『ホロコースト最年少生存者たち』

「わたしの一冊」第19回 レベッカ・クリフォード著、山田美明訳『ホロコースト最年少生存者たち』

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2022年3月10日

すみっこに置かれてきた被害者 by 時田良枝

 本を読むことは、自分にとってダイスキなことのひとつです。ご飯でもありオヤツでもあるような存在です。その中から一冊、というのは、なかなかの難題でしたので、去年読んだ本から、印象に残っている一冊を紹介したいと思います。(写真は、『ホロコースト最年少生存者たち』口絵)

 

 皆さんは、「すみっコぐらし」ってキャラクター、ご存じでしょうか? なんとも可愛らしく胸がぎゅっとなるようなひとりひとり。その中心的キャラクター「ぺんぎん?」は、ペンギンみたいな見かけだけど、なんとなく昔、頭にお皿が載っていたような記憶があったり、キュウリが好きだったり。ペンギンだと思って育ってきたけど、もしかしてカッパなのかな・・・??という不安が「ぺんぎん?」という名前の「?」に示されているキャラクターなのです。

 生き物キャラばかりかと思いきや、とんかつの端っこの脂身とか、部屋に降り積もってふんわり丸くなったほこり、エビフライのシッポ、なんかもいます。あちこちのすみっこにいるいろんなものたちが、誰が主役でもなく、集って楽しそうな感じ。私の職場、精神障害等による生きづらさを抱えた方をサポートする生活訓練事業所「リカバリーカレッジ・ポリフォニー」に通うある方から「ポリフォニーっぽいなあ、と思って!」と教えてもらったんです。そしてこの話をその方としていた時、不意に浮かんできたのが、今日ご紹介したい本だったんです。

 

表紙

『ホロコースト最年少生存者たち』の表紙

 

ナチス政権下を生き抜いた子どもたち

 

 その本『ホロコースト最年少生存者たち』は、ナチス政権下で出自を偽ったり、隠れて過ごしたり、自分という歴史を大人たちに(命を守るために)塗り替えられて、生き抜いてきた子どもたちの戦後の苦しみを追ったノンフィクションです。この子ども時代の記憶がない、またはどれが真実かわからない、そのままにその後の人生を生き抜く大変さは、読むほどに計り知れなくて、苦しみがひたひたと身に迫ってくるものでした。

 フロイトの娘さんなど当時活躍していた精神医学や教育の専門家が、さまざまな形でこうした子どもたちのケアを展開してきた様も記録されており、まさにトラウマケアというものが模索されてきた歴史を垣間見るような本でもありました。

 そして最も悩ましく感じたのは、こうした支援者たちが、子どもたちのよりよきケアを求めて進める研究、踏み込んだ形でのインタヴューや治療そのものが、その子どもたち自身にとって、外から自分自身を侵襲、攻撃されるような体験、まさにナチスにされていたことと重なって感じられてしまう場面。一度きりの人生、そのスタートとなる子ども時代を、戦争による激しい暴力の中、生き抜いてきたがために起きているその状態、このケアの難しさ。そして人生の終盤に至って、(すでに高齢になっている)子どもたち同士が出会い、集いの場が形成され、そこで当事者として語り出すことによりやっと癒やされていく、長い長い過程が、その長さの分のまま迫ってくるような一冊でした。

 

講座案内

筆者が代表を務める「リカバリーカレッジ・ポリフォニー」無料講座の案内

 

生きづらさを他者が理解しようとすること

 

 すみっコぐらしの「ぺんぎん?」のように、曖昧なこども時代の記憶の中、その後の人生をおくる苦しさ。しかしこうした子どもたちは、単に殺されなかった、直接ひどい目にあわなかった、ということにより、ナチスの被害者としては、長くすみっこに置かれてきた歴史がある、ということもこの本で知ったことです。

 こうしたことって、過去の特殊な状況下に起きた特別なこと、では決してなくて、今を生きる誰もが、そして、この社会のそこかしこで起こっているさまざまな問題とつながっている普遍的な問題をはらんでいるように思えてならないんです。

 理解しづらい苦しみ、生きづらさは、わからないものだとしても「ある」ということ、決して「ない」ものではない、ということ。また、そうした生きづらさを他者が理解しようとする時、理解しようと踏み込むことそのものが暴力ともなり得ること。そして、最も苦しい思いをした者だけにそれを表現する権利があるのではなく、どのような苦しさも、等しい重さをもってそれを表現することを尊重されることの大切さ。自分ごととしての理解をどう深め広めるか。読み終わって、いろんなことが頭の中をぐるぐる。考え込んでいます。

 

【筆者略歴】
 時田良枝(ときた・よしえ)
 1973年 福島県いわき市生まれ。作業療法士。精神科病院に18年勤務ののち、東久留米市内の障害福祉事業を行うNPO法人にて、グループホーム世話人、相談支援専門員として5年勤務。2018年3月一般社団法人Polyphony設立。同年9月障害者サービスの一つ生活訓練事業所として「リカバリーカレッジ・ポリフォニー」を開設。

 

【書籍情報】
書名:ホロコースト最年少生存者たち―100人の物語からたどるその後の生活(Amazon

著者:レベッカ・クリフォード
訳者:山田美明
出版社: ‎ 柏書房
発行年:2021年

 

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