「銅像歴史さんぽ・西東京編」6 「平櫛田中」 小平は彫刻家の街

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2020年3月12日

平櫛田中像=小平市小川町の小平市役所南庭園(2019年8月撮影)

 小平市は「彫刻家の街」と言えるのかもしれない。
 その筆頭が近代日本彫刻の巨匠とされる平櫛田中ひらくし・でんちゅう(1872~1979年)だ。既に98歳になっていた1970(昭和45)年に小平市学園西町に転居し、107歳で他界するまで住んだ。

 旧居は現在、平櫛作品を保存、展示する小平市平櫛田中彫刻美術館に。同市小川町の小平市役所南庭園内に、平櫛の弟子だった彫刻家、浜田泰三(1919~2000年)作の平櫛の銅像が立つ。高齢になってからの転居のためか、つえをついた老人の姿だ。浜田は長年、弟子、秘書として平櫛の創作を支えた人物という。

 平櫛は木彫「老猿」や東京・上野の西郷隆盛像などで知られる高村光雲に師事し、東京美術学校(現・東京芸大)を設立した岡倉天心に認められた。彩色を施した木彫の作品が多いのが特徴で、光雲や朝倉文夫らと並ぶ近代日本を代表する彫刻家とされる。

 

20年かけ大作完成

 

 代表作は国立劇場(東京都千代田区)の正面ロビーに設置された木彫彩色の「鏡獅子かがみじし」。歌舞伎「春興鏡獅子」を演じる六代目尾上菊五郎をモデルに、戦争による中断、49年の菊五郎の死去を乗り越えて約20年の歳月をかけて完成させた高さ約2メートルの大作だ。

 

銅像の「鏡獅子」=岡山県井原市の田中苑(2018年3月撮影)

 

 衣装に隠された肉体の把握が必要として、菊五郎の裸像も試作した。58年の完成後、国が2億円で買い上げる案が持ち上がるが、平櫛が断り、東京国立近代美術館に寄贈し、66年開館の国立劇場に貸与する形になったとのエピソードも残る。平櫛田中彫刻美術館には4分の1スケールの「鏡獅子」がある。

 「六十、七十はなたれこぞう、おとこざかりは百から百から」などの名言も残し、晩年まで創作を続けた。ほかに東京・上野の東京芸大内の岡倉天心像、広島県福山市のJR福山駅前の五浦釣人ごほ(いづら)ちょうじん像など多くの有名作品がある。小平市美園町の小平市民文化会館(ルネこだいら)にも小型の五浦釣人像がある。

 出身地の岡山県井原市には69年に「田中館」(現在は田中美術館)が開館した。近くの公園「田中苑でんちゅうえん」に数体の平櫛作品が設置されている。そのうちの一つが55年作の石こう原型から鋳造された銅像の「鏡獅子」だ。

 また、小平市でもう一人忘れてはならない彫刻家が近代彫刻の旗手といわれる斎藤素巌(1889~1974年)。43年に小平市学園東町に転居し、他界するまで住んだ。

 

遊歩道を「彫刻の小径」に

 

 代表作は神戸市兵庫区の湊川みなとがわ公園に設置された楠木正成像(大楠公像)。躍動感にあふれた作品で、建立は満州事変、満州国建国などで日中関係が悪化していた35年。「日本精神の高揚」を目的としたらしく、その時代の雰囲気を象徴する。

 東京・赤坂の高橋是清翁記念公園に置かれた高橋是清像も斎藤作。36年の二・二六事件の舞台となった是清の旧居跡に造られた公園で、銅像は40年に建立され、戦時中の金属供出で失われたが、55年に習作を基に再建された。ちなみに是清邸の一部は小金井市の江戸東京たてもの園に移築されている。

 斎藤の没後、遺族から240点を超える石こう原型が小平市に寄贈され、市は原型から約50作品のブロンズ鋳造を行った。

 

斎藤素巌・彫刻の小径。手前が「自然科学者」、奥は「老人」と題されたブロンズ像=小平市天神町(2020年1月撮影)

 市役所南側の芝生の広場に荷物を担いだ男性の裸像「荷重におも」が置かれているほか、遊歩道「小平グリーンロード」(狭山・境緑道)の西武新宿線の花小金井~小平駅間やこの遊歩道に隣接する「あじさい公園」「たけのこ公園」に「自然科学者」「ピエロ」など計16基17点の小型のブロンズ像が設置され、「斎藤素巌・彫刻の小径こみち」と名付けられている。

 ほかに平櫛に師事し、長野県の諏訪大社上社本宮にある雷電像などで知られる矢崎虎夫(1904~1988年)、甲府市のJR甲府駅前の武田信玄像などで知られる宮地寅彦(1902~1995年)も小平市に住んでいた。小平市役所正面玄関前に矢崎作のブロンズ像「連弾」、市役所南側の芝生の広場に宮地作の裸婦像「黎明れいめい」が置かれている。(敬称略)
【メモ】平櫛田中像などがある小平市役所は青梅街道駅から徒歩約5分
(墨威宏)(写真は筆者提供)(了)

 

【筆者略歴】
墨 威宏(すみ・たけひろ)
 1961年名古屋生まれ。一橋大学卒業後、共同通信社の記者となる。93年から文化部記者。2003年末に退社し、フリーライターに。主な著書は、双子の育児の体験をまとめた「僕らのふたご戦争」(1995年)、各地の銅像を歩いてまとめた「銅像歴史散歩」(ちくま新書)など。

 

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「銅像歴史さんぽ・西東京編」6 「平櫛田中」 小平は彫刻家の街」への1件のフィードバック

  1. 富沢木實
    1

    平櫛田中の彫刻をはじめて観たのは、ニューオータニにオフィスがあった頃、ホテルのビルの中にあった美術館。色彩のついたもので、まるで生きているよう。体温が感じられるような気がして驚きました。

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