戦前、戦後、そして未来に向けて「結核病院街」とも「結核の聖地」とも称される歴史を刻んできた清瀬市。そこで治療や療養をしていた人々は実にさまざまだ。境遇も職業も生い立ちも異なる老若男女が、かつては「不治の病」と言われた結核と向き合って懸命に生きてきた。治療もむなしく逝った人たちも数多い。この回ではあまたいる患者の中から清瀬での療養で自らの内面を耕して優れた作品を残した文学者の足跡を振り返りたい。それは結核の治療、闘病の歴史を彩るサイドストーリーでもある。

 コーヒーを飲みながら絵や書を鑑賞し、買い物もできる-と評判のスポットが、東久留米市大門町にある。精神障害者との共生社会の実現をめざす特定非営利活動法人「武蔵野の里」が運営する「ぶどうの郷」だ。東久留米駅東口から徒歩7分。旧北口商店街を道なりに黒目川に向かい、一つ目の信号を越えると右側に元信用金庫だった総2階建ての白い建物が見えてくる。

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まって1年になろうとしているなか、東久留米市でいま、市民によるウクライナ応援コンサートの準備が進んでいる。2月26日(日)に市内のまろにえホール(東久留米市生涯学習センター)で開かれるコンサートには、ウクライナ出身でオペラ歌手、ウクライナの民族楽器・バンドゥーラ奏者として世界的に有名なオクサーナ・ステパニュックさんが出演する。

 大寒の1月20日、武蔵野徳洲会病院前の一本梅の古木が青空に映えて満開でした。ずいぶん早く花をつけるんだなと不思議な思いでした。

 多摩六都科学館で昨年12月17日 、対話型のアート鑑賞ワークショップが開かれた。科学館の魅力を知ってもらおうと、構成5市とともに数多く企画されたイベントの一つで、同館、西東京市、市民ボランティア団体「アートみーる」の共催。アートみーるは市内の小学校で対話型の鑑賞授業をサポートする他、地域の活動も続け、今回はメンバーがファシリテーターを務めた。

 えのき児童遊園(西東京市 保谷町五丁目)に隣接していた東側の広場が、2022年12月6日から遊園の一部として暫定解放され、遊園が約3倍の広さとなった。12月13日からはキャッチボールなど、種目を限定したボール遊びも可能となっている。暫定解放の期間は2027年度まで4年間の見込み。

 動画で配信される軽度の運動プログラムで体力をつけて、5月に医療従事者やボランティアと一緒に高尾山への登頂を目指すがんサバイバー向けの取り組み「ゆる2(ゆるゆる)トレプロジェクト」の申し込みが1月初旬から始まり、参加者を募集している。がん治療後の体力づくりと仲間づくりが一緒にできるのが特徴だ。

「ひばりが丘団地」「滝山団地」と団地巡りのようになってきたが、続けて「東久留米団地」(現在「グリーンヒルズ東久留米」)も「訪ねる」ことにする。この団地周辺は、少し前に日帰り温泉施設ができたりして、かなり様相が変わったが、ここにも固有の歴史がある。この団地が誕生した時の模様を描いた小説を紹介することから始めたい。

 戦後間もない1947(昭和22)年11月、清瀬村(現清瀬市)に、結核研究所臨床部が開設された。その後、結核研究所付属療養所、同附属病院を経て89(平成元)年、結核予防運動の世界共通のシンボルを名称に取り込んだ複十字病院と改称した。大規模な総合病院になっているが、今も60床の結核病床がある。

 人見知りしてギャアギャア泣き止まずお母さんに抱き付いてしまう女の子。泣き止むまで、おもちゃで音を鳴らしたり、アンパンマンのゲームで気をそらしたり、キャベツの切れ端を「はいどうぞ」とあげて見たり…。写真を撮るまでが大変だ。

100winds_banner01 第31回

師岡武男 (評論家)
 

 日本経済の問題点を長年報告したり論じたりしてきて、今96歳の私が一番大事だと思う経済課題は、社会保障の充実である。私自身の生活は、寝たきりの体にならない限り、社会保障のお陰で、独居老人でも幸い何とか暮らしていける。しかし日本全体で見ると、不景気続きのじり貧経済のため生活に困っている人々が沢山いるし、社会保障は抑制のための「改革」がどんどんと進んでいる。恐らく多くの人々が老後不安におびえ、結果として消費節約による不景気経済の悪循環を招いていると思う。この状況を一刻も早く改善したい。

「走ろう。自分のために。誰かのために。」をスローガンに3月5日(日)午後、東久留米市を流れる落合川沿いの遊歩道をメインコースとするチャリティーラン(ホワイトリボンラン)が行われる。2016年から全国各地で開かれ、東久留米での開催は今回が初めて。参加申し込みの締め切りは1月31日。

 終戦直後、街には戦災孤児があふれていた。救済の手を差し伸べたのはほとんどが民間施設、なかでもキリスト教関係者が果たした役割は大きかった。  東京サレジオ学園は1946(昭和21)年、サレジオ修道会の神父が東京都練馬区の旧陸軍成増飛行場跡の兵舎を借りて園児3人とともに始まった。兵舎は米軍住宅地になるため、47年に現在の小平市上水南町にあった旧陸軍技術研究所跡地の払い下げを受けて移転。翌年には児童福祉法の施行により養護施設として認可を受けた。小中学校の設置も認可され、広大な敷地に子どもたちの生活の世話とともに学校教育も行う養護施設が誕生した。

 しばらく遠ざかっていた散歩コースを歩いていたら、初夏に咲くゼニアオイがたくさん花をつけているのを見つけて驚いた。1月16日午後。狂い咲きと片付けるにははばかるような健気さに圧倒されて、雨の中をしばし立ち尽くした。

 西東京市南町5丁目にある多世代交流施設・地域の居場所「どんぐり」を拠点にするベビー&キッズ用品の交換会「おさがりひろば」がにぎわっています。この施設を運営している富沢このみさんが活動を紹介しながら、若い親たちが集まる人気のヒミツに迫ります。(編集部)