がそうなのだが、一人になりたい時、皆で遊びたい時、ちょっとこっそり話したい時などなど、開き方にいろいろなバリエーションがあるところが居場所としての豊かさになっている。施設のお年寄りは、一人で籠っていたい時もあれば、子どもたちの賑やかな様子を感じて元気になる時もある。施設入居者ではないお年寄りが、子どもたちの側にいたいと、数時間ベンチで過ごしていることもあるという。

 

コモンズルーム

図11 コモンズルームでゲームをする子供たち

 

 6. まちの縁側づくり

 

 春日台センターセンターは、地域に開かれ、施設全体がまちの縁側になっているのだが、実は、本当の縁側もしっかり作られている。洗濯文化研究所の建物の前にも縁側があるし、小上がりの前にも縁側がある。デイサービスのお年寄りたち、学校帰りの子どもたち、洗濯に来たお母さんたちが混じり合って、ひと休みしている。旅行者である筆者も、コロッケとコーヒーを購入して、ランドリー前に腰かけて休息したし、小上がり前の縁側では、日向ぼっこをしに来たデイサービスのお年寄りと世間話をした。

 

縁側

図12 小上がり前の縁側で、くつろぐデイサービスのお年寄りたちと子供たち

 

 筆者が西東京市で実験的に運営している多世代交流・地域の居場所「どんぐり」は、中古の一軒家を購入したまま使っているので、どうしても閉じた雰囲気だ。そこで、家の前の駐車場に花壇を作り、ベンチを置いてみた。しかし、まだまだ硬い表情だ。春日台センターセンターのように、当初から地域に開くことを意図しで設計された施設には、遠く及ばない。

 

どんぐり

図13 多世代交流・地域の居場所「どんぐり」の入口

 

 馬場さんは、2019年に東京藝大で実施した講義のなかで、ミノワホームややカミヤト凸凹保育園での試みから感じたこととして、「福祉施設の側から地域に開き、地域の人とゆるやかに出会う環境を作ることで、分断されていた日常が重なり、滲みあう。高齢者や乳幼児はケアされるだけではなく、地域の人たちを力づける存在となり、お互いの営みが暮らしの一部になる。こうした地域コミュニティの再構築も、福祉が担える役割なのだと感じました。」と言われている(注2)

 西東京市でも、施設を地域に開くなどの試みの連鎖がまちのデザインを変え、まちにもっと多様な関係性を生み出すようになるのではないだろうか。

 

【参考動画】(春日台センターセンターの活気ある様子が良く分かる)
 NHK World-JAPAN「活気あるコミュニティの青写真」2022年9月23日(ビデオの半ば以降。1年間視聴可)

 

 

 

05FBこのみ【筆者略歴】
 富沢このみ(とみさわ・このみ)
 1947年、東京都北多摩郡田無町に生まれる。本名は「木實」。退職、母の介護を経て、まちづくりに関わる。2012年より田無スマイル大学実行委員会代表。2019年より、多世代交流・地域の居場所「どんぐり」オーナー。2020年にフェイスブック仲間と「西東京市カルタ」完成。2020年より下宿コミュニティセンター管理運営協議会代表。2021年度より下宿自治会会長。

 

 

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