「生き物の死にざま」表紙

「わたしの一冊」第22回 稲垣栄洋著『生き物の死にざま』

投稿者: カテゴリー: 連載・特集・企画 オン 2022年6月9日

生死をかけた壮絶なドラマ by 賀陽智之

 「わたしの一冊」の寄稿を依頼されてから約1カ月。原稿を書くこの瞬間まで、カポーティの『ティファニーで朝食を』をおしゃれに紹介するのか、サルトルの『嘔吐』を渋く語るかで迷っていた。私の記事がインターネットに長期間掲載されることを踏まえ、どちらの本を選ぶ方が無難なのか。それぞれの本のAmazonレビューを見ながら考えている。しかし、どうしても、この2冊の本を押しのけて頭の中に浮かんでくる本がある。それが稲垣栄洋著『生き物の死にざま』だ。正確には『生き物の死にざま』と姉妹編の『生き物の死にざま はかない命の物語』の2冊である。

 

書物

カポーティの『ティファニーで朝食を』とサルトルの『嘔吐』

 

感情を揺さぶる表現

 

 実家のリビングの机には、これから母が読む予定の本が山積みされている。昨日の晩、私は、タイトルに惹かれ、何気なくこの本を手にとった。目次のページを見る。その中でも特に「出荷までの四、五〇日間―ニワトリ」という項目が気になった。ニワトリが産まれてから、チキンとして食卓に並ぶまでの4、50日間が8ページでまとめられている。知っている内容も多いが、感情を揺さぶる表現が多く、はじめの数行で惹きこまれた。ニワトリを人間的視点で捉えているが、わかりやすい語り口で表現されていて、スラスラ読める。そのまま、1時間半程度で『生き物の死にざま』の「セミ」から「ゾウ」までの全ての項目を一気読みしてしまった。

 『生き物の死にざま』は29編の短文で死に臨む生き物たちを紹介している(『生き物の死にざま はかない命の物語』は27編)。著者は、しばしば本の中で、動物や虫にヒトの目線を持ち込んで擬人化し、情緒的な詩のような文体で語りかけてくるので、受け付けない人がいてもおかしくない。しかし、限られた命を懸命に生きる姿、生死をかけた壮絶なドラマを目の当たりにして、感動しない人はいないだろう。儚い、壮絶な生き物の死に圧倒され、過酷な自然環境に畏怖を感じるはずだ。

 

生と死との距離感

 

 戦後最多の145万人。この数字は日本で2021年に亡くなった方の人数だ。1日に約4000人が亡くなっていることになる。2025年には、団塊の世代が全て後期高齢者となる。日本は世界に類をみないほど高齢化が進んだ国であり、これから「多死社会」へと突入する。日々、これだけ多くの方が亡くなっているので、日本人にとって死は日常であるはずなのに、現代では特別なことと捉えられているように感じてしまう。

 私が生まれるより前、かつての大家族の中では死は常に身近に存在していたそうだ。年長者が家族に見守られながら家で逝き、看取られる。しかし、今日の核家族化の中では、死は遠い家庭で突然発生し、その場所も病院のベッドの上がほとんどとなった。死について考えることは「今をどう生きるか」につながる前向きな行動である。生と死との距離感の変化が生じた現在であっても、死を迎えるにあたって命と向き合い、命を語り合う姿勢を持ち合わせたい。

 生きとし生けるものは必ず死ぬ運命にある。
 生物にとって、人間にとって死は不可避である。
 本書は、「死」について、考えるきっかけを与えてくれる一冊になるはずだ。

 

田無神社

筆者が宮司を務める田無神社

 

参道にひっくり返ったセミ

 

 神社の参道にはケヤキ並木があり、夏になるとセミ、カブトムシ、カナブンなどたくさんの虫たちが境内に集まってくる。そして、その虫たちもやがては死ぬ運命にある。夏も終わりに近づくと、石畳の参道のあちらこちらにひっくり返ったセミが見受けられるようになる。突然ジジジと体を震わせるそれは、ときに参拝者にとって恐怖である。

 本書「空が見えない最期―セミ」の項の記述はこうだ。

 「仰向けになりながら、死を待つセミ。彼らは一体、何を思うのだろうか。彼らの目に映るのは何だろう。澄み切った空だろうか。夏の終わりの入道雲だろうか。それとも木々から漏れる太陽の光だろうか。」

 起き上がることのできない瀕死の状態であるにも関わらず、人間に蹴飛ばされたり、踏みつけられたりすることは、きっとセミにとって恐怖のはずだ。

 本書はベストセラーだ。たくさんの方々が読んでいる。今年の夏は、セミの「ジジジ」に動揺したり取り乱したりする参拝者が減るかもしれない。
(写真は筆者提供)

 

【筆者略歴】
 賀陽智之(かや・ともゆき)
 1985年8月生まれ。西東京市鎮座の田無神社、尉殿神社、天神社、阿波洲神社宮司。西東京市在住。

 

【書籍情報】
書名  生き物の死にざま
出版社 草思社文庫
発行年 2021年(単行本は2019年)

書 名 生き物の死にざま はかない命の物語
出版社 草思社文庫
発行年 2022年(単行本は2020年)

 

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