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海外留学生らに「恩送り」 受けた厚意を他の人に贈る

By in 交流・共生 on 2019年1月17日

ミニーちゃん姿のタイ人留学生たち(ディズニーランド)

 新しい年が始まった。亥年年初にあたり新年の抱負や今年の目標を定められた読者も多いと思う。筆者も毎年更新している「この人生で叶えたい100のリスト」を七草粥の日にようやく完成した。

 

叶えたい100のリスト

 

「この人生で叶えたい100のリスト」というと英語の Bucket List ― 死ぬ前にやっておきたいことや達成したいことを書き出したリスト ー が想起されるが、大仰に構えるとしんどくなる。深く考えず “今年やってみたいこと” くらいの軽い気持ちで取り組む。リストの中で、今すぐに実行できること、数週間から数か月あれば出来そうなこと、すこし時間がかかりそうなことにと色分けする。100個出なくてもオッケーとし、がむしゃらに実行することもない。緩いやりたいことリストだ。

 ここ数年のリストのひとつに「海外留学生を受け入れる」ことがある。これまでわが家で預かった留学生は、アメリカ人6名、ハンガリー人1名、タイ人1名、オーストラリア人1名と国籍も性別もばらばらだ。期間も数日程度から1か月弱と短期間だ。

 

オーストラリア人留学生 東京タワーを背景に

 

 言葉が通じなかったらどうする。食事は日本食でもいいのか。畳に布団でよいか。風呂の入り方はわかるのだろうか。残業で夕食が用意できない場合はどうする。来日前の心配事は尽きない。普段は買わないシリアルやジュースを用意し、リネン類を洗い、衣装箱、靴箱にスペースを作る。到着が近づくにつれプロファイルや写真を眺めどんな子が来るのだろうかと少し緊張もする。気立ての善い子なら嬉しい。日本での滞在や経験を楽しんでもらえるだろうか。

 

受け入れてみれば何とかなる

 

 受け入れてみれば、言語や習慣の違いも超えてまあ何とかなる。お国柄の違いはあれ人それぞれ。我の強い子もいれば、ほとんど意思表示がない子もいる。不愛想な子、不機嫌さを隠さない子、いつもにこにこと礼儀正しい子もいた。アレルギーや豚肉の食事制限があるケース、朝食もシリアルよりは白米にお味噌汁が良いとリクエストされたこともあった。

 思い起こせば子どもの頃、実家でもよく留学生を受け入れていた。滞在期間も数か月から半年間とかなり長期間のケースが多かった。母は外国語が全く出来ない主婦で日本語による意思疎通を図っていた。普段のペースを崩さず和食を主とし、畳に布団を敷き、日本の習慣に馴染んでもらう生活だった。

 滞在が長くなりホームシックにかかる子、時に来日に当たっての約束事として禁止されていたたばこをこっそり吸うような子もいたようで、母も本気で叱ったそうだ。それでも後年、一番手がかかったという留学生が好青年となり母を慕ってひょっこり現れたこともあったという。

 

音楽を通じた教育ワークショップに取り組む米国ヤングアメリカンズ(YA)キャスト 富士山をバックにジャンプ!

 

コミュニケーションは言葉だけではない

 

 そのような経験もあってか、筆者も海外に興味を持つようになり、交換留学生としてアメリカにホームステイした。15歳の夏だった。当時の英語教育は This is a pen.  から始まる。現在のような会話文の練習はなかった。初対面の人との挨拶は How do you do? と習い、英国ならそれでもよかったのだろうが、渡航した米国でよく使われる Glad to meet you. や Nice meeting you. との言い回しは全く知らなかった。初めて乗った国際線でコーヒーを頼んだらコカ・コーラが出てきた恥ずかしさは今でもありありと思い起こされる。ホームステイ中も家族とほとんど話せないまま帰国した。

 しかしながら言葉も通じないアジア人留学生を受け入れてくれた家族のあたたかさは、言葉が通じずとも、いや、言葉が通じなかったからこそ、伝わってくるものがあった。人とのコミュニケーションは言葉だけではないのだと強く感じた体験だった。

 

民族衣装も艶やかなタイ人留学生が伝統舞踊を披露

 

 時は流れ、今、なぜ留学生を迎え入れるのか? それはかつて自分が受け入れてもらったから、そして今度は自分がお返しする番だからだ。人々の厚意のありがたさがようやくわかり、それを返していける年代になった。若い時は気が付かなかったが、歳を重ねてこれまで与えられたものの大きさを知る。ホームステイだけではない。旅先で見知らぬ人から差し出された親切。会社や地域の人々からかけてもらった温情。これらに対して当人に直接返すことができないことも多い。だれに返せるのか。周りの人びと、そして次の世代にだろう。これを「恩送り」と呼ぶことを最近知った。

 

次の世代に贈る

 

 人から受けた厚意をその相手に「恩返し(ペイ・バック)」するのではなく、他の人に違う形で「恩送り(ペイ・フォワード)」し善意を広げていく。恩送りという言葉が初めて使われたのは一説では江戸時代からとも言われる。表す言葉は違っても、恩送りは国を問わず世界的に古くからあった普遍的な行いだろう。意味合いが少し異なるが、恩恵が循環することは「情けは人の為ならず」ともいうし、A Kindness is never lost.という表現も気に入っている。

 これまで受けた多くの恩はちょっとやそっとでは返せそうにもないが、少しずつ誰かに返していければと思っている。「恩送り」で次の世代に贈る。未来の人々のために自分ができる小さなことを積み重ねる。今年も出来ることを探して実践するのみ。留学生の受け入れは引き続き「恩送り」の一つとしてリストに記載した。

 幸いにして筆者が住む地域には次の世代のためにと活動している方が多く、諸先輩方の精力的な活動をみるにつけ背筋が伸びる思いだ。恩送りのお手本は余るほどある。とは言っても仕事や家庭の諸々もなおざりにはできまい。あまり無理せず “出来ることを出来るときに” のスタンスで、今年も恩を送っていく年としよう。
(卯野右子)(写真は筆者提供)

 

【筆者略歴】
 卯野右子(うの・ゆうこ)
 西東京市新町在住。金融会社勤務。仕事の傍ら「アートみーる」(対話型美術鑑賞ファシリテーター)と「みんなの西東京」の活動に携わる。東京藝術大学で「アート×福祉」をテーマに、アートがいかに福祉の分野で貢献できるかを勉強中。

 

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